90. 翔子と初飛行
二人してぼーっと二つの月を眺めることしばし。なんかこう……
「体の奥がぽかぽかしてきたんだけど」
「えっ、私は別に普通だけど?」
とチョコ。魔導人形だから?
気になってフェリア様を見ると、
「翔子の魔素量が多いからであろうの。普通の人の三倍もあるのだ。諦めよ」
「えー」
こんな副作用は聞いてないんですけど。これ、治まらないと寝られない気が。
「翔子くん、具合が悪くなったりはしていないか?」
「あ、大丈夫です。とりあえず私はこれくらいにしときます」
窓際から離れてテーブルに。
いつの間にか温かいお茶が用意されていていい香りが漂ってくる。
「エルフ豆のお茶だ。飲むといい」
「ありがとうございます」
うっすらと微笑みながら言ってくれるケイさん、マジイケメン……
ああ、そうだ。ヨミと一緒に飛ぶのがちょっと心配なのを相談しないと。
「明日って結構な距離を移動するんですよね? かなり速度出します?」
「いや、それなりの高さを飛ぶので慣れるまでは大変だろう。最初はゆっくり飛んで、徐々に速度をあげていこう。休憩を挟みつつな」
「了解です。ただ、ヨミを抱えてっていうのがちょっと心配で」
「ああ、そうだ。そのための装備が送られてきているはずだ。来てくれ」
ケイさんが立ち上がり奥の部屋へと誘う。
月光浴を続けていたチョコ、ヨミ、フェリア様もその話が聞こえたのか、私と一緒にケイさんの後をついて行く。
「あっ、これって転送の箱ですよね?」
「知っていたか。なら説明は不要だな」
確かに説明はいらないんだけど、この箱自体が高価で希少な魔導具だと思うし、こんなとこに置きっぱでいいの? っていう問題が。
あ、でも、美琴さんのやつは美琴さんしか開けられないとか言ってたし、盗られても平気って感じなのかな。
「ああ、届いているようだな」
私がぐるぐると考えている間に、ケイさんが箱を開けて中身を取り出してくれる。
えーっと、木でできた
「これは君宛てだな」
最後に手渡されたのは二つ折りの紙。例によって取説なんだと思う。
チョコとフェリア様が後ろから覗き込んでくるけど、フェリア様には読めないと思います。
「えーっと……」
はい、理解しました。したけど!
背後の視線が痛い。フェリア様は日本語が読めないからか、
「おしい。ほうきだったら完璧だったのにね」
「さすがにこの年でやるのは恥ずかしいんだけど……」
「ワフ」
いつの間にかヨミがバスケットに入ってご機嫌な感じでこっちを見ている。チョコは人ごとだと思って楽しそうだし。
「翔子はよ。ケイさんも喜ぶって書いてあるよ」
ケイさんが不思議そうな、ちょっと期待しているように見えなくもなくて。うう、やるか!
「私、魔女の翔子です。こっちはルナウルフのヨミ」
「ワフッ」
そのセリフにケイさんが硬直し、しばらくしてから大笑いし始めた。
え? なんなの一体?
「いや、すまない。懐かしくてな。昔、ヨーコが同じことを言って、みんなキョトンとしたことを思い出したよ」
そう言って涙を拭うケイさん。うん、怒られなかったし、滑らなくって良かった。
落ち込んだりもしたけれど、私は元気です……
***
「さて、では出発しようか」
翼を一仰ぎ、ふわっと浮き上がるケイさん。次は私なんだけど……
「フェリア様?」
「どうした?」
「いや、バスケットはヨミ用なんですけど」
ヨミの隣にちゃっかりと収まっているフェリア様。自分で飛べますよね? その羽は飾りじゃないの知ってますけど? なによりヨミと違って魔素の対消滅が起きるはずだし。
「心配せんでも、
うーん、ケイさんも知ってて何も言わなかった感じだから大丈夫なのかな?
チョコに目を向けると、苦笑しつつもこう返ってくる。
「まあ試してみれば?」
「はあ、しょうがないか。ヨミ、行くよ?」
「ワフン」
バスケットから顔を出して元気よく返事してくれる。
《起動》《飛行》
よしよし。じゃ、魔女らしく
「ワフ〜」
「魔素は大丈夫そうか?」
確かに減ってる感じはしないかな。いや減ってるけど、ローブの回復量がすごいのともう一つブーストが掛かってる気がする。
「大丈夫です。えーっと多分なんですけど、この
「ほう、気づいたか。神樹の枝で作られた
え、そんなお高そうなものをもらっていいの? あ、貸してくれてるだけだよね。うんうん。
「翔子、大丈夫?」
「あ、うん。オッケー!」
万一を考えて下で待ってくれていたチョコに手を振ると、ケイさんのように翼を一仰ぎして私の横まで上がってきた。
「よし、では行こうか」
「「はーい」」
ケイさんの後ろについてゆっくりと西へ。高度は二〇〇メートルくらい? あまり高く飛ぶのも怖いし、かといって低いと下にいる魔物に見つかるそうで。いや、それでも結構高いよね。日本だと都庁の展望台と同じくらいなんだし……
一時間ほど飛んだところで、視線の先に広大な森が広がっているのが見えてきた。すると先頭のケイさんが手を下に。そのままスーッと下降して森の外周部に降り立った。時間的にも休憩かな。
「一休みしよう」
「「はーい」」
着地して飛行魔法を解くと体に重さが戻ってきてホッとする。これ慣れすぎると事故りそうで怖いね。車の運転と同じかも。
「ワフワフ」
「おやつ?」
「ワフン」
ささみジャーキーをあげるとおいしそうに食べるヨミだけど、そんなお腹空くようなことしてた? ずっとバスケットから顔出して景色を見てたっぽいけど……
「この先もずっと西へですよね?」
「ああ。右手側、山脈の裾野に沿って道が見えたと思うが、基本的にはあの道に沿って進んでいく」
ふむふむ。
「途中で大きな渓谷があって、その周辺はかなり危険だ。そこを飛び越える前には必ず休憩を入れるが、十分気をつけて欲しい」
「わかりました」
「危険っていうのは飛ぶ魔物も出る感じですか?」
チョコの質問にケイさんが頷く。
「オーメンクロウという人の大きさほどもあるカラスに特に気をつけてくれ。あいつらは群れで獲物を狩る習性がある」
「追いかけてきたらどうすれば?」
「こちらの倍以上にならなければ襲ってこないが、後をつけてくる分には速度を上げて振り切ることになる」
なるほど。ちょっと気合入れないとかな!
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