133. 翔子とエントロピー

「それで、あの御二方がおられると話しづらいことがあるのでは?」


 フリーダムな三人に呆けている美琴さん、私、チョコだけど、智沙さんはしっかりとその真意を突っ込んでくれる。


「ええ、まあ。話しづらいっていうか、まあ面倒なことになるので先に帰ってもらいました。シルバリオ様が待ってるのも確かですけど」


「面倒っていうのは、どういう事でしょうか?」


「下を見に行って、あの混沌空間がどうしてああなってるかとか、それをどうやって解決するかとか、理論の話を始まっちゃうと二人とも長いので……」


 そう苦笑いするミシャ様。そういやフェリア様もルナリア様もこっちにしかないような物には興味津々だった気はする。好奇心旺盛というか知識欲がすごいっていうか……


「なるほど。では、今はこれからの予定を改めてという事でしょうか?」


「はい。この後はさくっと下の階へ行って、設置してもらった測量機のメディアの入れ替えですね。そろそろディスクフルだと思うので」


 知ってたけど、めちゃくちゃこっちの人っぽいセリフが飛び出すのでビックリする。で、それをあの二人が聞いたら、なんだかんだと聞かれるんだろうなあ。


「記録データを解析して、こっちの世界の空間情報を精査したのちに、用意してある魔導具を使って混沌空間を一時的に切り分けます」


 お、おうって感じ……


「切り分けたところで、旧パルテーム王族の悪霊を浄化して一段落なんですけど」


「けど?」


「それだと混沌空間の広がりが収まるだけで、縮めることは出来なさそうなんです」


 ああ、なるほど。悪霊は魔導具の暴走を続けてて、それを止めることはできるけど、既に混沌と化した場所はどうにもならないのか。あれ?


「混沌空間を切り分けた状態で維持はできないんですか?」


「えーっと、エントロピーの増大を抑え続けるって話なんだけど……ちょっと難しいかな。

 簡単に例えると、一つのカップに入ってるカフェオレをコーヒーと牛乳に無理矢理分けて、それをずっと維持する感じ?」


 カップを持ってみせて面白そうに話すミシャ様。わかりやすい説明ですけど、とんでもなく難しいことをしてるのはわかりました……


「でも、一時的にでもそんなことができるんですね。それってどれくらいの時間なんでしょうか?」


 と美琴さん。


「一時間ほどですけど、行動限界は三十分ぐらいだと思ってもらった方がいいかと」


 三十分って長いようで短い気がする。下に降りたらアンデッドいるかもだし、悪霊の浄化もしてってなると結構ギリギリ?


「なるほど。詳しいことはまた後で聞かせていただくとして、そろそろ?」


「そうですね。ほら、ルル、ディー、行くよ」


「うぐ、ふぁーい」


「うむ。おっと」


 お茶うけを一気に口に放り込んで返事するルルさん。カップを持ったまま立ち上がり、思い出したようにそれを置くディアナさん。


「クロスケー」


 最後にそう呼ぶと、ヨミを毛繕いしてた狼さんがのっそりと立ち上がり、ミシャ様の側へ悠然と歩いて行く。渋い……けど、その後ろにテトテトとついていくヨミがかわいい……


***


 第九階層に降りて例の場所を確認。まあ数日だと変化もわかんない感じだけど、記録メディアだけ入れ替えて終了。


「あんな気持ち悪いものだったんですね……」


 美琴さんが背中に張り付いてからチラチラと覗いてはそんな事を言っていた。で、長居する必要もないので撤収。

 っていうか、こっちはこっちで館長さんが首を長くして待ってるはずだしね。


 で、帰り道の間、ミシャ様はずっとチョコと会話中。何をかというと『デラックス魔導人形・白銀の乙女』としての稼働状態などなどを。

 基本、魔素があるところでしか換装できないので、私が使っている『慈愛の白銀』以外のタイプに変更させられたり。


「ごめんね。ミシャってああなっちゃうと止まらないんだ」


「いえいえ、作った本人だそうですし、聞きたいことが多いのもわかります」


 厳密にはルナリア様からもらった古代魔導具らしいけど、白銀の乙女にカスタムしちゃったのはミシャ様だよね。そりゃまあ、その部分が気になると思うし。


「そういえば、ディアナさんは『白銀の館』のグランドマスターだそうですけど、ルルさんはどこかのギルドマスターだったりするんですか?」


「ふぇ? ボクは特に肩書きとかないよ?」


「ルル。君はベルグ王国騎士団の戦闘師範だろうが……」


「え?」


 ベルグってあの空から見たときにすごかった国の? 王国騎士団の? 戦闘師範? めちゃくちゃ偉い人なのでは……


「それってエリカが勝手につけたやつだから」


 ぷいっとそっぽを向くルルさんだけど、そのエリカって国母とか言われてる、うちの館長にそっくりな人ですよね? 


「ルル殿。後で一手手合わせ願えるだろうか?」


「うん、もちろん。マルリーさんから聞いてたし、楽しみにしてたんだ!」


 って、なんか別の方向に話が進んでるし。


 そんな事をしてるうちに外に出ると、いい感じに日が傾いててそろそろ夕方という感じ。時間は……午後四時過ぎか。


「うわ、高層ビルだらけだ。変わってないなあ……」


 そんな言葉をこぼすミシャ様。どれくらい前なんだろ? って館長さんと同い年ぐらいなんだよね? ……向こう行くと歳取らなかったりするの?


「皆さん、こちらへ」


 ルナリア様の送迎だったこともあって、真っ白のリムジンへ。


「いやまあ、そんなことだろうと思ってたけど」


 と軽く引き気味のミシャ様。


「おー、何これ? 何これ!?」


「馬がなくても走る馬車……ということは車だな。以前見た頑丈そうなのとはまた違うタイプのようだ」


 初めてみる自動車にテンションが上がるルルさんに、冷静なのか天然なのかよくわからないディアナさん。

 後部座席のドアを美琴さんが開けてくれると、ミシャ様が二人を押し込んで乗り込んでくれる。


「これ、ルナリア様が乗せて欲しいとか言ったんです?」


「あ、いえいえ。館長さんが王族を迎えるならこれだろって感じで」


「ああ、なるほど」


 と少し呆れながらも納得した模様。


『では、出発します』


 智沙さんの声がスピーカーから流れてゆっくりと発進する。


「おおお!」


「ははは、最初は驚くがすぐ慣れる」


 とディアナさんが余裕を見せたところで、覆面パトカーか何かが急にサイレンを鳴らして通り過ぎ……


「「び、びっくりした」」


 二人がミシャ様にしがみついていた……

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