147. チョコと第十階層

 樹洞うろを抜けるとそこは二度目の異世界。

 うん、ダンジョンの中だし、あんまり変わらないから特にこう……来るものもなく。


「ディー、よろしく」


「うむ。風の精霊よ」


 元の大きさに戻った樹洞うろに向かって、爽やかな風が……うっすらと透けた乙女が嬉しそうに飛んでいく。


「ルルは大丈夫?」


「うん、いつでも!」


「チョコちゃんもおけ?」


「おけーです」


 そう答えると、ミシャ様が何かを唱え……ふわっと包まれるこの感覚は聖域と加護?


「神聖魔法も使えるんですね……」


「あー、うん、一応?」


 微妙に苦笑いしつつ、ディアナさんに近づく。


「こっちは準備オッケーです」


『こちらも大丈夫です』


 智沙さんの返事が返ってきたところで、ミシャ様からちょいちょいと手招きが。時間合わせをって話だったよね。


「時間合わせ、どうぞ」


『オッケー、3・2・1・0』


「作戦スタートです」


 うんうん、お約束お約束。っとミシャ様の視線が痛い!


『では、一時間後に第九階層の目標地点で』


「あ、はい、了解です」


 ナイス、智沙さん!


「じゃー、行くぞー!」


「「おー!」」


 ルルさんの掛け声に答えるディアナさんと私。

 いざ行かん、第九階層! ミシャ様の視線をかわすのだ!


***


 ディアナさんが呼び出した光の精霊が道を照らし、気楽な感じで第九階層へと向かう私たち。

 装備は『永遠』タイプに換装し、先頭を行くディアナさんの後ろに。特に指定はされなかったけど、咄嗟に防御に回れる方がいいかなって感じで。


 特に敵も出ない第七、第八階層をさくさくと進軍し、第九階層に到着。やっぱり対称形になってて、混沌空間の侵食もほぼ同じ感じなのね。


「じゃあ、魔導具を設置しますね」


 ミシャ様がそう言って魔導具——空間安定装置を設置。向きとかは特にないっぽいけど、正面に見える方を混沌空間に向ける。


「ミシャ、どれくらい待つ感じ?」


「んー、鐘半分ぐらいかな。まあ、ゆっくり待ちましょ」


 そう言ってまたテーブルと椅子を取り出すミシャ様。なんかこう緊張感に欠ける……


「チョコちゃんもどうぞ」


 で、机の上にはお茶とクッキーかな。はい、いただきますけどね。


「翔子が菊媛お姉様を祀って空間が安定した後って、こっちでも何か祀ったりはしないんです?」


「ん? うーん、特にその予定はないかな。けど、安定した後にダンジョンコアがどうなってるかは調べないとなんだよね」


「え? ダンジョンコア?」


 そういえば、前にディアナさんが『ダンジョンコアの専門家がいる』って言ってたような。とディアナさんを見ると、


「ああ、ミシャのことだな」


「ミシャはあちこちのダンジョンのダンジョンコアを調整してるからねー」


「そ、そうなんですね。えっと、調整って?」


 何を調整するんだろ。宝箱の配置とかモンスターのポップ率とか?


