閑話. 美琴と智沙の休日
六条別邸の二階は、今までは美琴の部屋だけで他は全て客室だった。
だが、館長の一声で向かいの部屋は翔子とチョコ専用になり、さらに智沙が六条警備保障から白銀の館へと転籍して隣の部屋に引っ越して来ている。
引っ越し自体はあっという間に終了。もともと質素倹約の塊みたいな智沙はスーツケース一つでやってきただけだった。
「智沙さん、美琴です」
「ああ、どうぞ」
七月頭の休日。美琴は智沙を誘って買い物に出かけようと考えていた。自分一人で原宿や表参道へ行くと面倒臭い手合いに声を掛けられることが多いから。
だが、隣に智沙がいると話が違う。スカートを履かない智沙が隣にいれば、声がかかることはまずないし、稀にとんでもない馬鹿がいても腕っぷしで智沙に勝てるはずもなく……
「どうしたんですか? これ……」
至ってシンプルなはずの智沙の部屋に大きなダンボールが四箱。積まれた一番上が開封され、そこから取り出された本がテーブルに積まれている。後から届いた荷物というわけでもないだろう。
「翔子君から送ってもらった本だ」
まさか蔵書部屋の本を? と考えた美琴だったが、それはありえない話。
先にそれらを読みたがった美琴に「宅配便の業者に万一があると問題なので、手渡し以外は無しでお願いします」と言ったのは翔子自身である。
「最近の本、ですか?」
「いや、そうでもないらしい。翔子君がチョイスしてくれたものだがな」
「はあ、それは一体……」
どういった経緯でそんな話になったのかを聞いた美琴に、智沙は少し恥ずかしそうに話し始めた。
………
……
…
「確かに翔子さんは向こうの世界に妙に馴染んでますね……」
「ああ、それを確信したのはゼルム殿たちを救出したときだな」
初めて都内のダンジョンに潜った時。正直、なぜこんな素人っぽい二人をあの場所に連れていくのか智沙には全く理解できなかった。自衛隊が未確認生物と遭遇して負傷したという話が出ているのにだ。
だが、一瞬にして革鎧を纏う姿となったチョコ。通路脇にある謎の装置を見つけ、それに何かをすることによって点いた謎の照明。
細心の注意を払いつつ進む二人。遭遇したゴブリンという魔物。その先で出会ったドワーフという種族。
本来なら驚いて当然のことを、あの二人は平然と受け止め、理解し、行動していた。つまり知っていたということ。
「それは蔵書部屋の本を読んだからでは?」
「確かにそれもあるだろう。だが、あの部屋にあった本には挿絵などほとんどなかった。もしあったとして、それを正しく解釈できるか?」
「……そうですね。実物を見ないことには絵空事だと思ってしまいます。実際にチョコさんを見るまでは、私も半信半疑でした」
美琴は亡くなった祖父の叔母から受け継いだ『転送の箱』を持っている。それがこの世界では理解できない挙動をするのも知っている。いつの間にか手紙が届き、こちらからの手紙はいつの間にか消えるのだ。
館長から白銀の館で別の重要な仕事ができたと呼ばれた日、館長自身もよくわからない感じでこう言われた。
「なんか人間そっくりになる『魔導人形』とかいう大事なのを拾った子がいるらしーんで、ちょっと会ってきてくんねーか?」
と。言った本人がわからないのだから、聞いた本人もわからない。ただ、その魔導人形とやらは絶対に目で見て確保しろと。それを拾った本人も含めて。
館長宛てに来たメールを読んで相手が年下の女性とわかって安心した覚えがある。そうでなければ智沙をボディーガードに貸し出してもらおうと考えていたぐらいだ。
「最初に翔子君と会ってどうだった?」
「なんていうか、すごくしっかりした娘だなって。事情を聞いて納得しましたが……」
メールで会う約束をした後、ひょっとしたらどこかで六条と関わりがないかと探し、結果としてダイクロの人材紹介リストにいたときは驚いた。
館長から「その子、会社をクビになって実家戻ってきたところらしーから、うちで雇ってやろうぜ」と聞いた時は、またそんな簡単にと思った。
履歴書を見る分には県内一の進学校卒。なぜか卒業生で唯一就職。そして二ヶ月で解雇。ダイクロが例の陥没騒ぎで新卒を全切りした話を思い出す。その中に彼女もいたわけだ。
「そうだな。しっかりしていて動じない。それが日常的なことならまだわかるが、翔子君はダンジョンや魔物、異世界ということにも動じなかった」
「そうですね。なんだか『やっぱりそういうことか』と理解してるようでした」
「ああ、私が不思議なのは翔子君がそれらをすんなりと理解している点だ。それを本人に聞いてみた結果がこれだ」
そう言って手に持っていた本を美琴に渡す。
結構古く、だが、大事にされていたようで綺麗なその本は、いわゆる『ライトノベル』と言われる文庫本。
「これって普通の小説ですよね?」
「だが、翔子君はここに『お約束』がたくさん書かれてるから、そういうものなんだと理解しているそうだ。
そうだな。美琴はゼルム殿たちを見る前に『ドワーフ』というものについて知っていたか?」
「い、いえ、全く……」
実は今もよくわかっていない美琴だが、それを言うと怒られそうなので黙る。
「私もそれまでは、ドワーフというのは『白雪姫』に出てくる七人の小人のことだと思っていた」
「えっ! 全然違いますよね?」
「ああ。私も高校時代に演劇部の知人から聞いただけだ」
もちろん諸説あるだろうが、美琴や智沙が知っている童話『白雪姫』の七人の小人は可愛らしい感じだったのだろう。
だが、実際に出会ったドワーフは髭もじゃで樽体型のおっさん。あれを七人の小人というには抵抗がある。
「ゼルム殿たちを見た二人は、彼らがドワーフであることにすぐ気づいていた。その理由がこれだ」
智沙が手に取った本の登場人物紹介を開くと、確かにそこには髭もじゃのおっさんがドワーフとして紹介されている。
「えっ、ええっ!?」
「先日、神樹をくぐって現れたディアナ殿はエルフという種族で、この挿絵のような耳が長く華奢な美人だったな」
「これを書いた人は向こうの世界を知ってるってことですか!?」
「落ち着け、美琴。これを書いた人たちはそれを知らない」
そう諭されるが腑に落ちない顔の美琴。
なぜそんな偶然の一致が起きているのかがわからない。智沙の話では日本の小説、特にライトノベルと呼ばれる作品や、漫画、アニメ、ゲームでのドワーフやエルフは皆こうなのだそうだ。
「翔子さんはそういうのが好きだそうですし、だから、この本に書かれているようなことが起きても納得していると?」
「そうだな。だが、こうも言っていた。『この世界で数千年後とかに人類が進化したり、DNAレベルでの改変で彼らに似た存在となったら、きっとドワーフとかエルフとか呼ばれますよね』と」
美琴はそれを聞いて唖然とする。翔子の話が正しいなら、向こうの世界はこちらの世界の数千年後ということになるからだ。
ちなみに、そう言った翔子本人はちょっとした雑談のつもりだった。理系が猫型ロボットの道具の現実味をネタに盛り上がる程度の……
「そういうわけで、遅まきだが私もその知識を仕入れておこうと思ってな」
「そ、そうですね。私も読みます!」
こうして美琴と智沙の休日は翔子が厳選したライトノベルに消費されてしまうのであった……
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