115. 翔子と別荘(元旅館)

「つ、疲れた……」


「ですね……」


 私と美琴さんはもう疲労困憊。結局、華厳の滝を見たり、中禅寺湖の遊覧船に乗ったり、戦場ヶ原を散策したりと……目一杯観光してきました。


「ワフ?」


「大丈夫だよ。でも、ちょっと休ませてね」


 到着したのは別荘っていうよりは日本的な洋館? って感じの場所。美琴さんの話では、老夫婦が経営してた歴史のある旅館だったらしいんだけど、後継者がいなくて廃業のところを館長さんが買い取ったんだとか……


「それにしてもすごいね。大正ロマンの花が咲くって感じ……」


 フロント的な場所にある年季の入ったソファーにグッタリなのは私と美琴さんの二人。ヨミが膝の上にペターっと張り付いてて……気持ちいい。


 ルナリア様、マルリーさん、サーラさんは建物が珍しいのか、あっちこっちをうろうろしてる感じ。私もあのフロントの裏側とかちょっと見たいかも。


「翔子、大丈夫?」


「ああ、ごめん。私も手伝う」


「いや、二人は休んでいてくれ」


 智沙さんが立ち上がろうとする私を制する。チョコと二人で荷物を運んでくれてる。昔は旅館でも今は別荘なので、料理は自分たちでやらないといけない。そのためのかなりの量の食材を。


「こちらの世界には美しいものが多いわね」


 ルナリア様が満足したのか、私の前のソファーに優雅に腰掛ける。美少女然としてて本当に絵になる。マルリーさんが保護者のように隣へと座るんだけどサーラさんは?


「サーラは建物の全体を把握に行きましたよー。癖みたいなものなのでー」


 さすが偵察要員。いざというときの逃走経路とか考えたりするのかな? ちょっと後で聞いてみよ。


「部屋が和室と洋室の二種類あるんですけどどうしましょう?」


「あー、どうしよ? ルナリア様、普通のっていうかそっちの世界みたいな部屋と、こっちの世界らしい部屋とどっちがいいです?」


 こっちの世界らしいっていうか、日本らしい部屋だけどね。


「こちらの世界らしい部屋がいいわね」


「ですねー。せっかくですしー」


 二人とも浴衣とか似合いそうなんだよね。部屋にあるのかな? というか、温泉があるっぽいんだけど……


「温泉とかって使えるんです?」


「ええ、一昨日の話があってからすぐハウスキーパーを頼みましたし、私たちが滞在してる間もやってくれるから大丈夫ですよ」


 掃除洗濯はお任せできるけど、ご飯だけ自分たちでなんとかしてねってことね。とチョコと智沙さんが荷物を運び終えたのか戻ってきた。


「終わったよー。部屋行く?」


「ありがと。じゃ、行きましょうか。ヨミ、行くよ」


「ワフ」


 膝にペタっと伏せていたヨミがすくっと立ち上がって膝から降りる。で、部屋ってどこだろ。


「翔子君、こっちだ」


「あ、はい! じゃ、行きましょうか」


 ルナリア様たちを連れて智沙さんの後を追う。


 建物自体は三階建て。一階はフロントとかお風呂とかおみやげ物屋……のなごり。二階が食堂とか宴会場とかとそのための厨房があるのかな。で、三階が客室と。


「部屋だが……」


「和室の方がいいそうです」


「ふむ」


 案内されたのは結構広い和室。鍵を開けた智沙さんが私たちを通して別の部屋へ。他の部屋も開けて回るっぽい。


「あ、靴はここで脱いでくださいね」


 六条の別邸はホテルっぽい感じで基本は土足。うちの実家に来たことがあるサーラさんは別として、ルナリア様もマルリーさんも靴を脱ぐ習慣はなさそう。


 やって見せた方が早いよねってことで、先に靴を脱いで上がると、ルナリア様が不思議そうに思いつつも靴を脱いでくれて、ちょっとホッとする。


 マルリーさんは何の疑問も持たずに靴を脱ぎ、そのまま靴をルナリア様の分もきっちり並べてて……和室の経験があるのかな?


