101. 翔子とおみやげ

「私たちの世界での問題が解決したら、この体はお返ししますので」


 チョコからそう伝えられると、ルナリア様が驚いたような顔になる。

 あれ? 別に驚くようなことだったけ?


「ミシャからは返せとは言われなかったのでしょう?」


「あ、はい。そのまま使って欲しいと」


「なら、好きにしてかまわないわ。あの子にあげたものだもの」


 そう言って微笑み、お茶を一口。で、その様子にフェリア様がちょっと不機嫌そう。まあ、聞かされてなかったっていうのが一番の理由かな?


「で、その魔素を吸引する古代魔導具とやらは貸してやれるのか?」


「ええ、いいわよ。ただし……」


「ただし?」


「渡す魔導具をそのまま貴方たちの世界で預かって欲しいの」


 え? 預かってってずっとこっちの世界にってこと?

 私とチョコが顔を見合わせていると、今までずっと黙っていたケイさんが口を開く。


「彼女たちの世界に預ける理由はなんでしょう?」


「こちらの世界に置いておきたくないものなのよ。下手な使い方をされると、一国の魔素が全て水に変わってしまうものなの」


「「へ?」」


 その古代魔導具について説明してもらったんだけど、大気中の魔素を吸って水に変えるものらしい。一度動かすと、ちゃんと止めないとほぼ無限に動き続けるらしい……


「なるほどのう。向こうの世界であれば、誤動作しても問題ないということか」


「そうね。古代文明が滅びた要因の一つらしいから、壊せるものなら壊したかったのだけれど」


「不壊の術式が組まれておるのか?」


「ええ、そうよ」


 難しい話をしてるっぽいけど『不壊』って『絶対に壊れないって』意味だよね? あと『古代文明』とか聞こえたけど……


「えっと、私たちの世界で預かっていて、必要になったら返すということでいいんでしょうか?」


「ええ、こちらの世界で大規模な干ばつが起きるようなことがあれば返してもらうでしょうけれどね」


 なるほど。そういう時のための魔導具だったんだ。でも『古代文明』が滅びた要因の一つとか言ってたけど、どういうことなんだろ……


 でもまあ、これで魔素を水に変えることができれば、埼玉の件とかはなんとかなりそう。都内のダンジョンとかうちの蔵の地下みたいに、繋がってて魔素が流れ込んでくる場所では使っちゃだめっぽいけど。


「ふむ。翔子たちはそれで良いのか?」


「はい、六条で厳重に管理してもらいます」


 うちの蔵の地下でもいいんだけど、間違って起動しちゃうとまずいし、六条の本邸ならセキュリティー的にも問題ないはず。日本で一番安全な場所かも? いや、一番は畏き辺りの方々のいる場所かな。


「決まりね。じゃ、明日取りに行くことにして、今日はゆっくりなさいな」


 その古代魔導具はこのお城にはなく、別の場所——魔導具を保存するためのダンジョンで保管してるとのこと。明日はそれを取りに行って、明後日に帰る感じかな。


「翔子、おみやげ渡すの忘れてる」


「あっ」


 美琴さんに「初めて行く取引先なんですから、いいおみやげを持っていかないとダメですよ」って渡されたんだった。持ってきてたそれを取り出して机の上に置く。


「えっと、これ、私たちの世界の甘味です。お口に合えばいいんですが」


 もちろんそのおみやげ自体も美琴さんが手配してくれたもの。老舗の名店のお高い羊羹。一本、じゃなくて一棹っていうんだっけ、六千円ぐらいするらしい……

 保存の問題で真空パックして持ってきたけど、袋は回収して帰るので大目に見てもらうということで。


「これは?」


「あ、お菓子です。できれば早いうちに食べていただければと」


 ルナリア様が不思議そうな顔をしている。いや、まあ、そうだよね。もっとこう、いちご大福とかの方が良かったんじゃ……


「心配せんでも甘党の其方そなたなら気にいると思うぞ」


 フェリア様ナイスフォロー!

 その言葉にピクッと反応したルナリア様がシルバリオ様に目線を。せっかくお茶も出てるしってことかな?


「あ、指と同じぐらいの太さに切り分けて食べる感じです」


「なるほど。では、少々お待ちください」


 羊羹の菓子折りを手にいったん退出する。あとで保存方法を伝えないとだよね。確かフェリア様が冷蔵庫の話はしてたし、冷凍保存ができればベストなんだろうけど、早めに食べてもらうことにしよう。


「翔子らのおる世界の果物はどれも甘露だからの。ルナリアも期待するがいい」


 そしてまたなぜかドヤ顔のフェリア様。ケイさんも少し気になってるっぽい? 甘いものが好きなのか、私たちの世界——ヨーコさんがいた世界の食べ物に興味があるのかな。


「お待たせしました」


 トレイに羊羹を二切れずつのせたお皿を人数分乗せたシルバリオ様が戻ってきて、それぞれの前に置く。小さいお皿にデザートフォークっぽいものがあるので、こっちの世界ってケーキとかある感じ?

 リュケリオンで食べた晩御飯はパンとサラダとお肉とスープっていう「わー、洋風ファンタジー」って感じでデザートはなかったけど。


「変わった色をしてるのね」


 あ、これひょっとして私たちが先に毒見とかした方が良いやつ? とか思ってたら、


「んー、美味よの!」


 フェリア様がおもむろに羊羹の端っこにかぶりついてて、えーって思いつつも助かった感じ。毒見役ありがとうございますということで。

 それを見て安心したのか、ルナリア様が小指の先ほどに小さく切り分けたそれを口に運ぶ。


「おいしい……」


 そう聞こえてほっとする。美琴さんのチョイスを疑うわけじゃないけど、まさか一番偉い人だとは思ってなかったし、そもそも味覚が違ったらどうしよう的な。


「うむ、うまい」


「上品な甘さでございますな」


 ケイさんもシルバリオ様も絶賛。ありがとう美琴さん!

 本当なら『ここらで一杯、熱いお茶が怖い』ところだけど。できれば苦めのやつ。


「翔子と言ったわね」


「はい」


「これはどれくらいの価値がある物なのかしら?」


 おみやげの値段とか聞かれると困るんだけど、要するにもっと欲しいってことなのかな? 黙ってるわけにもいかないし、美琴さんに聞いた値段だと……


「えーっと、こっちのお金で言うと銀貨二枚ぐらいです」


 美琴さん曰く、三棹で一万八千円っていうお高い羊羹だそうです。こっちの世界だと平均月収が銀貨十枚くらいらしいのでさらにどんって感じ。


「そんなに安いの!?」


 あ、やっぱり「パンがなければ羊羹を食べれば良いじゃない」って感じですよね……

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