「いや、えっとゲームっぽい調整とかそういうのじゃないからね? ダンジョンコア自体に困ってることがないか聞いて、あるようならそれを解決する的な?」


「困ってることって……会話できるんですか?」


「あ、うん、はい」


 微妙な表情で肯定するミシャ様。あんまり突っ込んで聞かない方がいいのかな。


「深く考えない方がいいぞ」


「うんうん。『ミシャだからしょうがない』って覚えとけばいいから」


 くつろいでお茶を口にするディアナさんと、クッキーをもりもり食べるルルさん。

 まあ、今でなくてもいいかな。一段落して落ち着いたら、折を見て聞くことにしよ……


 ………

 ……

 …


「さて、そろそろかな。あと五分くらいだし、配置につきましょうか」


 ミシャ様が腕輪——腕時計を見て立ち上がる。テーブルも椅子も置きっぱにするっぽい。


 私は魔導具の後ろに立って、上面にあるボタンを確認。合図が来たらそれを押すだけの簡単なお仕事だけど、まずは『レディー?』待ち。


 ちらっと目を挙げると、混沌空間は相変わらず混沌としていて、本当にあれがなんとかなるのかという気になってくる。うん、見るのやめよう……


「時間です」


「はい」


 そう答えて一分も経たない間に腕輪が光り、赤い石が転送されてきた。さて、いよいよかな。今ごろ翔子も緊張してるんだろうなあ。


「すぅー…はぁー……」


 深呼吸をして心を落ち着かせてると再び腕輪が光り、緑の石が転送されて来た。


「起動します」


 ミシャ様の答えを待たずに起動ボタンを押す。

 この本番用の空間安定装置は、ちゃんと同期起動したかすぐにはわからないらしい。五分ほど待てば結果がわかるとのこと。

 ちゃんと同期してればそのまま動き続けるし、ダメだったら停止するそうだ。ダメだった場合は、そこから五分後の赤い石からやり直しという手はず。


「大丈夫ですかね?」


「問題ないだろう」


「練習もずっと成功してたもんね!」


 ディアナさんとルルさんが成功を確信してるのか待ちきれない様子。クロスケさんがスッと現れて、私の膝にすりすりしてくれる。

 ふっふっふ、なんかちょっと翔子に勝った気分!


 チャッチャッチャッチャラチャラッララ〜♪


 また、この音楽ですか! ……まあ、緊張感をほぐしてくれたんだと思おう。

 混沌空間の方に目をやると……


「ミシャ、想定通りということでいいのか?」


「うん」


「さすが翔子ちゃんとチョコちゃんだね!」


 本当にコーヒーにミルクが混ざっていくのを逆再生してる感じ。解けていく空間が綺麗になって、向こうで見たことのある階段が見えてきた。


「じゃ、そろそろ行きましょうか。クロスケ、お願い」


 行動して良い時間は三十分。第十階層は大きめの一部屋だけらしいけど、それも空間が安定すれば半分になるはず。


 今度はクロスケさんが先頭。その後ろにディアナさんと私が続き、ミシャ様とルルさんという1-2-2フォーメーション。


「階段も問題なさそうだ」


「オッケー、慎重にね」


「了解した」


 一歩ずつゆっくりと階段を降り、第十階層に到着。

 照らし出される先も空間は安定してるようだけど……


「バウッ!」


 クロスケさんがピタッと立ち止まって吠える。


「何かアンデッドが来るよ」


 ミシャ様の声がかかり、一瞬にして皆が真剣な表情になる。


「ヲヲヲヲヲヲヲッ!!」


 正面から飛んできたのは頭だけ!?

 西洋兜っぽいものが真っ直ぐ飛んできたので、大盾ラージシールドを構えてそのルートに割り込ませる。


 ゴンッ!


「任せて!」


 大盾ラージシールドにぶつかって跳ね返る西洋兜。

 それを追いかけるように、飛び出したルルさんが戦槌ウォーハンマーで思いっきり殴る。


 ガンッ!!


 まるでテニスボールのようにスマッシュされたそれは、次の瞬間、光の粒となって消えた。


「ナイスガード!」


「は、はい!」


 ルルさんのハイタッチにパチンと手を合わせる。


「さすがだな。マルリー殿からさらに手解きを受けて、また強くなっているようだ」


 確かにマルリーさんには一番長く教わってる分、永遠タイプが一番しっくりはくるんだよね。


「んー、この先の部屋にアンデッドいるっぽいし、先頭はチョコちゃんとルルでいい?」


「オッケー」


「了解です」


 さて、いよいよ亡霊? 悪霊? ご対面っぽい。気を引き締め直さないとね。

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