92. 翔子と森の館

 無事にオーメンクロウのストーカー集団を振り切った私たち。予定では一度休憩を挟んで、次で目的地のノティアという街に着くはず。

 振り切った後、二人に無理がかからないぐらいまで速度を落として巡行中。どれくらいスピード出てるかなんとか測れないかなと、目を細めて真下を見てみた感じだと時速六〇キロぐらい?


「翔子、街が見えてきたよ!」


「へっ!?」


 叫んだチョコが正面少し左側を指す。

 長く続いていた森が途切れて、その向こうに見えるのは壁に囲まれた街。あれがノティア?

 先頭を飛んでいたケイさんが少し後ろに下がってきて、私の右側へと並ぶ。


「このまま休憩なしでいいか?」


「はーい、私は大丈夫です!」


「私も!」


 反対側からチョコも答え、休憩はスキップしてこのまま街までいくのかなと思ったら……


「街の手前の森の中にミシャの別荘がある。そこに降りるのでついてきてくれ」


 別荘! というかカスタマーサポートさんに会える!?


「期待しとるようだが、会えんと思うぞ」


「え? なんでです?」


「会えるようならケイだけでなく、転移で自ら迎えに来とるはずだしな」


 うーん、そっか。マルリーさんが必要な事態は終わったけど、そうじゃない部分でのお仕事はまだまだ残ってる感じなのかな。

 竜族に魔導具を借りる交渉には参加してくれるのかと思ってたけど、ちょっと難しそうな予感。フェリア様がいればってことなのかな。


「はあ。一度お会いして、直接お礼を言いたいんですけどね」


「まあ、いずれ会えよう。例の第十階層の問題も解決せねばならんしの」


「なるほど……」


 あの亜空間みたいなのは放置するんだ思ってた。

 何かしら解決する方法を探してる? マルリーさんを呼び戻したのはそれを取りに行くため? それはもう終わった? うーん……


「ワフッ!」


「あ、ごめんごめん」


 ヨミに怒られてケイさんが下降し始めたのに気づく。

 慌てて追従していくと、森の真ん中に不自然に開けた草原が見えた。

 ヘリポートっぽい感じ? あそこに降りるみたいだけど、特にお屋敷っぽいものは見えないし、ちょっと歩くのかな。


「ふう、ランディング成功」


 バスケットと杖を置いてから飛行魔法を解除すると、ヨミが飛び出し、フェリア様は私の肩へ。続いてチョコが降り立つ。


「チョコ、疲れてない?」


「うん。まあ全然疲れてないわけじゃないけど平気かな。それより翔子は結構スピードも出したけど大丈夫だった?」


「消費よりも回復の方が早いから全然かな。この長杖ロッドのおかげだと思うよ」


 ローブの回復量もかなりのものだし、それに加えてこの長杖ロッド

 飛行魔法でどれくらい魔素を消費してるのか、わからなくなってて逆にちょっと困るぐらい。


「翔子くん、加護を」


「あ、はい。解きますね。ヨミ〜」


「ワフッ!」


 やっと外に出られて嬉しいのか、草原を走り回ってたヨミを呼ぶ。

 呼ばれたことが嬉しいのかジャンプしながら、しっぽフリフリも増量マシマシで駆けてくる。うん、かわいいので撫でよう。

 というわけで、みんなの加護を解いて、さてこれから?


「こっちだ」


 歩き始めたケイさんについていくんだけど、この草原以外に特にお屋敷とかは見えなかったと思うんだけど。

 太陽の位置からして北側かな。数分歩いたところで立ち止まるケイさん。そのまますっと右手を伸ばすと……


「「えっ!?」」


「シルキーの結界か。鳥籠の虚像結界はこれを参考にしたと言っておったが、なるほど見事なものよ」


 ケイさんの突き出した手の先から少しずつ穴が開いたように別の風景が見え始める。そこから見えるのは小洒落た洋館の入口。


「行こう」


 人一人分の穴が開いたところでケイさんが中へと進む。

 私たちも後に続くんだけど、さっきフェリア様がなんか呟いてた『シルキー』って言葉が気にかかる。


「シルキーっていうと?」


「お絹ちゃん?」


「ワフン」


「「おお!」」


 ヨミの鋭いツッコミ!


「何をやっておるのだ、其方そなたらは……」


 聞こえているのかいないのか、ケイさんは特に反応もなくお屋敷の扉をノックする。

 すぐに軽い音を残して開く扉。これがホラーゲーだったら、錆びついて擦れる『ギイィ……』って音がする場面だけにホッとする。


「ようこそ、いらっしゃいました」


 深く腰を折った礼でお出迎えしてくれたのはメイドさん。メイドさん、なんだけど……透けてる!


「すまんな。今日一日厄介になる」


「はい。ミシャ様から承っております。中へどうぞ」


 ニッコリと笑うシルキーさん。

 うん、家の精霊さんですね、わかります。お屋敷の中のメイドさんがいつの間にか一人増えてて「実は精霊さんでしたー」っていう話はイギリスだっけ?

 掃除、洗濯、お料理などなど、家事全般をやってくれて超一流……。うちの家にも憑いてくれないかなあ。年月が足りないかな。

 やっぱり六条の本邸とかぐらい歴史がある建物だったらワンチャンあるかな? ん? 実はもうメイドさんの一人ぐらいはシルキーさんだったりするのかも……


「お荷物はこちらへ」


「あ、はい」


 なんだか預けた荷物も持って運ぶんじゃなくて浮かせて移動させる感じ。ポルターガイスト現象を使うことで重い荷物もこんなに簡単に、みたいな。


「お茶を用意いたしますので、リビングでお待ちください」


「今日の夕食だが……」


「ラシャードラビットのお肉でよろしいでしょうか?」


「ああ、頼む」


 ラビットってことは兎だよね。ジビエってやつかな? 昨日の鹿肉もインスタントなのにおいしかったし楽しみ。


「翔子、フェリア様が」


「へっ? あれ?」


 気がつくと右肩にいたはずのフェリア様が……どこ?

 あたりを見回すと、すいーっと戸棚に飛んで行くフェリア様を発見。


「何してるんですか、フェリア様。っていうか、人の家ですよ?」


「構わん構わん。ミシャは酒はほとんど飲まんし、元々この酒はロゼのだからな」


 それは勝手に飲んでいい理由になってないのでは……まあ止めないけどね。

 勝手に戸棚を開けて、自分の背丈ほどある小瓶を抱えて飛んでくる。その目がグラスを用意して注げと訴えているんだけどどうしよう?


「こちらをどうぞ。ミシャ様から許可は得ておりますのでお気になさらず」


 いつの間にか現れたシルキーさんが小さいグラスをローテーブルに置いてくれた。ショットグラスっていうんだっけ? それでもフェリア様にはバケツぐらいあるんだけど、六条のお屋敷にいた時もこうだったから慣れた。


「ほれ、翔子よ」


「はいはい」


 色からして蜂蜜酒だよね。

 コルクっぽい栓を抜いてグラスに少し注いであげると、待ちきれなかったかのように一気にそれを飲み干すフェリア様。


「くはー! やはり、仕事の後の蜂蜜酒はたまらんな!」


 あなた仕事してましたっけ? とか、そのセリフは完全にオヤジですよ? とかいろいろと、本当にいろいろと言いたいことはあるんだけど……この人が魔法のお師匠様で良かったかな。

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