57. 翔子と頭の痛い出来事

 ディアナさんとマルリーさんはチョコに任せて、私たちはいつもの応接室に。

 館長さんがすでにいつものソファーに腰掛けていたが、表情がこう……不機嫌というよりは困ったなって感じかな。

 いつもならヨミを抱き上げて愛でるのに、それをしないことにヨミが不思議そうな顔をしてる。


「おう、座ってくれ。まず先に報告を頼む。今日はどうだったんだ?」


「はい」


 いつもの場所に着席し、いつも通り智沙さんが報告を。

 無事、第七から第九までのアンデッドを殲滅完了。第九階層には訳ありなアンデッドがいたこと。その訳ありとはなんなのかの説明。最後に第十階層への階段が『世界が歪んでいた』ことを。


「じゃ、一日で終わったのか! よくやった!」


 曇っていた表情が晴れ、パンっと両膝を叩く。

 一日で終わったことはいいことだと思うけど、それで館長さんが困ってた何かが解決する感じ?


「急ぎと言われた理由はなんでしょう?」


「ん、まあ、一つは片付いた。マスコミが中を見させろってうるせーんだよ。別に拒否ってもいーんだけど、それでまたうるさくなったらめんどくせーしよ……」


 とりあえず入り口から少しだけ見せて、奥はまだ地盤調査中とかで誤魔化す方向で考えていたらしい。例の動画に映ってたあたりならちょうど良さそう?

 ただ、それをするにも私たちのお掃除を終わらせるのが先だと思ってくれてたわけで……と。


「では、その取材に関してはいつにされる予定ですか?」


「んー、まあ、早くて明々後日だな。それっぽく立入禁止を装っておかねーとだし」


 智沙さんと私とチョコでその辺りの差配をし、六条警備の人たちもそこまでは入っていいことにする。とはいえ、ずっと中にいて魔素の影響で俺ツエーになられても困るし、普段は外警備だけにしてもらわないとね。

 で、そっちは良いとして?


「まだ懸念事項があるんでしょうか?」


「んー、ああ、そっちのが厄介だな。埼玉の方だが県警が機動隊を動員して中に入ったってよ」


「「「えっ!」」」


 なんか「自衛隊と入れ替わる前にどうしても自分たちでどうにかしておきたい」みたいな馬鹿なメンツが発動したそうで……


「頭悪すぎだろ?」


「正気を疑いますね」


「えっと、今日入ったんですよね? どうなったんです?」


「出てこねーらしい……」


 館長らしくない、か細い声がそう告げ、私たちも言葉を失う。

 しょうもないメンツとやらでダンジョンに入った隊員の人たち。そしてそれを指示した人物はもちろん後ろで見ているだけなんだろう……


「中に入ったのは何人ですか?」


「八人だってよ」


「それで御前はどうするおつもりですか?」


「どうって……どうしようもねーだろ」


 憮然とした表情で頬杖をつく。

 そっか。どうしようもないから機嫌が悪いんだ。

 何かしら手の打ちようがあるなら、それをする人だもんね。


「安心しました。翔子君たちにという話になるのかと……」


「ねーよって言いてえとこだが……。美琴、向こうにこのことを伝えて、あそこがどういうところなのか問い合わせておいてくれ」


「わかりました」


「まあ、今すぐとか言われても断っから安心しろ。正直、この件はどうしようもねえ……」


 そう言って手をひらひらさせる。

 んー、そうなるとディアナさんたちが明日にも帰っちゃうつもりなのは伝えておかないとかな。


「えーっと、今日の帰りにチョコが聞いたんですが……」


 チョコがカスタマーサポートさんの名前を聞き出したみたいだけど、これはちょっと伏せたままにしておいた方がいいかな? そんな雰囲気だったし……


「ふむ、明日一日ゆっくりしてもらってからと思っていたが……」


「そうですね……」


「わりーがもうちょっといてもらった方がいいかもしんねーな」


 と館長さん。

 確かに埼玉の件で早々に出番が来るようなことになるなら、二人には同行して欲しいよね。

 とりあえず、カスタマーサポートさんの返事を待ってからにしてもらうことにして、今日の報告会は終わり……かな?


「以上ですか?」


「おう。ともかく、こっちの仕事は無事終わったし、ぱーっとやるか!」


「ワフッ!」


 ヨミの待ってましたっていう返事にみんなが笑い出してしまう。

 今できることをするしかないし、自分たちのせいでもないことを悩んでてもしょうがないよね。


***


「「おはようございます」」


「ワフ〜」


 今日は私たちとヨミが起きるのが一番遅かったようで、食堂には美琴さん、智沙さん、ディアナさん、マルリーさんとお茶しているところ。

 今日は急がないって話だったけど、ゆっくりしすぎたかな? ちらっと柱にかかっている時計を見たけど、まだ九時前だし遅すぎってこともないと思うけど。


「ひょっとして返事が来てたんです?」


「あ、はい」


「慌てなくて大丈夫だ。まずは朝食を取った方がいい」


 とのことなので……チョコが取ってきてくれた、おにぎり、玉子焼き、お漬物、お味噌汁をいただきます。ディアナさんたちもまったりとお茶してるようだし、かっこむ必要もないかな。

 ちなみにヨミには鶏そぼろおにぎりが用意されていた。可愛いから特別扱いもしょうがないね。


「「ごちそうさまでした」」


「ワフン」


 美琴さんが熱いお茶を淹れてくれたので、ありがたくいただくことに。

 このお茶もいい日本茶なんだろうなー。すっごく美味しいので、銘柄聞いて帰ろうかな。


「えーっと、向こうから来た返事がこれなんですが、この手紙は多分お二人にですよね?」


 そう見せられた封筒には『ディーとマルリーさんに』と書かれているので、そのまま机の上を滑らせて二人の前へ。


「ん、ああ、私たち宛だな」


「ディアナさんー、よろしくですー」


 とマルリーさんが封筒をスルーパス。

 そういや『白銀の乙女たち』でもこういうことは『異端の白銀』ディオラさんに任せてたよね。

 ため息一つ、封筒を開けたディアナさんがそれを読み始める。


「こちらは私たちへですね」


 そう言ってもう一つの封筒を私に。別に美琴さんが開けても良い気がするんだけど?

 智沙さんも異論なしというか、私が読むのが当然みたいな感じでお茶を飲んでるし……


「はあ。じゃあ、私が」


 ぱきっと封蝋を割って中身を取り出して目を通す。

 えーっと……ディアナさんとマルリーさんにはあっちでも頼みたいことがあるので、やっぱり早めに戻って来て欲しいとのこと。

 ただ、暇してる人員二名と交代させるので、そっちでこき使って大丈夫的な。

 埼玉のダンジョンをどうするかの判断は館長に任せるので、それでもし潜ることになったら、その二人は必ず役に立つとのことだ。


「どういう方たちなんでしょう?」


 美琴さんが少し不安そうに聞いてくる。

 多分、それはディアナさんが読んでる手紙に書いてあると思うんだけど、と見ると天を仰いでいた。大丈夫なのかな……

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