永遠と不可視と無邪気な妖精

41. 翔子と日常

 七月になり、徐々に暑くなってきた今日この頃。白銀の館の社員としての日常を送っている。


 起床は午前七時すぎ。

 私は身だしなみを整えてから、伯母の町子さんの喫茶店『シティ』に朝食&手伝いに行く。

 チョコは家で朝食を取ったのち、掃除や洗濯をしてもらっていて、これだけでも魔導人形のありがたみを実感できてる感じ。

 チョコはその後ヨミと裏山へと朝の散歩に出る。うちの山だし、誰もいないので気兼ねなく散歩できるのがいいところ。


 午前十時前に戻ってきてからは、蔵の地下、通称『研究所』でお仕事開始。

 白銀の館では私は研究職扱いになっていて、基本十時六時の在宅ワークということだけど、実態としては成果さえ提出できてれば良いらしい。

 その成果となる作業の一つはチョコの性能確認なので、訓練室で模擬戦をしたり、魔法を試し打ちしたりしてレポートを向こうの世界——アイリスフィア——のカスタマーサポートさんに送る。

 もう一つは向こうの本の翻訳。研究所の蔵書部屋にある本は向こうの言葉で書かれているので、それを日本語に翻訳して美琴さんに送っている。

 美琴さんの話では館長さんも読んでるらしいので、誤訳しないように慎重に。怪しいところはチョコに聞けば良いしね。

 お仕事の間、ヨミは基本お昼寝かごろごろ。ただ、お天気が悪くて散歩に行けなかった日は訓練室で走り回ってたりも。


 お昼とおやつは家に戻ってだけど、これから先暑くなってくると、家に戻るのも悩ましい。研究所は常に快適な温度に保たれてるんだけど、家はそういうわけにもいかないし……

 誰もいないけどエアコンをつけっぱなしにしておくか悩み中。まあ、ヨミが暑がったり寒がったりするようならエアコンつけっぱかな?


 仕事中はコミュニケーションツールの社内チャットで美琴さんや智沙さんと連絡を取れるんだけど、二人とも館長の秘書とボディーガードなので、あまり仕事っぽい話はしない。

 雑談チャンネルで近況だったりを話す感じ。そういえばお盆の頃に夏季休暇があるそうで、二人とも遊びに来たいとのこと。ウェルカムな話だけど、うちの村には観光スポットなんてないから、どうおもてなししようか悩む……


 午後六時になったらお疲れ様でした。

 夕食の支度をチョコにお願いして、ヨミと近所をお散歩。ヨミはかしこかわいいのでリードも嫌がらずにつけてくれる。ちなみに首輪は館長さんからプレゼントされたやつなので、すごく高いと思います。

 町子さんに夕飯のおかずを一品貰って帰宅すると、ちょうど夕飯の準備ができてる頃。三人で美味しくいただいて、後片付けは私が担当する。まあ、食洗機バンザイなんだけどね。


 夕食後はみんなでアニメ見るか、ゲームするかして、寝る前に交代でお風呂に入る。なお、ヨミと一緒に入るのは一日おき交代で。

 向こうの世界の狼だし、お風呂嫌がるかも? って思ったけど逆でした。というか、綺麗好きなのかちょっと汚れると自分で《清浄》の魔法っぽいものを使ってる……


 次の日が平日なら日付が変わる前にお布団へ。ヨミは枕元に置いてある籐籠ベッドで。

 そろそろ暑くなってきたし、敷いてある毛布もタオルケットにした方が良いのかな? そんなことを考えながらおやすみなさい……


***


「ワフッ!」


 私の椅子の足元でお昼寝してたヨミが急に吠えた。

 これも理由はもうわかっていて、うちの家に続く坂に誰かが登ってくるのを知らせるため。どうやって感知してるのかわからないんだけど、かしこかわいいからかな?


「ヨミ、ありがとね」


「ワフ〜」


 一撫でしてから部屋を出て、急いで蔵から外へと出る。


「どうもー、小包です」


「お疲れ様です」


 それを受け取って蔵書部屋へと戻ると、訓練室から戻ってきたチョコがもう一つの椅子へと座っていた。


「どこから?」


「白銀の館からだね。ウェルカムキット……何これ?」


「なんだろ。開けてみたら?」


 私宛てなのを再確認してから開封すると、箱詰めされた中身には、美琴さんや智沙さんが持ってた皮のバインダーやら筆記用具なんかがガッツリと。正社員用の備品なのかな。あ、社員証も入ってる。

 結局、正社員になったのは七月から。社則は特例で回避したけど、一度通した業務委託契約を無しにするわけにもいかなくてごめんなさいと美琴さんに謝られた。

 こっちとしては、七月からでも十分というかありがたいことなので全く問題なし。ちゃんと前月の業務委託分はお金もらえるそうだし。


「おっ、名刺!」


「ダイクロでは結局もらえなかったし嬉しいよね」


 と手に取って見てみると……


『六条グループ 白銀の館 白銀の乙女 雑賀翔子』


「ちょっ! 役職ぅ!!」


 これ、真面目にやってるのか、他人に渡すことなんてないだろうからって遊ばれたのかわかんないんですけど?


「翔子、上の十枚ほどだけだよ。残りは役職書いてない」


「ということは遊ばれたってことね」


 まあ、あの館長さんなら面白がってやりそうな気はする。

 良いネタだし、写真撮って社内チャットに上げておくかな。ちょうどおやつの時間だし、休憩にしましょ。


「ヨミ、おやつの時間だよ」


「ワフッ」


 立ち上がってしっぽふりふり。かわいい。

 実に犬っぽいヨミだけど、向こうの世界ではルナウルフと呼ばれる狼。

 預けられた時は「一般的に飼われるような狼なんだろうな」とか思ってたんだけど、蔵書部屋にあった図鑑を読む限り、かなりレアな種っぽい。レアどころかSSRって感じ。


「翔子。休憩終わったら、ちょっと検証に付き合って欲しいんだけど」


「いいよー。何するの?」


「ヨミのおかげで神聖魔法が掛けれるようになったでしょ。それでどれくらい恩恵があるか」


「あ、そういや、そうだったね。あの時は魔石を魔晶石にして終わっちゃってた」


 ルナウルフがSSRの希少種なのは、生まれながらに月の女神様に祝福され、聖霊を身に宿しているかららしい。普通なら聖獣と呼ばれて大きな教会とかで保護されてるはずなんだけど……


「ワフ?」


「ヨミ、ちょっと手伝ってね?」


「ワフ」


 まかせろーっていうドヤ顔もかわいい。

 うん、もしディアナさんに返してって言われても返さない方向で。


「神聖魔法が使えなくてどうしようって話があったから、ヨミを預けてくれたんだと思うよ?」


「でも、チョコだって『返して』って言われたら拒否るでしょ?」


「そりゃ、拒否るよ」


「ワフン!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る