69. 翔子と夏キャンプ

「では、出発する」


 智沙さんのハンヴィーが重低音を響かせて動き始める。

 目的地であるキャンプ場にはお昼に到着予定。お弁当を食べてからテントの設営やらをし、終わったら辺りを散策。併設されている温泉に入ってから夕飯にして、後はまったりを楽しむ感じかな?


 前は運転手の智沙さんと、助手席に私と美琴さん。後はチョコとサーラさんと鳥籠の中にフェリア様。ヨミは今は私の膝の上にぺたーっとしてるけど、飽きたら後ろに遊びに行くだろう。


「楽しみですね!」


 隣の美琴さんは本当に今日を楽しみにしてたようでキラキラ感がすごい。あとなんか近い。

 私もあそこに行くのは小学生の時以来かな? あの時はもちろん両親が一緒にいて、すごく楽しかったことは覚えてる……


「そういえば、お二人は実家に帰ったりしなくても大丈夫なんですか?」


 美琴さんも智沙さんもご両親は健在っぽいけど、あの別邸で暮らしてるわけだし、お盆は実家に帰ったりしないのかな?


「私は別邸に住む前は親と一緒だったからな。まあ、この休みが終わったら一度顔を見せに行くつもりだが」


 と智沙さん。なるほど、都内に実家があると帰省ってちょっとしたことなのか。

 一方の美琴さんは、


「私はお盆に帰省することは無いですね。今は父が東京に単身赴任中なので、たまに会いに行きますし」


「へー、やっぱり美琴さんのお父さんって六条の関連会社に勤めてるの?」


「はい。六条地所の社長です」


 ぶっ! 超お嬢様じゃん! いや、だからこそ若いのに会長さんの秘書をやってるってことか。

 あれ? じゃあ、智沙さんも……


「あの、智沙さんのお父様も六条の?」


「いや、うちは関係ない。父は陸自で佐官をしていてな」


 ……いや、それ関係ないって表面上はってことですよね?

 館長さんはそりゃ日本の経済界のトップみたいな人だし、人脈も広いんだろうけど、だからといって自衛隊とあーだこーだできるわけがない。

 佐官っていう立場がどれくらいなのかは私もぱっと思い出せないけど、年齢的にも幹部クラスだよね?

 最初に智沙さんが自衛隊が調査した地図を持ってきてたけど、あれだって……深く突っ込まない方がいいかな。


「翔子さん、次に東京に来た時は、うちに遊びに来ませんか?」


「え? あ、はい、チョコも?」


「ワフッ!」


「はい。チョコさんもヨミちゃんも。あ、父も母も『白銀の館』のことは知っていますので大丈夫ですよ。館長の指示で土地の買収を進めてるのも父ですしね」


 わーわーわー……

 いやまあ、急に訳ありな土地を買収しろって言われて、はいそうですかってなってるのもちゃんと理由があったのね。


「なんかいろいろと『白銀の館』のお仕事がうまく行ってる理由がわかりました」


「ははは。まあ、気にすることはない。各人ができることをするだけだ」


 智沙さんがそう言ってくれるけど、


「うーん、そう言われると埼玉の件が気になるんですけど……」


 と後部座席からチョコ。そうなんだよね。

 自衛隊の人たちに交代したらしいけど、その後どうするつもりなんだろ。


「少なくともお盆休みが終わるまで埼玉の方に動きはない。偉い人たちも休みだからな」


「なるほど」


 でも、偉い人たちは休みで警備にあたってる人たちはお盆休みなしか。もともとあるのかどうかも知らないけど、この炎天下での警備は大変そう。


「我々はいつ呼び出されても良いよう、しっかり休養を取る。それがプロというものだ」


「休めるときに休まないとね。ってなわけで、私は寝ちゃうから着いたら起こしてー」


 とペタンと横になるサーラさん。こっちの事情の話とかよくわからないだろうし、フェリア様も鳥籠の中でぐーすか言ってるしね。


「ヨミもおねむだったら後ろ行っていいよ」


「ワフ……」


 そんなつもりはないですといった感じで、私の膝に体を預けるヨミ。その寝方は辛くないの?


***


「良い場所ですね。貸し切り状態なのは嬉しいですが、もったいない気がします」


 キャンプ場は山の中腹。そこそこの広さがあるんだけど、私たち以外のお客はいない。

 受付のおばさんも「貸し切りだからゆっくりしてって」とにこやかだったけど……これ来年には無くなってたりしないよね?


「私が子供の頃はもっと人が多かったんですけどね」


「道もかなり良くなっていたが、あれはつい最近という感じだったな」


「そうです。地方でのお金の使い道ってどうしても道の整備になりますし」


 ど田舎のうちからさらに奥への道だけど、去年だかに二車線でしっかり舗装された道路になった。一部、どうしても一車線の場所はあるけど、智沙さんのハンヴィーでも通れるレベルにはなっている。


 ただ、娯楽施設は、このキャンプ場と併設された温泉、おみやげ屋さんぐらいしかない。そんなところに車で一時間、いや、都市部からだと二時間強かけて来るかと言われると……


「なかなか難しいよね」


 とチョコ。その手に持った大きなタッパーには、お昼にと握ったおにぎりやらがたくさん詰まっている。


「お昼にしよう。そのあとは設営だ」


 ………

 ……

 …


 お昼を食べ、テント二つを設営して一段落。

 智沙さんが一人キャンプをする用だと言ってたけど、聞くとキャンプ場とかじゃなくて山籠りっぽい感じがですね。ガチキャン□でしたか……


「こっちの野営道具ってのはすごいねえ。なるほどなるほど……」


 サーラさんがテントの中を覗きながら驚いている。

 向こうでの野営は、野営っていうか野宿っていう言葉がしっくりくるやつで、火を確保するのは同じだけど、寝るのはマントだかローブだかに包まってとかそういうのらしい。


「それってヨーコさんがよく付き合えましたね」


「最初は少し驚いてたけど、なんかその次からは『地面に直接だと体が痛いからこれを敷け』だとか『お湯を沸かして足だけでも温もれ』だとか……誰も逆らえなかったね」


 苦笑いしつつも、ちょっと懐かしくて嬉しくて、そんな表情のサーラさん。

 ヨーコさんが加わってからは、そういった部分での改善がすごかったそうで、『森の賢者』ロゼ様からの依頼も前までなら「大変だな」と思ってただけなのも、「楽しみだな」と思うようになったんだとか。


「あと、ヨーコは依頼を終えて帰るときに、とにかく寄り道するんだよ。あっちの洞窟が気になるとか、この辺で何が売られてるか見たいとかさ」


「へー、意外ですね。もっと真面目なのかと思ってましたけど」


 ヨーコさんが合流してからの『白銀の乙女たち』は確かにコミカルな感じだけど、書かれているのは依頼を受けて達成するまで。その後のことはそんなに書かれていなかった。その書かれてない部分の方が面白そうな気が……


「仕事をしたら休みを取るのは当然って口癖だったね」


「うむ、至言だな」


「ですね」


「うわっ!」


 いつの間にか後ろにいた二人も聞いてたのね。


「ワフッ!」


「ヨミちゃんが散策に行こうって急かしてますよ」


「ん、じゃ、行きましょうか。ここ登ると本当に見晴らしいいんですよ」

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