8. 翔子と美琴とチョコ

「じゃ、出します」


「はい。お願いします」


 私はエンジンをかけて車を出す。

 どうしてこうなった……

 いや、まあ、彼女がそう望んだわけだし、問題ないって言われちゃったし。

 場所を変えるということで「じゃあどこに?」って話になったんだけど、美琴さんが、


「今から翔子さんのお宅に伺っても良いですか?」


 と。確かにいろんな意味で安全なんだけど、車で一時間ぐらいかかるよ?


「えーっと、結構遠いんですけど大丈夫です?」


「はい。話が長引くようなら泊めていただけますか?」


「え?」


 ニッコリだけどぐいぐいくる感じ。

 説得システムで威圧リターン連打みたいな。


「ダメですか?」


「いえ、その、ど田舎ですし、たいしたおもてなしもできないけど……」


「問題ありません。急になわけですし」


 またニッコリ。うん、断れない感じ。

 そのまま押し切られてしまった……


 ウインカーを出して県道に出る。さすがに市内はそれなりの交通量があるので気をつけないと。


「無理を言ってすいません。どうしても自分の目で魔導人形を見ておきたかったので」


 信号待ちになって美琴さんがそう切り出してくれる。

 やっと『魔導人形』っていう言葉が聞けて、私もちょっとホッとした。


「そこまで秘密にしないといけないことなんです?」


「そうですね。まずは『白銀の館』の表のお仕事について説明させてください。運転中に驚かれると危ないですし」


 表のってことは裏のがあるんですよね。わかります。

 もう、その言葉だけで、若干ビビり気味。お客様の安全のためにももう少し待ってもらうことにしよう。

 

「次の信号を左折したら、そこから先はうちの村まで続く道で車も減るので、それからにしてもらえますか?」


「はい」


 信号を確認、ウインカーを出し、巻き込み確認をちゃんとしてから左折。

 ここから先は、一昨年ぐらいに整備されてすごく綺麗だけど、あまり使われてない道。


「じゃ、お願いします」


「はい。『白銀の館』は六条グループの歴史資料館を管理している子会社です。六条の社歴だけでなく、建設現場から発掘された遺跡や出土品なんかも管理してます」


「へー。昨日、ちょっとネット見てみたけど、そういった会社概要みたいなのも全くなかったんですよね」


 一応、グループ会社の最後に名前だけあったのは確認した。でも、リンクもなくて本当に名前だけ。ググってもなんも出ないし。


「社員は館長と私の二人だけです」


「え? それでやっていけるんです?」


「はい。ほとんどのことは、本社の総務部がやっていますから」


 何その会社……って表がそれだけってことで、裏の方がますます気になる。

 というか、


「じゃ、普段は何を?」


「普段ですか? 館長の六条絵理香様は他のグループ会社の役員でもありますので、その秘書をしてます」


 なんだ。普通に役員秘書をしてるってことなのね。

 で、『白銀の館』は裏の仕事のためにだけ、存在してるってことなのか……


「あれ? じゃ、今日、館長さんと離れちゃってるのとか、泊まって行くとかって大丈夫なんですか?」


「はい。このことに関しては極秘になっているので、私以外には任せる人もいないんですよ。だから、できるだけ情報は持ち帰りたいですし、翔子さんとも仲良くなっておきたいな、と」


「あはは、光栄です」


 結局、その後は美琴さんの普段の仕事がどんな感じだとか、今日、東京からここに来るまで大変だったとかそんな話をして、安全運転を優先させてもらいました……


***


「ここ、ですか?」


「うん。たまたまなのか、狙ってなのかわからないけど、この蔵の真ん中に」


 中にチョコがいるんだけど、誰かが入ってきたときに対応するわけにもいかないよねってことで、出る前に鍵を掛けてある。


「こういう蔵は初めて見ました」


「そうなんです? 六条の歴史資料館でしたっけ? そういうのには無い?」


「はい。六条グループは公家から華族、財閥となった会社ですので」


 ほえー、公家様ってことは蔵も正倉院みたいなのが普通なのかな。うちの蔵はどう見ても武家の蔵だもんね。


「じゃ、開けます」


「はい」


 和錠の鍵を差し込んで回す。

 外したそれを持ち、中に入って電気をつける。


「入口はこの棚の裏側です?」


「はい」


 一応、蔵の扉を閉めてから棚の裏へと彼女を誘う。

 その穴を初めてみた彼女の顔は驚きに変わった。


「こんなに綺麗なものだとは思いませんでした……」


「ですよね」


 穴が空いてって聞いたら、普通は例の陥没みたいなのを想像するよね。

 私もこんなに綺麗な入口じゃなかったら、気にせずそのまま埋めちゃってたかもしれない。


「降りていいですか?」


「ええ。ちょっと急な階段なので気をつけてください」


「はい」


 階段を降り、左手側の扉を開ける。

 タッチ式の自動ドアになってるのを見た美琴さんが驚いているが、質問は控えてる感じ。


「私は帰って来た!!」


「翔子、おかえり〜。その人が担当の佐藤さん?」


 スルーされるとちょっと悲しい。

 ま、状況は説明しなくても察してくれるよね。


「さ、佐藤美琴です。よろしくお願いします」


「えーっと、翔子が登録した魔導人形のチョコです」


 何があったか説明するのもアレなので右手を差し出すと、チョコが左手を合わせて同期が完了する。チョコ、今日は魔法についての本をメインに読んでたのね。


「ああ、なるほど。今日は泊まってくんですね」


「は、はい。えーっと、今のは……」


「ああ、記憶の同期って言えば良いのかな。私が美琴さんと会ってた記憶と、チョコがここで本を読んでた記憶を渡しあうことで、説明の手間を省いたの」


 目が点になる美琴さん。驚いてるってことは、理解してくれたんだと思うけど。

 とりあえずはチョコのことを、魔導人形のことを一から説明した方がいいかな?


「翔子、あっちの部屋の方がいいんじゃない? 取説もあるし」


「そうね。椅子足りないから、一つ運んでもらえる」


「オッケー」


 部屋にはどちらも椅子が二脚ずつしかない。

 多分、登録者と魔導人形の二人分。お客様がくることは想定外なんだと思う。

 こっちの部屋の椅子を一脚運ぼうとするチョコ。美琴さんはその様子を眺めて呆けたように呟く。


「……本当に魔導人形なんですか? 翔子さんの双子の妹とかではなく?」


「そうですよ。まずは向こうの部屋に行きましょう。あっちがもともと魔導人形が置いてあった部屋なので。そこで今までの経緯を説明しますね」


「は、はい……」


 うん、まあ、普通はそういう反応になるよね。

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