30. 翔子とレッドアーマーベア

「はあぁっ!」


 掛け声と共にその熊を押し返すチョコ。

 渾身の体当たりを弾き返された熊はよろめいて後ずさる。


「翔子!」


 その声を聞くまでもなく、熊の左後脚目掛けて三発。


「グアァァァ!」


 膝に全弾命中。ダメージが入っているのを確認してさらに三発。

 それで熊の左後脚は膝下から千切れ落ちた。


「オォォォン……」


 足を引きずって反転し、逃げようとする熊だけど、


「天空の白銀!」


 白銀の槍を構えたチョコがそれを逃げる熊へと突き刺す。


「ギャアアァ!!」


 背中から心臓を貫かれた熊は、数歩進んだがバッタリと横に倒れた。


「やったか?」


 とフラグを立ててくれたのは、私でもチョコでもなく、階段の登り口でそれを見ていたゼルムさんだった。

 まあ、死んでなくても、もはや脅威ではなさそうだけど。


「永遠の白銀」


 再び大盾ラージシールドを構えたチョコが慎重に熊へと近づいていく。

 右手の長剣ロングソードで熊のお尻をちょんちょんと突くが反応は無し。


「大丈夫だね」


「ん、ナイス」


 はー、びっくりした。けど、思ってたよりも冷静に対処できたかな。

 チョコが最初の突撃を完璧に弾き返してくれたのが大きいと思う。


「チョコ君、最初の突進で手首や肩を痛めていないか?」


「はい、大丈夫です」


 智沙さんが心配そうにチョコに駆け寄るが、目は熊の方に、右手には警棒を握ったままで、油断はしてない模様。

 チョコも特に怪我とかは無さそうで一安心。まあ、魔導人形に関節部分の脆さとかはなさそうだけど。 


「嬢ちゃんら、強すぎだろう……」


「あはは。まあ、チョコが強いのは確かだと思いますよ」


 例の『白銀の乙女たち』を忠実に再現できてるなら、永遠タイプでのメイン盾ならワイバーンの体当たりすら弾き返す、はず。


「おい、解体するぞ。泉のところまで運べ」


「「「おう!」」」


 ん? 解体って……


「えーっと、解体するってこの熊を?」


「そうだぞ。このレッドアーマーベアは美味いからのう」


 えっ? ええっ!?


「なんじゃその顔は。お前さんらの国では熊は食べんのか?」


「あ、いや、食べますけど珍しいというか……。そもそも魔物なんですよね?」


「ああ、魔石は取り出して、お前さんらに渡すぞ」


 うん、そういう話じゃないんだけど?

 とか言ってる間にも、ゼルムさんの部下の人たちが熊——レッドアーマーベアだっけ?を部屋の隅に移動させて解体し始めた。


「血の匂いに釣られて、他の魔物が来たりはしないのか?」


「それは解体せんでも同じだ。炭になるまで燃やせば別だが、ダンジョンではやらん方がいいぞ」


 智沙さんの懸念も一蹴されてしまったので、これ以上は特に何も言えず。

 まあ、ドワーフの皆さんがそれを食べたいっていうならいいのかな。


「えーっと……」


「ああ、お前さんらは先に進んどれ」


 まあ、地図通りなら一本道なのでいいのかな。

 智沙さんを見ると頷いてくれたので、先に進むことにしよう。


「じゃ、行きましょうか」


「翔子君、ここは上の階のように明るくはできないのか?」


「あ、チョコ、ってもう調べてるし」


 チョコが察して先に通路の足元も調べていたが、こちらを向いて首を振る。


「うーん、ここには無いみたい」


 まあ、通路っていうか洞穴っぽいもんね。

 それを聞いた智沙さんは、


「チョコ君、これを」


 とLEDランタンをチョコに渡す。

 永遠タイプのままのチョコがそれを受け取って先を照らすと、結構先まで続いてる感じ。


「では、行こうか」


「「はい」」


 やはり上の階とは違って足元は土、石、岩、そして苔や日陰を好む雑草類。さっきの熊が行き来してたせいか獣道ができている。

 真っ直ぐの道をかなり進んだところで右へと曲がり、またかなり進むとそれなりの大きさの部屋に出た。

 ここも太陽のような日差しに照らされていて、そのおかげで植物が繁茂してる感じかな?


「あの熊、ここに住んでた?」


「っぽいね」


 こっちの部屋は背の高い雑草は壁際にしかなく、その代わりというか謎の果実をつけた樹が数本生えている。それを食べてたのかな? 襲い掛かってきたから退治しちゃったけど……


「熊は雑食だから、気にしてもしょうがないよ?」


「だよねえ」


 うん、ゼルムさんも食べるとか言ってたし、気にしないでおこう。

 入ってきた反対側に通路が続いているようなのでチョコが先行する。


「地図どおり、さっきの部屋が中間地点っぽいね」


「だね」


 同じ距離を進んで右折、さらに進むと小部屋に到着。

 広さも明るさも最初の階段下の部屋と同じかな。


「この部屋から下へ行けるはずだが……」


 手に持った地図を確認する智沙さん。

 熊が来ていたらしい獣道があるが、そこ以外は背の高い雑草に覆われていて見通しが悪い。


「あれかな?」


 チョコが指差した部屋の右側に降り階段が見えた。この階層はこれで終了かな。


「ふむ。あの熊にはひやっとしたが、次の階へ進めそうだな」


「とりあえずゼルムさんを待ちましょうか?」


「そうだな。その間に少し綺麗にしておこう。二人は休んでいていい」


 そう言って通路から階段までの間の雑草を抜き始める。

 智沙さん、真面目だ……手伝うべきかな?


「翔子は休んでていいよ」


「あ、うん、ありがと。一応、階段の下見てるよ」


 チョコはそれにほどほどに付き合うようで、抜いた雑草を部屋の隅にまとめ始めた。私はまあ代わりに見張りでもということで階段に腰を下ろし、その先を眺める。

 下の階は地図を思い出す感じだと、同じ構造を逆に進めば良いはず。

 うーん、魔物出てくるかな? さっきの熊は一匹だったから良かったけど、相手の数が多くなると、チョコと二人じゃ辛いよね。

 多人数を相手できるような魔導拳銃を用意してもらう? いや、アサルトライフルかサブマシンガンかな。魔導小銃っていうべき?


「おう、待たせたな! お前さんらは休憩してくれ」


 そう声が聞こえた方を見ると、ゼルムさんとドワーフ三人が到着していた。

 部下のドワーフさんたちは何も言わずとも、智沙さんの手伝いを始めたようで、チョコも智沙さんも私の隣に腰を下ろす。


「下の階で敵が多いとどうしようとか考えてた?」


「さすチョコ」


「四、五匹ぐらいまではなんとかなるけど、十匹以上に包囲されるとかは避けたいよね」


 そんな話を聞いていた智沙さんが、


「魔物相手に実弾は効果があるのか?」


 とちょっと物騒なことを聞いてきた。


「多分、効くとは思いますけど、色々と問題がありますよね」


「ふむ。現実的ではないか……」


 と考え込む智沙さん。


「ひょっとして撃てるんですか?」


「ああ、訓練は受けているからな」


 魔導拳銃、もう智沙さんが持つ方が良くない?

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