88. 翔子と寒村

 チョコの換装もうまくできたし、私の飛行魔法も無事成功。

 ずっとここにいてもしょうがないということで、まずはこのダンジョンを出ることに。


「じゃあ、外に出たらすぐ飛んでノティアまで?」


「いや、今日はさすがに時間が足りないだろう。近くの村で一泊してからだな」


 ダンジョンを出て一時間ほど歩いたところに村があるらしく、そこに宿をおさえているとのこと。いきなり野宿にならなくてほっとしたけど、あとは食事が心配。ゲテモノだけは勘弁して欲しいところだけど。


「翔子、飛べるようになったのはいいけど、ヨミはどうするの?」


「え、ヨミは……私が抱えて飛ぶ?」


「それって大丈夫なの?」


「あっ……」


 そういえば魔素って他人とだと対消滅するんだっけ。私とチョコは魂が一緒だからかそれが起きないし、なんなら共有もできるんだけど、ヨミとだとまずいかも?

 抱えてると飛行魔法がうまく動作しないとかだと困ったことに……


「それは心配しなくて大丈夫だ。ヨミは、ルナウルフは相性の良い相手の魔素を阻害しない」


「ワフン」


 ドヤ顔のヨミかわいい。って、そうなの?

 思わずチョコと顔を見合わせるけど、お互いそんなこと聞いてないよね? っていうか、記憶同期してるんだから、聞いてないに違いない。


其方そなたら、知らんかったのか?」


 そんなこと言われても聞いてないし。ああ、でも、神聖魔法を使うときにヨミとパスが繋がってたから、あれがそういうことなのかな?

 でも、ヨミと一緒に空を飛ぶのってちょっと危ない気がしてきた。落としたらシャレになんないしどうしようかな。


「ワフ?」


 うーん、ヨミをおんぶしてロープで……


***


 ダンジョンの外に出て改めて異世界感が……そんなに無かった。


「なんか意外と普通に田舎の山の中だね」


「だね。夏に行ったキャンプ場あたりと似てるかも?」


 ダンジョンの入り口付近は少し切り開かれてるけど、その外側は鬱蒼とした森に細い道が続いてるだけ。もっとこう……。いやでも、村まで行けば全然違うかな?


「二人とも後ろを見てみよ」


 そう言われて振り返ると、


「「うわっ、すごっ!」」


 振り返るとその目線の遠く先には天へと届かんばかりの山脈がそびえ立っていた。

 その頂は雪を纏っていて白く、そこに至るまでのくすんだ岩肌がより一層、雪の衣の美しさを引き立てている感じ。


「富士山よりもすごいね」


「ヒマラヤとかこういう感じなのかな。あと本物のアルプスとか」


 富士山も新幹線でちらっと見る程度にしか記憶にないけど、あそこは裾野が平らで富士山だけがドーンってあるので全然違う感じ。

 チョコの言う、エベレストみたいな最高峰が並ぶ感じに近いかな。それだってネットで見た知識でしかないけど、なんとなく思い出すのは……


「アレ。蒼天の白き神の座」


「あー、山頂まであと数メートルでもリタイアするやつー」


「ワフッ!」


 オタクトークをして、ヨミに怒られてしまった。

 テンション上がっちゃったとはいえ、緊張感無さすぎですね……


「さて、行こうか。そう急ぐ必要もないが日暮れまでには村に着いておきたい」


「「はい」」


 時間的にはお昼過ぎぐらいだよね。向かっている方向に太陽があるから、南へと向かってる感じかな? いや、ここが南半球っていう可能性……というか惑星なの? 大きな亀の上に象が地面を支えてるとかそういう?


「どうしたのだ?」


「あ、いえ。えーっと、南に向かってるで良いんですよね?」


「ああ。きちんとした宿をおさえてあるので心配しないでくれ」


 とケイさん。ごめんなさい。その心配もこっちに来るまでは少ししてましたけど、今は全然別のことを考えてました。


「こんな田舎の村にそんな宿なんぞあるのか?」


「前の代官の屋敷だそうです」


「ふん。王が変わって居られなくなったのだな」


 不機嫌そうに言うフェリア様に頷き返すケイさん。

 クーデターが起きてうんぬんって話だったし、その村に居た代官も前の王族と同じ悪党だったって感じかな。


「今は代官はいないんです?」


「ああ、小さい村にまで回せる文官はいないらしい。今は村長が代わりをしているそうだ」


 なるほど、ありがちな展開なのね。そりゃ、その状態だとダンジョンの奥にまで逃げた王族をわざわざ潜って探そうって話にはならないか……

 チョコが私の代わりにいろいろ質問し、ケイさんがそれに丁寧に答えてくれる。おかげで『白銀の乙女たち』で知った知識をかなりアップデートできたかな。


 一時間弱歩いたところで、ようやっと左右の森が無くなり、小さな畑がだんだんにいくつかある場所に出てきた。ここがその村っぽいけど、正直、村っていうよりは集落かな。

 そのまま少し進んだところで申し訳程度の木の柵があって、その内側が村ということなんだと思う。


「この内側が村なんです?」


「ああ」


 見えたのは想像していたRPGの小さな村とは全然違っていて……なんていうか酷いとしか言いようがない。前に半島の北側みたいな印象を持ってたけど本当にそんな感じだとは……


「ひどいね」


「これでも解放されてまだマシになった方らしいがな」


 ケイさんがそう答えてくれる。これでマシになったほうなんだ。

 あんまりキョロキョロするのも悪いかなと、ケイさんの背中だけを見て進む。


「おお、嬢ちゃんはこの前ゴブリンを倒してくれた!」


 ほったて小屋から出てきた腰の曲がったおじいさんが笑顔で近づいてきた。ケイさんが私たちを庇うように手で遮り、おじいさんの前に立つ。


「ご老人、すまないが急いでいるのでな」


「おお、すまんの。何か困ったことがあったら言うてくれよ」


 そう言って小屋、家の裏の畑の方へと消えていく。

 暮らし向きは良い方向に向かってるのかな。表情は明るい感じだったけど。


「村の近くのゴブリンをやったのか?」


 私のローブのフードに隠れていたフェリア様が小声で聞いてくる。

 このパルテームっていう国が今はともかく、昔は人間至上主義だったそうで、あまり騒がれたくないかららしい。それはケイさん、翼人よくじんだってそうなんじゃないのって感じだけど。


「ええ、ここに来る時に見かけた数匹を」


「ふむ。それすら自分たちで対処できんほど疲弊しておるのか……」


 ケイさんの話だともともと若い人たちは徴兵されて少ないとのこと。これから大丈夫なのかな? いや、私が心配してもどうにもならないんだけど。


「あの屋敷だ」


「や……しき?」


 実家よりも小さい平家……

 うん、もう気にしててもしょうがないからいいや。屋根のあるところで寝られるってだけでヨシ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る