42. 翔子と神聖魔法

 時は少し遡り、東京出張から戻ってきていろいろ落ち着いた六月下旬。

 ヨミもすっかりこっちの生活に慣れたので、神聖魔法を試そうということになった。


 蔵書部屋にある魔法についての本は、ほとんどが元素魔法の本で、精霊魔法と神聖魔法については皆無と言っていいレベル。

 まあ、どっちの魔法も精霊か聖霊にお願いして魔法を発動するということなので、本に纏まらない感じなのかもしれない。

 特に神聖魔法は『月白げっぱく神様に祈祷することで奇跡を得る』らしいので、その原理の追求は……って感じなんじゃないかと。こっちの世界でも『進化論』って随分揉めたらしいしね。


 私はごく一般的な日本人と同じく無宗教、いや美味しいとこどり? 正月は初詣に行き、お盆は休みだろうし、ハロウィンはスイーツを楽しんで、クリスマスにはプレゼントを親にねだる感じ。

 けど、異世界の、アイリスフィアの神様を知ったのは、蔵書部屋の本を読んだのが初めてで、その時も「へー、女神様なんだー」ぐらいにしか思ってない。そんな程度の信心で神聖魔法が使えるのかな……


 ともかく、一番最初に試した神聖魔法は魔石を魔晶石に変えること。

 カスタマーサポートさんから「最初に試すのに手軽なのは魔石を浄化して魔晶石にすることですよ」とのお手紙が来てたので、素直に従った感じ。

 ヨミを私たちに預けてくれた賢者さまの提案なら間違いなし。ちょうどゼルムさんから熊の魔石を貰っていたのもあって、それで試してみた。


月白げっぱく神様、この魔石を浄化してください』


 一応、向こうの言葉でそう祈祷してみたら、テニスボール大の魔石があっさり魔晶石に。

 私が試してダメで、チョコが試して成功っていう想定だったから、私が成功しちゃうとチョコが試せなくなるんですけど……


「まあまあ、私は基本前衛なんだし、後衛の翔子が神聖魔法使える方がいいじゃん。なんなら、元素魔法も精霊魔法も使えるとグッドなんだけど?」


「えー、この手の魔法職は複合すると器用貧乏になるっていうオチじゃない?」


「そこはそれ、私みたいに切り替えて」


 うーん、状況に応じて最適な魔法をっていうのは悪くないと思う。

 でも、元素魔法の要素は指輪と魔導銃で間に合ってるから、あとは精霊魔法? でも、神聖魔法以上に何すれば習得できるかさっぱりなんだよね。『白銀の乙女たち』にも精霊魔法使いいないし。

 あ、エルフのディアナさんなら教えてくれるかも? いや、でも、向こうにいる人だしなあ……


「ワフ?」


「なんでもないよ。手伝ってくれてありがとうね、ヨミ」


「ワフ〜」


 しゃがみ込んで頭を撫でてあげると、嬉しそうに目を細めるヨミ。

 さっきの魔石の浄化を祈祷した時、明らかに私とヨミにパスが繋がってから、手にあった魔石に作用した感覚があった。

 逆に言うとヨミがいないと神聖魔法が発動しないわけで、これから先、もしダンジョンに潜ることがあれば、ヨミも一緒に来てもらう必要がある。

 いや「もし」じゃないよね。どっちにしても、都内のあのダンジョンに第七階層にケリを付けておきたい気持ちがある。チョコと記憶を同期して、やはりあれは許容したくない気分が伝染ったせいかもしれないけど。


「それにしても、ヤバめな色だった魔石がこんな綺麗になるもんなんだね」


「だね。こうして見ると、ガラス……水晶っぽい? 魔晶石っていうぐらいだから当然なのかな」


 淀んだ赤茶色だった魔石が、曇りがほぼない魔晶石へと変化したのには驚いた。魔石は倒した魔物によって色が違うらしいけど、あの熊、レッドアーマーベアらしい色だった気もする。

 で、今この水晶のように透明な魔晶石となり、魔素バッテリーとして使えるようになった。特に使い道は……チョコが持ってる方がいいのかな。


「試しに充魔してみたら?」


「そうね。ダンジョンの非常照明に充魔した時はちゃんと見えてなかったし」


 やり方は簡単というか、体内にある魔素を魔晶石に注ぐイメージをするだけ。

 わかりやすいように人差し指から出る感じで試してみると、


「へー、こんな感じなんだ」


「いや、翔子ちょっとおかしくない?」


 指先から赤・緑・青のストライプが魔晶石に注ぎ込まれ、溜まったところで混ざり合って白になってる。この光景、どっかで見たことあるような……ああ!


「こういう歯磨き粉なかったっけ?」


「歯磨き粉? リンゴを齧ると?」


「違う違う。駄女神さまがフレッシュなやつ」


「あーあー!」


 だからなんだって話なんだけど。

 三分の一注いだところでストップ。白い魔素が底に溜まっているので、充魔できてるのは間違いないっぽい。

 と、気になってたことを思い出したので、魔晶石をチョコにパス。


「え? あ、うん、やってみる」


 注がれる魔素は……最初から白だしなんか薄い?

 なんというか、普通のオレンジジュースと濃縮還元オレンジジュースぐらいの差が。


「なんで違うんだろ?」


「私は翔子のコピーなんだし、結果としての白っていうのと、本人の濃さにはならないんじゃないかな?」


「ふむ、一理ある」


 チョコが私を写した先だと考えた場合、言い方は悪いけど少し劣化した結果しか出せないってことなのかな? それはコピーっていうよりはダビングって感じでもやっとする。

 ただ、それとは別に良いことも分かった。


「対消滅せずに混ざり合って均一化してるね」


「だねー。私がMPピンチな時に、翔子から魔素を直接もらえるかも?」


「行けると思う。試す?」


 チョコが頷いて背中を見せる。確かに戦闘中のことを考えると、こういう感じ?

 右肩に手を乗せて、ゆっくりと魔素を注ぎ込む。


「あっ……」


「ダメ?」


 なんかチョコの様子がおかしいので慌てて中止する。


「ダメじゃないんだけどもう少し緩くできる? そーっとって感じで」


「なる。さっきの魔素の色の濃さの違いを考えると、もっと加減しないとか……」


 要するにチョコに濃いのを注いじゃった感じかな。エロ……いやいやいや。

 もう一度、ゆっくり少しずつ魔素を注いでいく。


「ん、ああん……」


「こらこら、エロい声出さないの」


「う、もう無理。満タンになっちゃって、これ以上は出しながらじゃないとになっちゃう」


 うん、無駄にエロくなりそうだからやめよう。

 ともかく、私がいればチョコがMP切れで行動不能になっても、復活させることはできるっぽい。

 そんなことにならないのが一番だけど、もしもの時に知っておいて損はないよね。


「あ、そろそろ終業時間だ。終わりにしましょ」


「はーい、お疲れ様でした〜」

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