 部屋に入ると畳のいい匂いが。で、お約束の座卓の上にお茶菓子が山のように積まれてるのは……館長さんの指示なのかな?


「お茶淹れますね」


 美琴さんが急須を手にお茶の準備を始める。畳にそのまま座るっていうのも多分初めてだよね。というわけで、私がさっさと座布団に座って見せる。


「ルナリア様、その机の上のお菓子、食べていいですよ」


「あら、お菓子なのね」


 地べたに座るのかと躊躇していたっぽいけど、お菓子と聞いて我慢できなくなったっぽい。そしてマルリーさんはまた普通にペタンと座る。


「マルリーさん、慣れてます?」


「はいー。ミシャさんのお屋敷の二階は土足厳禁で似た感じですからー」


「ああ、なるほど……」


 日本人は靴を履きっぱなしの生活に慣れないよね。私も向こうに行ってた間は結構辛かった……


「お、いたいた」


 部屋の入り口から声が聞こえたと思ったら、サーラさんがちゃんと靴を脱いで入ってきた。で、ちゃんと座って、しっかりお菓子を食べ始める。


「ところでこの部屋に全員入るの?」


「いえ、翔子さん、チョコさん、私、智沙さんは隣の部屋ですよ」


 この部屋に七人並んで寝たら修学旅行以上の密集度だよね。まあ、そんな遅くまで起きてないだろうし、そもそもマルリーさんが許さないよね。お肌に悪いとか言って。


「美琴、夕食の準備を手伝ってくれ」


「あ、はーい」


 智沙さんの声が掛かって私もと立ち上がろうとしたら、今度は美琴さんに止められる。


「翔子さんは休んでてください」


「うっ、はい。というかチョコは?」


「私も休んでろって」


 どこ行ったのと思ったところでチョコがやってきた。で、座布団には座らずに窓際の謎スペースのソファーに腰掛ける。


「あ、ずるい」


「和室といえばここでしょ」


 私もあの空間を堪能するためにチョコの向かいのソファーへ。落ち着く……

 そんな私たちの不思議行動は気にせず、お茶菓子をモリモリ食べる御三方。追加オーダーした方がいいのかな、これ。おみやげ物屋もうないし。


「今日は思いっきり遊んじゃったけど、明日はそのこっちに来たっていう場所を探すんだよね?」


「あ、はい。そのつもりです」


 業務用のドローンもこっちに到着してたらしい。天気の良い間にさくっと場所が特定できればいいんだけど。


「サーラさんが知ってる、向こうのその場所も山奥なんです?」


「そだよん」


 窓から見えるのが、ちょうどそのスキー場なんだけど、ぱっと見で変な場所は見当たらない。もっと上の方とか奥の方になるのかな。そう言えば……


「サーラさん、その地下施設を知ってるって言ってましたけど、どういう物なんです?」


「ん? うーん……工房? 作業場? まあ、そんな感じのところ」


「ミシャ様のお弟子さんのですか?」


「そだよ。まあ、それ以上は見つけた時のお楽しみってことで」


 にひひって感じで笑うサーラさん。絶対に楽しんでるやつだこれ……

 でもまあ、そういう感じなら危険なこともなさそうなので大丈夫なのかな? 回収するゴーレムも向こうからは襲ってこないって話だったし。


「ねえ、翔子」


「あ、はい。どうしました、ルナリア様」


「お腹が空いたわ。夕飯まだかしら?」


 座卓に山と積まれていたお茶菓子はすでに空。「もう、ご飯さっき食べたでしょ?」的な返しを言いそうになってグッと堪える。


「夕飯は二階にお座敷あるからそこでだって」


「じゃ、ちょっと早いけど行こうか」


 そう言ってからふと思いつく。ルナリア様、普段はあんまり運動しないけど、今日は歩き回ったりはしゃいだりしたから、より一層お腹が空いてるとか? まあ、楽しんでくれてるならいいか……

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