75. 翔子と夏休み終了のお知らせ

「気をつけて帰ってくださいね」


「うむ。のんびり帰ることにするさ」


「すいませんが、お二人のことお願いしますね」


 家から坂を降りた下にある駐車場——砂利が敷いてあるだけだけど——に見送りに来たのは、私とサーラさんの二人だけ。

 チョコもフェリア様も誰かに見られるわけにはいかないので、家の玄関でお別れは済ませてある。


 キャンプから戻ってきた翌日。美琴さんと智沙さんは予定通り東京へと帰る。

 サーラさんとフェリア様はこっちに残ったままということになるけど、サーラさんはチョコを鍛えるために来たわけだしね。智沙さんが少し悔しそうだったけど。

 フェリア様も魔素がない東京の六条別邸よりは、こっちの地下でいる方が楽だろう。


 ハンヴィーが重みのあるクラクションを軽く一つ鳴らして走り去ると、私とサーラさんは家へと戻る坂道を上り始める。


「お二人ってずっとこちらにいて大丈夫なんです?」


「さー? 戻ってこいって話になったら連絡くるんじゃない?」


「なるほど」


 サーラさんは「ここが気に入ったので夏の間はこっちにいる」という理由を後付けした。こっち来てから朝食を『シティ』でご馳走になってるし。


「てか、私たちずっといて翔子ちゃんは迷惑じゃないの?」


「いえ、全然。チョコも鍛えてもらえますし、私はフェリア様に魔法教えてもらえますし」


 あと、これは二人には理解できないから言わないけど、二人分の食費やらなんやらは経費で落ちるらしい。……いいのかな? いいんだよね?


「ワフッ!」


 坂を登り切ったところでヨミが駆け寄ってくる。

 今日は二人を見送るのもあって『シティ』でのお手伝いはなし。まあ、お盆で人もそんなに多くないしね。

 そんなわけで、今日はみんなで裏山にヨミの散歩に行く予定。


「ん、もう行く気まんまんなのね」


「ヨミが早く行こうってね」


 家に入って裏口に出ると、蔵の前にチョコとフェリア様が待っていた。で、手に持ってるのは魔晶石なんだけど、これは?


「魔素抜いた?」


「そうそう。フェリア様がそうしろって」


 チョコの右肩に座ってるフェリア様がニヤリと笑う。


「精霊魔法に興味があるのじゃろう? 其方そなたが精霊と契約できたとして、住んでもらう場所が必要ゆえな」


「おおー!」


 このテニスボールサイズの魔晶石に住んでもらうのね。うんうん……あれ?


「フェリア様も精霊の棲家を持ってるんですよね?」


「うむ。このペンダントにおるぞ」


 と胸元のそれを見せてくれるんだけど……ちっさいよ!


「あのー、この魔晶石だと大きすぎじゃないです? もっと小さいのでいい気が」


「他に無いのだからしょうがなかろう」


 そうでした。神樹のところにいた蜂とか洞窟にいた百足から取っておけば良かった。今さらだけど。


「じゃ、これ持っていきますけど、魔素を空にしたのはなんでです?」


「それは教えるときに話すのでな。ほれほれ、ヨミも早うという顔をしておるぞ」


「ワフン」


 ぐぬぬ……。まあ、ちゃんと教えてもらえるならいいかな。


***


「ワフッ!」


 いつもの裏山散歩。沢に来たところでヨミが小川へとダッシュする。

 山あいになるこの場所は、木漏れ日だけで薄暗いけど水面に反射してなかなか神秘的な場所。


「ここ涼しくていいよねー」


 とサーラさん。手には落ちてた木の棒が握られてて、ぶんぶんと振り回してたりする。

 蜘蛛の巣を払うためですよね? なんか楽しいからっていう子供じみた発想じゃないですよね?


「ほれ、翔子よ。さっきの魔晶石に緑の魔素を少し注いでみよ」


「あ、はい」


 そいや、緑は精霊魔法向きの魔素なんだっけ。精霊が好きな魔素っていう意味らしいけど。

 腕輪のエメラルドを触って光らせ、魔晶石を持って少しだけ魔素を注ぐ。うんうん、緑だけが出てるっぽい。一割もあればいいのかな?


「これぐらいでいいです?」


「うむ。それを小川の……この辺が良いかの」


 ヨミが水遊びしてる場所から少し上流。段差があって、滝っていうほどでも無いけど、ちょろちょろと水が流れ落ちていて趣がある場所。

 ふわふわと飛んでいったフェリア様がその水が落ちる場所を指さして、魔素を少し詰めた魔晶石を置くように言う。


「これでいいです?」


「うむ。まあ、しばらく見ておれ」


 川岸の岩に腰掛け、ぱちゃぱちゃと水面を揺らして……それに意味があるのかな? 単に涼んでるように見える……。まあ、私も涼むかな。


「ワフ?」


 どうしたの?って顔のヨミがやってきて、チョコとサーラさんも来て一休み。


「精霊を……捕まえるわけじゃ無いんですよね?」


「翔子の魔素を好いてくれる精霊を待っておる感じよの」


 それって精霊がいたらってことだよね? ……いるの?

 そう思ってたら、サーラさんが代わりに質問してくれる。


「フェリア様、こっちの世界も精霊いるの?」


「うむ。屋敷の庭にもおったしの」


 え、そうなんだ。ああ、だからディアナさんがよく散歩してたのか。

 樹の精霊とか風の精霊とかだよね? ここもそういう感じなのかな?


「ここってどういう精霊が来るんでしょう? やっぱり樹とか?」


「それは待ってみんとわからんの」


 楽しそうにそう言うフェリア様。これで来なかったら、それはそれで精霊に好かれない人柄って感じになってやだなあ……


「ほれ、言うてる間に来たぞ」


「「へ?」」


 慌てて魔晶石の方を見ると、なんだかキラキラした水滴が……その中に入ってる!?

 目を凝らしてみると、魔晶石の中で飛び跳ねてる感じ? 水が魔素に潜ったりしてるように見えるけど、これは遊んでるのかな?


「水の精霊が遊びに来ておるのう。ほれ、翔子よ。その魔晶石を持ってみよ」


 え、いいの? と思うものの、言われたままに魔晶石を両手で包みこむように持ち上げる。

 一割ほどの魔素の上に膜のように水面ができてるんだけど、何もしなくても水滴が飛んだり跳ねたりしてて面白い。


「「うわー、すごい……」」


「では、もう一度、魔素を半分ほどまで注ぐのだ。色を絞る必要はないぞ」


 絞る必要はないってことは、三色ストライプでいいんだよね?

 さっき解除はしたけど、一応確認してから魔素をゆっくりと注ぐ。

 ストライプの魔素が流れ込んでいくと、さらに多くの水滴が飛び跳ねる。


「良さそうだの。では、その水の精霊に願いを伝えてみよ」


 いきなり本番? え、えーっと、確かフェリア様もディアナさんもこんな感じだったよね?


「水の精霊さん。少し綺麗な水をわけてくれる?」


 そう言った瞬間、私の両手は止めどなく溢れる水で満たされた。

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