46. 翔子と二つの世界

「ヨシ! チョコ、確認してー」


「はいはい」


 ノーパソの向きを変えて、チョコに添削してもらう。

 ふんふんふんとチェックを進めて、ちょこっと修正してもらったり。チョコだけに……


「ワフ?」


「ヨミ、おいで」


 膝の上に登ってきたヨミをなでなでして心を落ち着ける。

 大丈夫。まだ慌てる時間じゃない。


「オッケー。印刷ポチ?」


「うん、お願い」


 プリンター、実際はコピーもスキャンもできる複合タイプのやつだけど、ウィーンと駆動音がしたせいでヨミがそっちに興味津々。

 こっちに来てからまだ二度目だからか「何か変なの動いてるよ? いいの?」みたいな顔をしてくるのがかわいい。

 チョコが淹れてくれたお茶を冷める前に飲もうと思って、ふとテレビのリモコンに目が止まる。そういえば、最近、陥没騒動のニュースも減った気がするけど。とスイッチオン。


『埼玉県にて発生した陥没は更なる崩落の危険性があるとして、今もなお県警によって立ち入り禁止となっており、殺人事件の捜査も難航中で……』


 全国のあちこちの陥没の中でも、今の話題は埼玉の陥没。

 そりゃまあ、中で死人が出たらそうなるよねっていうのと、それ以外の場所は手付かずのままなのが大きいんだろうけど。


「埼玉のって、例の動画うぷ主が殺されたとこだよね」


「だね。現場検証とかしたんだろうけど、そこから奥へは行ってないのかな?」


「やっぱり、やばいのが映ってたからなんじゃない」


 館長さんの話では、被害者は崩落現場から続く穴をしばらく進んだところで死んでたらしい。

 となると、当然その奥を捜査するべきなんだろうけど……


「はい、印刷終わったよ」


「今日のうちに送っておきましょ」


 家の裏口から出て蔵へと入る。

 最近、照明をLEDに変えて、ずっとつけっぱにしてあるのでかなり明るい。


「じゃ、よろしく」


「任せろー、バリバリバリ」


 転送の引き出しを開け、手紙を入れて締めるだけの簡単なお仕事です。

 それだけならチョコに任せちゃってよかったんだけど、ちょっと蔵書部屋の方で探そうと思った本があって一緒に来た。


「ダンジョンの本だよね?」


「うん。ちょっと魔法の本ばっかり読んでたけど、これ以上は専門的な本ばっかりになるし、それよりも先にダンジョンの知識の方が重要かなって」


「そうだね。前のも読み終わったし」


 読み終えたのは『徹底解説ダンジョンの機能』っていう本。一般的なダンジョンの性質をざっくり経験を元にしてまとめた本。非常照明の件は役に立ったので、読んでおいて良かった。


「じゃ、この辺かな」


 チョコに見繕ってもらって、ダンジョンの割と一般的な本を二冊ほど。

 埼玉のダンジョンがどういう感じなのかがわかればいいんだけど。そう遠くないうちに、あそこにも様子見に行くことになる気がする。


「お茶、淹れ直すね」


「あ、ごめん。ありがと」


 家に戻り、さて、どっちの本から読もうかなと思ったところで、開きっぱなしのノーパソに気づいた。

 そういえば、都内のダンジョンをちょろっと映した動画はどうなったんだろ? 確かURLをスマホにメモってあったはず。


「うわ、なにこれ……」


 再生回数がすごいことになってるのはまあいいとして、コメント欄が荒れに荒れていた。

 どうやらこのアカウントを使える人がいたようで、


『この動画の作成者は某日埼玉にて殺されました。現在、埼玉県警が厳重警備しているあの陥没現場のダンジョン内で、です。彼の遺体は未だ親元にも返されないままです。どうか、心ある方はこの声を届けてください』


 そう書かれていた。

 そこから先はもう無茶苦茶。賛否両論というか、それを信じる人とデマだという人の醜い言い争いが続いていて、とても読む気にはなれない感じ。

 果てには、陥没自体の原因が日本政府が支持率低下を誤魔化すために地下で爆弾を使ったとか、米軍の秘密兵器を日本で試し撃ちしたとか……頭痛してきた。


 一応、埼玉の件の政府の見解は「地震とそれによって戦前の防空壕が発見されたと思われる」となってる。あくまで「思われる」で現在も調査中扱い。本当に調査してるのかどうか不明だけど。


「これ見て」


 淹れなおしたお茶を置いて座ったチョコにノーパソの画面を向ける。

 それを読んだチョコが……


「うわ、頭痛が痛い……」


 と漏らす。終わることのない煽り合いを読むでもなくスクロールしていたが、ふと思い出したように尋ねる。


「結局、向こうと繋がったからって、お互い良い事ないよね?」


「うーん、ぱっとは思いつかないね。魔導具だって、魔素がないと動かないんだから、こっちで無限のエネルギーとかにはなりそうにないし。それこそチョコみたいな魔導人形が量産されてれば、かなり有用だと思うけど」


「チョコ・ザムが量産の暁には!」


「やらせはせん! やらせはせんぞ!」


 でも、ある程度の魔素をダンジョンで溜めてから、それを外で使うっていうのはありかも? 身体強化だって馬鹿にならないし、魔導拳銃とかはかなりヤバい代物だよね。

 カスタマーサポートさんが指輪をセーフティーにしたのも、万一盗まれた時のことを考えてだろうし、それこそ魔導具を巡って争いが起きかねない。


「資源とかは? 鉱物とかって向こうの方が多そうじゃない?」


「あー、それはそうかも。レアメタルなんかはこっちの世界の現代社会だから役に立つけど、向こうが魔法メインで科学が発展してないなら、そっくりそのまま残ってそうだよね」


 それでも金とかは向こうでも通貨だから無理かな? 『白銀の乙女たち』を読む限りだと、金・銀・銅の貨幣があったし、その上の白金貨は白金なのかな?

 でも、チタン、ニッケル、コバルトあたりは加工技術がないと使い道がないから放置されてそうだよね……って!


「徹甲弾の弾ってタングステン弾って話だったよね!?」


「あっ! もしかしなくても魔法で魔素から希少金属を生み出せる!?」


 やばすぎる……

 原理的には放射性物質だって生み出せる可能性があるわけで、そんなことになったら世界のパワーバランスが崩れかねない?


「館長さんもカスタマーサポートさんも、それがわかってるから出来るだけ向こうのことは隠しておきたいのかな?」


「あー、そんな気がしてきた。今さらだけど、とんでもないことに首突っ込んじゃったね……」


「チョコの場合は首じゃなくて魂を突っ込まれたんだけどね」


 お互い苦笑い。

 ま、本当に今さらだし、そんな「世界が〜」みたいなことにはならないで欲しい。

 そんなことになったら来季のアニメが放送延期になっちゃうもんね……

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