91. 翔子と大渓谷

 先頭を飛んでいるケイさんが左手前方に手をやる。

 その方向を見ていると、急に森が無くなって大きい渓谷がその口を開けているのが見えた。


「うわ、すご……」


 グランドキャニオンってこんななのかな?

 思わず見惚れてしまってたら、ケイさんが速度を落としたのか隣まで下がってきた。


「あれを超えるときは一気に行きたい。この辺りで一旦休憩しよう」


「了解です。どこに降ります?」


「街道沿いの渓谷の手前にかつての野営場がある。そこに降りよう」


 そう言って右手側の街道方面へと下降していく。

 追従していくと、荒れた街道の先に少し開けた場所が見えてきた。


「ここですか。野営地っていうには荒れ放題ですね……」


「数百年間、ほとんど使われていないからな」


 道の右側にちょっとした広場があるんだけど、全くメンテナンスされてないみたいで、石作りの小屋が朽ちてるっていうすごい状態。まあ、ここに泊まるって話じゃないからいいんだけど。


「上から見てかなり南北に長い感じの渓谷でしたけど、この道はどうやって渡ってるんです? 進んだ先に橋が架かってる?」


「ああ、この先には……」


「この先には魔法で作られた大きな橋があるぞ。楽しみにするといい」


 いつの間にかバスケットから飛び出したフェリア様が私の肩に座ってふんぞりかえる。なんか異様に得意げなのはなんかあるの?

 それを聞いて欲しそうにチラッチラッと視線を送ってくる。この人、ホント……


「あー、なんか特別な橋なんです?」


「よくぞ聞いてくれたぞ、チョコよ。実はあの大橋はだな……」


 私の気分を察してチョコが話を振ると、フェリア様が待ってましたとばかりに話し始める。

 まあ、休憩だし良いかなと話を聞いてみると、なかなか面白い内容だった。


 なんでも、この大渓谷は五百年以上前からあるらしく、かつ、両側を深い森に覆われた未踏の地だったらしい。


「へー、でも、そんなところに橋を作る意味ってあったんです?」


「パルテームから亡命する民たちのためだな。東側の魔王国とは交戦状態ゆえ亡命もしづらい。そうなるとかの国から逃げるには西側、この森と大渓谷を超えるしかなかったのだ」


「「おおー、なるほど」」


 で、その大きな橋を作ったのは『土の賢者』リュケリオン様。

 旧帝国を打倒し、魔導都市リュケリオンを作った賢者様だそうで、その後も黒神教徒の横暴に苦しむ人たちを助けて回ってたんだとか。


「え? 橋って大橋っていうぐらいだから大きいんですよね? それを一人で?」


「いやいや、我も手伝ったのだぞ!」


 え? 何を? という顔を二人してしまう私とチョコ。


「信じておらぬな?」


「「イエイエ、ソンナコトナイデスヨー」」


「ふん、まあ良い。実物を見ればわかるのだ。ケイよ、そろそろ行くぞ!」


 ぷんすこしちゃったんだけど、しっかりバスケットに収まるフェリア様。

 ケイさんを見ると苦笑いしているので、見ればわかる感じなのかな? フェリア様も別に嘘をつくような人じゃないもんね。


「休憩は十分か?」


「はい。行きましょうか」


「ワフワフ!」


 ん? ヨミが何かして欲しい感じかな? なんだろ……

 足に体を擦り付けて魔素を渡そうとしてる感じなんだけど。


「魔法? ああ、加護?」


「ワフッ!」


「これから魔物が出てきそうな場所を飛ぶから?」


「そうだな。念のためかけておくのは良いだろう」


 ケイさんも賛成っぽいのでさくっと加護を全員にかける。

 神聖魔法はヨミのおかげかあんまり魔素を消費しない感じなんだよね。


「ヨミ、ありがとね」


「ワフン」


 ドヤ顔してからバスケットへと入る。かしこかわいい。

 さて出発かなとケイさんを見ると、ちょっと不思議そうな顔。


「どうかしました?」


「いや、この強さの加護は久しぶりだ。少し昔のことを思い出していた。……さあ、行こうか」


 少し恥ずかしそうに上空へと飛び立つケイさん。

 照れ顔がまた雰囲気が変わってかわいいって『白銀の乙女たち』でヨーコさんが言ってたけど、ホントだった……


***


 うん、加護がある状態で飛ぶのはなんだか安心感がある感じ。魔物がいなくてもかけておいた方が安全運転できそうな気がする。


「右手側を見よ! あれが大橋だ!」


 バスケットからフェリア様が叫ぶ。

 言われるままに右手に視線をやると、街道から大渓谷につながる先に長くまっすぐに架けられた橋が見える。

 いや、長すぎでしょ、この橋。瀬戸大橋とか明石海峡大橋とかそういうレベルなんだけど!?


「すごいですね」


「ふっふっふ、驚いたか!」


 魔法でこんな大きな橋を作っちゃうのは、さすが賢者様って感じ。なんだけど。


「フェリア様は何を手伝ったんです?」


「あの橋は神樹が支えておるのだ」


「うわ、まさか精霊魔法でそれを?」


「そうよ。妖精族のみなと力を合わせたのだが、随分と骨の折れる仕事だったぞ」


 きっとドヤ顔してるんだろうなあ……

 そこからいろいろと早口な説明があったんだけど、要は神樹を他所から持ってきたらしい。本人……本樹の同意を取ってとか大変だったそうで。

 でも、精霊魔法と元素魔法を組み合わるっていうのは面白そうだよね。


「ケイさん! 後ろから大きなカラスが!」


 チョコがすーっと私を追い越し、ケイさんの隣でそう叫ぶ。

 振り返ると全長二メートルはある感じの黒い鳥。うん、カラスですね。あれがオーメンクロウとかいうやつなんだろうけど、狙ってますよって丸わかりな感じでついてくる。

 空戦ゲーム的には後ろ取られると「あわわわわ」って感じになるし、完全にロックオンされてる気分で落ち着かない。チャフとか煙幕とか撒けないかな?


「振り切る。翔子くんが先頭を!」


 ケイさんが私に速度を上げて先頭を行くよう促す。


「しっかり捕まっててくださいね!」


 バスケットのフェリア様とヨミにそう伝えて徐々にスピードを上げる。一気に上げるとチョコとケイさんがついて来れないかもと思ったけど……まだまだ大丈夫そうかな。

 二人は私の左右少し後方に陣取って三機編隊って感じ。アクロバット飛行とか試したくなってくる。やらないけど。


「翔子よ。この速度で良いぞ。オーメンクロウどもはついてこれんようだ」


 後ろを見てくれてるのか、フェリア様からそう報告があったので加速はやめに。スピードメーターがないから時速どれくらい出てるかわからないんだよね。高度があって景色も遠いし。

 この長杖ロッドにスピードメーター付けれないかな。カスタマーサポートさん、『空の賢者』ミシャ様にお願いしてみたいところ。

 こっちに来てる間に会えると良いな。お世話になりっぱなしだし、一度会ってお礼を言えると良いんだけど……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る