76. 翔子と水の精霊

「も、もう大丈夫」


 慌ててそう伝える?と溢れ出ていた水がピッタリと収まる。

 あー、びっくりした……


「ワフ〜」


 私の手の下で湧き出た水を受け止めたヨミが気持ち良さそうに犬ドリルする。

 遊んでたわけじゃないから「もう終わり?」みたいな顔はやめて?


「おー、すごいね。精霊魔法ってなかなか使える人いないんだけどなあ」


「そうなんです? ディアナさんがいろんな精霊魔法使ってましたけど」


「あの子は精霊魔法の天才だよ。正直、ほとんど精霊魔法が使えないディオラの姪っ子だってのが不思議なくらいね」


 あー、天才となんとかは紙一重っていう……

 いやいやいや、それよりも『ディオラの姪っ子』が気になる。


「ディオラさんって『異端の白銀』の?」


「そそ。エルフなのに精霊魔法はほとんど使えないせいで、元素魔法を極めちゃった変人だねえ」


 楽しそうに話すサーラさん。

 私のイメージだと変人というよりは常識人なんだけどなあ。メンバー唯一の。でも、あのディアナさんの伯母? 叔母? どっちでも似たようなもんか。


「まあ、精霊に好かれるかどうかは、小さい頃から精霊と触れ合っていたかどうかによるのでな。ディオラが悪かったわけではないぞ」


 フェリア様曰く、元々魔素の色も白だったディオラさんは小さい頃に拾った元素魔法の本を読んで、そっちに傾倒してしまったらしい。

 そして精霊と触れ合うこともなくエルフの里を飛び出してしまって、そこで『森の賢者』ロゼ様に拾われたとのこと。

 本の『白銀の乙女たち』には、ディアナさんのことはロゼ様に拾われるところからしか書かれてないけど、そういう感じだったのね。


「翔子は小さい頃からここで遊んでたから?」


「なるほど。それゆえであろう」


 チョコの問いにうなずくフェリア様。おじいちゃんが元気で椎茸栽培してた時は、よく一緒に来てたもんね。


「こんな大きいの私も初めて見たけど、綺麗なもんだねえ」


 とサーラさん。爪の先ほどの魔晶石ぐらいが普通らしい。

 透明なそれの底に私の白い魔素が堆積し、その上に透明な水が漂っていて、なんていうか勝手に波打ったり渦巻いたりしてる。

 私が指でなぞると、その場所に水飛沫が飛び跳ねたりして面白い。なんかこういうおもちゃの動画を見たことあるような? 電気? プラズマ? あれ、おもちゃじゃないか……


「えっと、それでこれはどうしたら?」


「普段から持っておくのが良いのだがな。まあ、こちらにおるなら地下に置いておけば良かろう。週に一度は魔素を渡してやると良い」


「了解です」


 あとはこの魔石を持ち運びできるようにする方法を考えないとかな。

 ダンジョンに潜るのに連れて行かないって選択肢はないよね。いい感じの皮袋とかを腰に吊るしてみたい。金貨とか入ってそうなやつ。


「ワフッ!」


「ん、じゃ、そろそろ帰りましょうか」


***


 チョコはまたサーラさんと訓練室に籠って修行中。百足退治をしたときのアレを見ると、自分もできたらなーって思うよね。思ったし。

 私はとりあえずこの精霊が棲む魔晶石、精霊石って言えばいいのかな、それを飾っておくための土台となるものを捜索中。


「んー、あったような気がしてたんだけど、捨てちゃったのかな」


 奥座敷の押し入れを探してるんだけど、普通に来客用の座布団があるくらい。居間の押し入れにも無かったんだよね。


「何を探しておるのだ?」


「何っていうと説明に困りますね……」


 相変わらず私の右肩を占拠しているフェリア様。

 最初のうちは落とすと悪いかなって姿勢にも気を使ってたんだけど、どうやらどんな体勢になっても問題なさそうだし、全く飛べないわけでもないみたいだし、もういいかなと。


「うーん、やっぱり蔵かな」


 探してるのは、昔、家の電話の下に敷いてあった小さい座布団。あれが精霊石を飾っておくのにちょうどいいかなーとか思ったんだけど……フェリア様?


「翔子よ。このベッド良いのう!」


 それは高級な座布団です。まあ、気に入ったのならそれで。今までは折り畳んだバスタオルだったし。


 蔵に戻ってきて、二階に上がって積まれている荷物をガサゴソと。

 なぜか野球のボールとか出てきたけど、これはヨミと遊ぶのに使うかな。ん?


「あったあった」


 小さめの段ボールを開くと、中から黒い電話機とその下に紫の小座布団。電話機には用がないので小座布団だけを取り出す。


「おお、これはまた我にちょど良いサイズよの!」


「いやいや、これ精霊石を置くために使いますからね?」


「むう、それは贅沢ではないか?」


 フェリア様には贅沢じゃないの? と思ったけど、そういや偉い人なんだった。

 精霊魔法も教えてもらったし、ここはちゃんとした小座布団を買ってあげてもバチは当たらないかな。経費で。


「フェリア様にはもっといいのを買ってあげますから」


「本当か!」


 ネットで探せば売ってるよね? ついでだから革袋も探すかな。

 とりあえず小座布団を持って地下に降りると、ヨミが魔導人形部屋から飛び出してきた。お昼寝中だったからそっとしといたんだけど起きたのね。


「ワフワフ」


「ヨミ、ほら、ボール」


「ワフッ!」


 放り投げたボールに向かってダッシュするヨミ。うんうん、嬉しそうで良かった。

 ボールを咥えて戻ってきたヨミを撫でてから魔導人形部屋へ入る。フェリア様が肩を離れてすいーっと飛んでいくと、テーブルの上のドライフルーツを食べ始めた。


「好きですねえ、それ」


「うむ。甘露甘露」


 マンゴーがお気に入りだったようなので、おみやげのつもりで買ってきてもらったんだけど、もう全部食べちゃいそう。またスーパーに行った時にでも買ってこないとかな。

 それはそれとして、小座布団をテーブルの真ん中に置き、その上に精霊石を鎮座させる。ふむ、なんかいい感じ。


「休憩に来たよん」


 ちょうどサーラさんが戻ってきて、チョコもその後ろに……大変だったみたい。ガリガリ系アイスを買ってきてあるし取ってこよう。


「アイス持ってくるから、一休みしてて」


「ありがと、翔子……」


 突っ伏し状態のチョコは声を出すのも精一杯という感じ。私はフェリア様と魔法談義……という名の雑談をしてた程度だし、これくらいはね。


 家に戻って冷凍庫を開けようとしたところでスマホが鳴った。

 ん? 美琴さん? 帰り着いた報告にはちょっと早い気が?


「はい、雑賀です」


『あ、翔子さん、すいません』


「いえいえ、もう帰り着いたんです?」


『いえ、そうではなく。館長から連絡が来まして、埼玉の件がお盆休みが明けた水曜に大きく動くとのことです。ですので……』


「あ、了解です」


 もうちょっと詳しいことは社内チャットの方でってことで通話終了。ともあれ連絡してくれたって感じかな。

 それにしても、大きく動くってどうするんだろうね。やっぱり重武装で潜るつもりなのかな……

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