89. 翔子と異世界飯

 屋敷というか家の中は普通、と言いたいところなんだけど物が無い。

 ケイさんの話では、例の代官は金目の持ち運べそうなものを全部持って逃げたそうだ。で、きっちり捕まって没収されたとのこと。バカすぎる。


「ベッドはしっかりあるし、シーツなどはしっかり変えてもらっているから安心していい」


「は、はい」


 うん。さすがによくわからんおっさんが寝たシーツとか寒気がするので、それならまだ地べたに寝るよ。ケイさんだってそのへんの感覚は同じだと思う。

 ケイさんだけでなく、マルリーさんやサーラさんもここを一時的な拠点として使わせてもらっていたとのこと。

 ちょっと面倒な場所にあるっていうのは、こういう不便さがあるからなのかな。話を聞いている分には、明日行くノティアって街はちゃんとしてそうだし期待しよ。


「少し早いが夕飯にしよう。明日は早朝に出るつもりなので早めに寝ないとな」


「うむ。翔子よ、ドライマンゴーをくれ」


「本当好きですね、これ」


 バックパックの隅っこにはフェリア様のおみやげ扱いでドライマンゴーが二袋。ビニールは持ち込み不可なので綿百%の袋に突っ込んであるのを取り出す。

 ケイさんはとりあえず台所の大きな鍋を洗おうという感じなのかな? 水道なんて無さそうだし、井戸水を汲んでくるつもり? それなら……


「あ、それ、私とチョコでやります」


「いや、客人にやらせるのは」


「いえいえ、楽にできるので」


 ちょっと図々しい感じだけど本当に楽勝なんだよね、これが。座って見ててもらった方が心も落ち着きますということで、ケイさんには少し下がってもらい……


「水の精霊さん。お願いね」


 腰の革袋に収まっている精霊石を袋ごと台所に置くと、そこから実家の天然水を沸き出してくれる。水流の向きも勢いも思うがままという超高性能蛇口!

 チョコが鍋を傾けてくれ、私が中を見ながら精霊さんに指示するだけ。洗剤が無くても、ゴシゴシ擦らなくても、スッキリ綺麗にしてくれる。楽ちん楽ちん。


「精霊魔法が使えるのか……」


「ふふん、我が教えたのだ。それくらいはできて当然よの」


 フェリア様がテーブルの上でふんぞり返る。実際、水の精霊さんとの契約はフェリア様に教わったし、そこは本当に感謝してます。 


 まあ、もともと洗ってあった感じのお鍋は軽く濯ぐ程度で綺麗に。で、これで何かスープでも? シチューかな?


「えーっと?」


「あ、ああ、かまどに火を入れるので待ってくれ」


「あ、やりますやります。これですよね」


 かまどは小さい頃に祖父母の家で見たことあるし余裕余裕。

 薪と藁を交互に束ねて入れて、


《起動》《着火》


 簡単に燃える藁から薪に火が移れば問題なし。

 あとはいい感じに薪を足していけば火力も上がる。


「見事だな。先程の飛行魔法もだが、元素魔法も使いこなすとは」


「ふふん、我が教えたのだ」


 大事なことらしいので二回目のドヤ。

 元素魔法の基本はチョコと書庫を漁った知識だけど、実践はやっぱりフェリア様に教えてもらった部分が大きい。魔素のコントロール、具現化は視覚化されたお手本を見るのがやっぱりね。


「とりあえずお湯沸かす感じですか?」


「ああ、鍋に半分ぐらいを」


 実家の天然水を注いで沸くのを待っている間、ケイさんが自身が持ってきていた袋から取り出したのは……


「それってフリーズドライですか?」


「ん? これは魔法で作られたスープの素という感じだな。私にはよくわからないが、水分だけを抜いているので、湯につければ戻るそうだ」


 そう言って沸いた湯にそれを三つ放り込むケイさん。

 うん、フリーズドライです。凍らせた後に真空にすることで水分だけが昇華することを利用した保存法なんだけど、それを魔法でやってるんだ。


「翔子、これも洗って」


「あ、うん、オッケー」


 チョコが深皿とおたまを見つけたようなのでしっかりと洗う。おたまを使って鍋をかき混ぜると、すっごいおいしそうな香りが。

 ケイさんがさらに取り出したのは干し肉? ステーキのような大きさがあるそれを三枚入れて、もう一枚を私に渡す。


「これは?」


「ヨミの分だ。塩気が強いので水で軽く戻してやってくれ」


 ああ、人間の味覚でしょっぱいのをそのままはダメだよね。

 おたまはケイさんが引き取ってくれたので、軽く干し肉を水洗いして、


「はい、ヨミのお皿」


 こんなこともあろうかとヨミのお皿は準備してきていたのだ!

 チョコが出してくれたヨミのお皿にふやかした干し肉を盛ってあげる。


「みんな一緒にだから待ってね」


「ワフ」


 ちゃんとお座りして待つヨミ。かしこかわいい。

 自分たちの分もと思ったら、もうケイさんが三人分をよそってくれたようで、テーブルへと置かれている。

 あとはお水かな? 私たちのカップ二つ、ケイさんもマイカップがあるようで実家の天然水を注ぐ。


「ありがとう。では、いただこうか」


「「はい」」


 うーん、このスープ、ステーキが入ってるからタンシチューみたいな感じ? スープスパならぬスープステーキ?


「いただきます」


「「いただきます」」


「ワフッ」


 ケイさんもちゃんと「いただきます」って言うんだ。マルリーさんもサーラさんも言ってたし、こっちでもそんな感じなのかな。とか思いつつ口にスープを含むと。


「「うまっ!」」


「口に合ってよかった」


 嬉しそうに微笑むケイさん。

 いや、これめちゃくちゃ美味しいんですけど! 肉も旨味がすごいのに後味はさっぱりっていう、なんだろう軍鶏みたいな感じ?


「これってこっちの鳥のスープとかです?」


「いや、エルフの里で作られるグレイディアのスープだ。干し肉もそのグレイディアだな」


 ディアって確か鹿だっけ? こっちの鹿肉ってこんな美味しいんだ。

 さっきのスープの素と干し肉、帰りにおみやげに持って帰りたいな……


***


 夕食も後片付けも終えて後は明日に備えて早めになんだけど、まだ陽が暮れてすぐって感じなので眠くもなく。

 ケイさんに『白銀の乙女たち』の話でも聞かせてもらおうかなと思ってたら、フェリア様が窓際でちょいちょいと呼ぶのでそっちへと。


「どうかしました?」


「ほれ。あれが明月みょうげつ暗月あんげつだ。明月の光を浴びておけば、しばらくは体内の魔素が活性化するので浴びておけ」


 そう言われて見上げた先には月が二つ。字の如く明るいのと暗いのが。

 改めて本当に異世界に来たんだなあっていうのと、こっちの世界の主神が月白げっぱく神様だったことを思い出す。

 でもやっぱり……


「月は出ているか?」


「は?」


 はからずもフェリア様が答えてしまったので、続きのセリフはやめました……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る