102. 翔子とルナリアの決断

「この羊羹とやらも美味だが、まんごーには及ばんのう」


 それは好みの問題だと思うんだけど、どうもルナリア様にマウントを取りたいのかそんなことを言い始める。

 で、見事に釣られたルナリア様がフェリア様を睨むんだけど……


「ふふん、まあこれを食ってみよ。乾燥させておるゆえ、また違った味わいではあるがな」


 バスケットに持ち込んでいたそれを一切れ取り出し、半分にして渡すフェリア様。

 見た目があまり良くないせいか訝しんでいるけど、フェリア様は気にせずに自分の分にかぶりつく。それを見てルナリア様も小さくかじると……


「おいしい……」


「うむうむ。やはり、まんごーこそが至高よの」


「……でも、私はこちらの方が好きだわ」


 羊羹の二切れ目を口に運ぶ。意外と渋い趣味かも? まあ、果物と小豆って甘さの方向性が違う感じあるし、やっぱり個人の好みの問題だよね。

 となると両方を楽しめる……


「いちご大福も持ってくれば良かったね」


「だね」


 小豆の甘さの中にフレッシュないちごの酸味と甘味が素晴らしい一品なんだけど、日持ちしないのがねー。真空パックも個別じゃないとだし、潰さないように運ぶ難易度も高め。


「それはどういった甘味なのかしら?」


「えっ、あーっとですね……」


 あんこといちごはいいとして薄皮はどう説明すれば? いや、いちごってこっちの世界にあるの? ともかく、果物をその羊羹みたいなもので包んだお菓子と説明する。


「それは……フェリアは食べたの?」


「わ、我も初耳なのだ……。なぜ教えてくれんかったのだ?」


「いやだって、フェリア様、それだけあれば良いって言ってたし……」


 なんか驚愕してる二人なんだけど、私たちの世界からこっちの世界に来た人たちは、デザートとか再現しなかったのかな? 例えば……


「ヨーコさんはデザートとか作らなかったんですか?」


「ああ。ヨーコは甘いものは太るし、取り過ぎは体に良くないとな。野菜を食べろとは口を酸っぱくして言っていたが」


 チョコの問いにそう答えるケイさん。そういえばヨーコさんは元々は看護師さんだったっけ。そりゃ不摂生には厳しいよね。……私も気をつけよ。


「翔子よ。戻ったらその『いちごだいふく』とやらを買いに行くぞ!」


「あ、フェリア様はディオラさんの了解をもらってくださいね」


 美琴さんを習ってニッコリ答えてみるテスト。次またディオラさん無視して連れてったら、私が怒られるし!


「ぐぬぬぬぬ……」


「私が行く分には問題ないわね」


「「は?」」


 え、まさかルナリア様、一緒に来るつもり……


「お姫様ひいさま?」


「一月ぐらいなら問題ないでしょう?」


 驚いてるのはシルバリオ様も同じ。というか、大事なお姫様が別の世界に行くとかいいの? ケイさんの方を見ると……苦笑というか「断れないよ」って感じ。


「あの……私たちの世界って魔素がないんですけど、その今の姿は大丈夫なんでしょうか?」


「問題ないわ。むしろこちらの方が放出する魔素が少なくて済むわね」


 とお茶を一口。さらに羊羹を小さく切って一口。食べる姿も優雅というかお嬢様〜って感じなのがすごいなあ……

 シルバリオ様は困った顔をしてるけど、こうなったらもう止められない的な雰囲気が漂ってて、本当にすいませんっていう。


「わかりました。その、大したおもてなしもできないと思いますし、目立たれると困るので人の多い場所は避けてもらうことになりますが」


「ええ、フェリアと同じ扱いで構わないわ」


 ニッコリの圧が違うのはやはり美少女だからだよね。背景にキラキラが見えてる気がする。

 これ、一応、カスタマーサポート——『空の賢者』ミシャ様に連絡しておいた方が良いよね?


***


 一晩お世話になった翌日。朝食はルナリア様と一緒に。シルバリオ様は執事ということなのか、お皿を並べたり、ローストビーフっぽいものを切り分けてくれたりとか……恐縮です。

 昨日ご馳走になった夕飯はおいしいものを少しずつっていうフランス料理? みたいな感じですごかったんだけど、朝食もかなり品数が多くて……


「もうお腹いっぱい……」


「無理はしなくて良くてよ」


 そう言ってくれるルナリア様なんだけど、涼しい顔をしてすごい量を食べてる。健啖家って言うやつなのか、ドラゴンならこれくらい普通なのか……

 ケイさんは私やチョコよりも先にご馳走様していてお茶を飲んでるし、フェリア様はまたドライマンゴーを食べてるんだけど……なんか表情が暗い?


「どうしました、フェリア様?」


「チョコよ……。どらいまんごーの残りがもう少ない……」


 思わず椅子からずっこけそうになるのをグッと堪える。そりゃ、あんなペースで食べてたらなくなるでしょ。


「フェリア。心配しなくても、私が買ってきてあげるわ」


「ぐぬぬぬぬ……」


 ルナリア様のそのセリフ、そして優しくニッコリという表情。明らかに煽りですよね。まあ、本当に買ってきてあげるとしても、一月ぐらいは先なんだろうけど。


 シルバリオ様が食器を片付け始め、ルナリア様もお茶を。そして出てくる羊羹。朝食にデザートで羊羹って重くないの?


「ルナリア様、今日の予定は?」


「急がなくても大丈夫よ。古代魔導具の保管場所になっているダンジョンへは転送魔法陣で行けるわ」


 ケイさんがそれ聞いてほっとした様子。一瞬で行けるなら慌てる必要もないよねってことで、私たちもまったりお茶を。


「ルナリアよ。その魔素を水に変えるという古代魔導具は危なくないのか? 何やら不穏なことを言っておったが、翔子らにもしものことがあれば甘味どころの話ではなくなるぞ」


「その心配はいらないわ。かつてそれを止められなくなったのは、起動した本人しか知らない数字の鍵がわからなくなってしまったからだそうよ」


「ふむ。それはその本人が害されたということか?」


「ええ、犯罪組織がそれを奪おうとして、ということらしいわ」


 なんかこう、スマホのロックが本人しか開けれなくて詰んだみたいな話。いや、もっと深刻なことなんだろうけど。


「じゃあ、誰か別の人がその数字を知ってれば大丈夫なんですよね?」


「そうね。だから、一人で勝手に起動していなくなったりはしないでちょうだいね」


 うん、さすがにそんな無責任なことはしないです。私が起動するとして、チョコと智沙さん、美琴さんとはこれの暗証番号を共有しないとかな。

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