62. 翔子と飛べない妖精

 六条のお屋敷に到着し、まずは別邸へと案内。

 二人には今朝までディアナさんとマルリーさんが使ってた部屋で過ごしてもらう。


「こちらです」


 美琴さんがすっかり向こうの言葉を話せるようになったおかげで、部屋の案内やらいろいろな説明がスムーズに。

 で、お昼寝が終わったのか、鳥籠の中から声が聞こえてくる。


「おーい! この部屋の中なら外に出ても良いか?」


「ああ、部屋に限らず、この屋敷の中は好きにしてもらって構わない」


「それはありがたい!」


 扉を開けて鳥籠を飛び出したフェリア様。

 そろそろと二歩三歩と歩いたのち、籠が置かれたサイドテーブルの端に座って腕組みする。


「どうしました?」


「魔素が全くないので飛べぬ!」


「あー……」


「まあ、飛べぬわけではないが、それで魔素を消費しても回復せんのでな。大人しくしておいた方が良さそうだの」


 それを聞いてちょっと安心。飛んでどこか行っちゃうみたいなことはなさそう。でも、そのサイズで移動は結構大変だよね。


「えーっと、はい」


「うむ。すまんの」


 チョコが差し出した手に乗り、そこから肩へと乗り移る。まあこれしかないよね。

 それにしても、なんていうかこう……


「ジャイアント・チョコ」


「チョコの動力は魔素力なんです……」


其方そなたら、何を言ってるのだ?」


 うん、ごめんなさい。説明を続けてください。

 チョコがフェリア様を肩に乗せたまま、二階の私たちの部屋を案内し、そのまま一階の案内も済ませる。


「こんなところでしょうか?」


「ふむ。館長が戻るまでまだしばらく時間がある。裏手のトレーニング室へ行こう」


 智沙さん、やる気まんまんですね……


***


「魔法の指導を受けたいんですけど、どうしましょう?」


「それよのう。まあ、ダンジョンにまた行ってというのが一番早いのか?」


「そうなるかなあ……」


 フェリア様が今乗ってるのは私の右肩。

 トレーニング室に来たからにはって感じで手合わせを始める智沙さんとサーラさん。そして当然巻き込まれるチョコ。


「でも、しばらくは近寄らない方がいいですよね?」


「ですね。報道陣に公開する予定が決定したわけではありませんが、近々ということで通達はしていますので」


 それが落ち着いて「ああ、そういう場所もあったね〜」ぐらいになるといいんだけど。

 今のところは埼玉の件が盛り上がってるせいで、都内の件はスルーされがちだけど、忘れられたわけじゃないんだよね。誤魔化したとはいえ、自衛隊が襲われたって話もあったし。


「それにしても、チョコも智沙もなかなかよの。身体強化なしとはいえ、サーラに武器を使わせられるのは近衛騎士ぐらいなのだがな」


「まあ……、昨日まではマルリーさんにしごかれてましたしね」


 その昨日とはまた違った感じの手合わせ。

 サーラさんは両手に短い木刀を持って構えてて、今は手を出さずに当ててみなモード。

 なんだけど、チョコと智沙さんの二人掛かりの攻撃もほとんど当たらないし、当たりそうになるとどちらかの木刀でいなされる。その『いなし』をさせるだけでもすごいってことらしいけど。


「翔子さん、そろそろ止めていただけますか? 館長が帰宅されるそうですし……」


 あ、うん。ほっといたら終わりそうにないもんね。

 ぱんぱんと手を叩き、


「終了〜」


 と声をあげる。あ、「結果発表〜」のが良かった? いや、また変な目で見られるよね。


「だめ……、全然、当たら、ない」


「うむ。これはまた、いい訓練が、できそうだ……」


 ちょっとのはずなのに息があがっちゃってる二人。

 チョコはともかく、智沙さんは一体何を目指しているんだろう。こっちの世界で最強の剣士とかになりたいの?

 で、サーラさんもそこそこ疲れている様子で木刀を元の位置においてからやってくる。


「いいね。二人とも基礎は教えることない感じ。ま、そこはマルリーがやってくれてたのかな? 私から教えられるのは、もっと視点を広く持つことと、相手の行動をもっと先読みすることぐらいだと思うよ」


 だそうです。正直、よくわからないけど頑張ってください。


「さて、こちらの雇い主に合わせてくれるそうだぞ」


「チョコさん、智沙さん、それにサーラさんもシャワー浴びてきてください」


 ニッコリ美琴さん。若干の威圧を添えて。

 ま、館長さんが来るのは三十分後ぐらいらしいから、みんなさっぱりしておきましょ。


***


「お初にお目にかかる。我は『花の賢者』フェリア=フラウナ。こちらの世界には疎いゆえ、いろいろとお世話になるがよろしくお願い申し上げる」


 フェリア様がチョコの手のひらの上で跪いて首を垂れる。

 その口上は向こうの言語なので、美琴さんが通訳を。


「お、おう! よろしく頼むぜ! ……すげーな、異世界って!」


 ディアナさんのエルフ耳はちょっと驚くぐらいでスルーできてた館長さんも、本物の妖精を見てテンション上がってる感じ。

 フェリア様の右手と館長さんの右人差し指で握手したのち、フェリア様はチョコに掬われてその右肩へと座る。


 その後、サーラさんの紹介も終わり、こちらは普通に握手。とはいえ、サーラさんも中学生女子ぐらいにしか見えないんだよね。

 けど、智沙さんが全く歯が立たなくって、こっちにいる間は指導してもらうというようなことを聞いて、また驚く館長さん。


「マルリーって子なら、智沙より強いってのもわかんだけどな。ま、いっぺん見せてくれよ」


 そんなこと言うと、智沙さんが張り切ってしまうので、必然的にチョコが大変になる予感。

 うん、隣のチョコがげっそりしてるね……


「さて、ちと報告しとくことがあるんだ。聞いてくれ」


 そう前置きされて話された内容は埼玉のダンジョンのこと。

 機動隊員が負傷した件は医療機関へと搬送された関係で隠し通すこともできず、午後七時に県警が記者会見を行って発表されるとのこと。

 だが、未確認生物とは言わず「野生の猪と遭遇して負傷した」という方向になるらしい。


「野生の猪ですか……」


「ま、遭遇した連中もはっきりと覚えてるわけでもねーし、ビデオに撮ってたわけでもねーからな」


 で、予定より早く、明日、自衛隊と交代することになったそうだ。

 ちなみに機動隊を使って突入を指示した県警トップは交代が終わった後に引責辞任させられるとのこと。


「それで交代した後に私たちが?」


「いや、今んとこそんなつもりはねーぞ。ま、あたしらが都内の陥没をうまく調査したことは知ってるし、どうしようも無くなったら泣きついてくるかもな」


 自衛隊がどうするか様子見しつつ過ごしましょうってことかな? それはそれでいつ実家に戻れるか、ちょっと困る感じなんだけど……


「っつーわけで、ちょっとはえーけど、夏休みにしてもらっていいぜ?」


「「へっ?」」

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