29. 翔子と第四階層

「ゼルムさん、ちょっといいですか〜って何してるんです?」


「おう、明日の準備だ」


 仮設長屋に扉の件を話しに来たんだけど、ゼルムさんたちドワーフ全員が食堂で斧やら鉈やらを整備していた。


「明日?」


「ん? あの階段の草刈りはせんのか?」


「あ!」


 動画の件ですっかり思考がそっちに行っちゃってたけど、第四階層への階段の問題は何も解決してないんだった。

 館長さんが来るまで、向こうから来た各種情報を翻訳してたんだけど、まずそれを共有しないとだよね。


「美琴さん。向こうから来た手紙あります?」


「私の部屋に置いてきちゃったので取ってきます」


 と駆け出していった。


「階段の件ではないのか?」


「ええ、その話もありますけど、実はですね……」


 動画サイトがどうこうとかは通じないと思うので要点だけ。

 ようは一般人に見つかりたくないので、壁に偽装した扉を作りたいという話をする。


「ふむ、やらせてもらおう。正直、ワシ以外の皆が暇しておってな」


 そう言って後ろを見やるゼルムさんに、ドワーフの皆さんがサムズアップして返す。

 予想通りというか、まあ二週間以上ダンジョンに閉じ込められた上に、今もここで半軟禁状態みたいな感じだもんね……

 ともかく、扉の件はオーケーを貰ったので、明日現地に行って測量からかな?


「お待たせしました」


 美琴さんが帰ってきて、更新された捜索対象者リストとダンジョンの情報リストを渡してくれる。

 ゼルムさんがそれを手に取って読み始めた。


「ふむ。残っておるのは皆手練れの連中ばかりのようだのう」


「そうなんです?」


「ワシらのような一般人でも知っておる名前だな」


 ゼルムさんたちが一般人だとは思えないんだけど、そこは突っ込んでいいものやら……


***


「よし! お前ら三人はここで扉を作るための測量だ」


「「「おう!」」」


 場所は第三階層。第四階層への階段の手前。

 本来は第一階層の同じ場所に設置する予定の扉だけど、サイズとしてはここでも同じということで、ここで測ってもらうことになった。

 それが終わったら、そのまま第四階層への階段を塞いでいる樹々の撤去を手伝ってもらうため。


「よし、残りはこっちだ」


 そう言って残りのメンバーを連れて階段を降りていくゼルムさん。

 私たちは刈られた草を邪魔にならないところに運ぶ手伝いをする。


「下の部屋が見えてきたら気をつけてくださいね」


「おう!」


 カスタマーサポートさんから来た情報に書かれていたのは、第四・第五は通路と真ん中に部屋があるだけ。で、第六にかなり大きな部屋、というかホールのような開けた場所があり、そこに『神樹』があるんだとか。


「それにしても、本当に神樹なんてあるのかな?」


「第六階層に行けばわかるでしょ」


 その『神樹』というのは、こちらの世界でいうところの『御神木』みたいなものらしい。

 向こうの世界での緑の神様に縁があるそれは、実際に果実などの恵みを与えてくれるそうなので、捜索対象もその神樹を頼っているのではないか、というのがカスタマーサポートさんの推測だ。


「神の樹から得られる果実って美味しそうだよね」


「やはりリンゴに似ているのだろうか?」


「どうなんでしょう。私のイメージだと桃なんですよね」


 智沙さんは知恵の実を想像したのかな? 私は仙桃っぽいイメージが頭に浮かぶ。ぐーたら仙人が美味しそうに食べてるやつ。


「桃だとすると、ジュースにするとネクタルになるのかな?」


「あれ美味しいよね。最近、売ってるの見ないけど」


 あー、思い出すと無性に飲みたくなってきた……


「下が見えてきたぞ!」


「はーい!」


 階段を降りて行くとまた雑草まみれの床が見えてきたんだけど、もうこれ洞窟じゃないの?


「部屋が明るいんだけど、ここはダンジョンが機能してるってことかな?」


「どうなんだろ。上の階層で節約してここに回してるとか?」


「あー、なるほど」


 チョコが進んで行って、ゼルムさんを追い越した。

 そこから先はさらに慎重に、ゆっくりと進んでいく。


「ん、魔物とかはいないね。けど、草が多くて視界が悪すぎ」


「じゃ、すいません。ゼルムさん、引き続きお願いできますか?」


「おう、任せとけ。行くぞ」


 ドワーフさんたちを引き連れて進み、私と智沙さんがその後ろに続く。

 入った部屋は今までよりもずっとこじんまりとした感じで、本当に洞窟のちょっと広いスペースといった感じ。

 春の太陽のような優しい日差しが天井から降り注いでいるのが不思議だ。

 右手には通路へと繋がる道があって、チョコがそっちを覗き込む。


「何か見える?」


「んー、暗くて先の方は全然」


「じゃ、警戒よろしく」


 通路は明かりがないのか。

 まあ、見張っておいてもらいましょ。


「引っこ抜いたのはこっちへまとめろ」


「「「おう」」」


 ドワーフさんたちがテキパキと雑草を抜いては部屋の隅へと積んでいく。

 別にここを耕そうという話ではないので、膝丈以上ある雑草を手当たり次第に抜いては隅へ。

 それでわかったんだけど、左手奥に綺麗な泉があって驚いた。ダンジョン内に水があるとは思ってなかったよ。


「ここをキャンプ地とする?」


「ちょっと言い方」


 でもまあ、今日の探索はここを基本とした方が良いかな?

 智沙さんも頷いて、背負っていたバックパックを下ろすと、携帯食料などを取り出して置いていく。これから先に持っていくものを厳選してる感じ。


「翔子君、これを」


「あ、ありがとうございます」


 と地図を手渡される。

 カスタマーサポートさんから来たダンジョンの情報に第四から第六までの地図もついていた。

 ただ、あくまで向こう側で作った地図の反転なので、違ってたらごめんっていう注釈付きだけど。


「この階は特に枝道もなく、道なりに進んでいけば次の階層への階段に行くようだな」


「はい。この第四と第五は途中に一つ部屋があるだけっぽいです」


 第六階層は『神樹』のためだけにあって、そこから奥へ進むと第七へと繋がるらしい。

 まあ、とにかく行ってみればわかるかな?


「じゃ、行きましょうか。チョコ?」


「待って、翔子! 何か来る!」


「えっ」


 チョコが見てる通路の先から……足音? それが徐々に大きく、騒がしく、確実に近づいてる!


「ドワーフの皆さんは階段へ!」


「永遠の白銀!」


 チョコが大盾ラージシールドを左手に身構える。

 私も銃を抜いてセーフティーを外す。


「智沙さん、ドワーフの皆さんをお願いします!」


 そういった次の瞬間、通路を飛び出してきた物体をチョコの大盾ラージシールドが受け止める。

 それは体長三メートルにもなろうかという、大きな熊だった。

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