28. 翔子と迷惑系配信者

「休みにしたのにすまない」


 そう申し訳なさそうにする智沙さん。

 シンプルなブラウスにデニムというラフなスタイルが男前。


「翔子」


「おっと」


 この部屋には椅子が二つしかないので、チョコはすでにベッドに腰掛けている。

 私も椅子を譲ろうとしたんだけど、


「ああ、そのままでいい。とにかくこれを見てくれ」


 智沙さんは立ったまま、ごついスマホを取り出してテーブルに置いた。このスマホ、工事現場とかで使う用のスマホだっけ……

 で、そのスマホをタップして動画サイトかな?


「え、これは……」


 キャッチーな煽り文句に『ダンジョン潜ってみた』と書かれてあり、再生され始めたそれには、私たちが昨日一昨日と潜ったダンジョンの様子が映し出されている。

 真っ暗な中、懐中電灯か何かで照らし出されている壁からして間違いないと思う。

 とはいえ、特に何かが起きるわけでもなく、盛り上がりがあったのはゼルムさんたちが作ったであろう扉ぐらい?

 それも閉まっているのを開けようとしない感じ、この録画している人だけしかいないんだろう。


 結局、枝道を二本ほど行っただけで動画は終了した。

 本当にこれだけしか進んでないのか、編集してここまでにしたのかはわからない感じ。

 それにしても、公開してから三時間ほどで二十万弱の再生回数。

 コメント欄も『いしのなかにいる』だとか大喜利モードになってて……日本人、ホント暇だよね。


「これって、あのダンジョンに不法侵入されたってことですよね?」


 確かに美琴さんの言う通りだろう。でも、自衛隊さんが警備してたと思うんだけど、それを見つからずに潜り抜けた?


「その通りだ。こんなことになるなら、うちで警備をつけておくべきだった」


「館長はこのことを?」


「もちろん知らせてある。ただ、今日は役員会とその後の昼食会が終わるまでは動けない。おそらくそれが終わり次第、こちらへと戻られるだろう」


 うん、今日は火曜日。普通は仕事してますね。

 ともかく、これに対処しないといけないことはわかったし、その話をするときにここに居ないのも困るので伝えに来てくれたのかな。

 けど……


「これ、私たちにできることってあります?」


 とチョコ。美琴さんも頷いているし、私ももちろん同意見だ。


「直接できることはないと私も思う。ただ、皆の意見は聞いておきたい」


 館長さんと話す前に認識のすり合わせはしておきたい、ぐらいの感じかな?

 美琴さんはそう言われると、少し考えてから、


「この動画の人を逮捕してもらうのは無理なんでしょうか? 明確な不法侵入ですよね?」


「うーん、それは微妙、というか時間かかるんじゃないかな……」


 この動画サイトに動画投稿者の情報開示請求だっけ?をしないといけない。で、その投稿者からここに写ってる本人を……みたいな長い道のりが待ってるはず。

 というようなことを説明すると、美琴さんにきょとんとされてしまった。智沙さんの方は理解してるのか頷いてたけど。


「手っ取り早く捕まえるなら、また来たときに現行犯逮捕の方が早いと思うよ」


「そだね。それにダンジョンに潜る前に不法侵入で捕まえる分には、現場検証とかでダンジョンに入られずに済むから、そっちの方が都合がいい気がする」


「「なるほど」」


 私とチョコの案に二人が納得してくれる。

 それはそれとして……


「これ、自衛隊さんの方でも問題になってるんじゃないです? 警備してたのザルでしたって言われてるようなもんだし」


「だろうな。いや、まだこの動画に気づいてないんじゃないか?」


 と苦笑いの智沙さん。うん、気付いて無さそう……


「動画の公開を止めることは出来ないんでしょうか?」


「んー、それも手続きに時間かかると思うし、下手にちょっかい出すと悪目立ちするよ?」


 どうせこの動画を消させても、ダウンロードした誰かが上げ直していたちごっこになるだけ。

 そんなことをしてると、いつまで立っても噂が風化しないというか……逆に炎上するよね。


「はあ?」


 美琴さん、あんまりネットしないのかな?

 いや、単に私が見てるような層とは違うってだけだよね。


「翔子君とチョコ君は何かないか?」


「とりあえず、この動画は無視するのが一番かと。下手にちょっかいを出すと、勘ぐられるだけだと思います」


「ふむ」


 人の噂も七十五日とか言うよね。

 この動画も二ヶ月ほど放置すれば忘れられるでしょ。


「で、次また不法侵入された時の対策に、第二階層への階段の手前に扉をつけるとかですかね?」


「む、入口ではなくてか?」


「この動画もそうですし、自衛隊の人たちも知ってる第一階層はオープンにしてもいいかと」


 未確認生物と遭遇して撤退した場所は、第二階層へ降りる階段へのずいぶん手前だし、そのあたりに扉を設置。

 完全に塞いじゃうと私たちも行けなくなるし、ダンジョンの仕様に引っかかって、別のルートができる可能性がある。


「ですが、扉があると先が気になったりしませんか?」


「うっ、そっか。じゃあ、壁っぽくカモフラージュするとか?」


「ふむ。先を隠蔽するという手はいいかもしれない。だが、誰に頼む? 壁にそっくりな扉は六条で作れても設置の問題がある」


「そこはゼルムさんたちドワーフに頼むといいかと」


 もともと扉を設置に来てたわけだし?

 今、ドワーフの皆さん暇してる気がする。


「なるほど。彼らに協力してもらう分には秘密が漏れる心配もないか……」


「いいですね」


 二人も納得してくれたようだし、私たちから提案できるのはそれぐらい?

 まあ、あとは館長さんの機嫌が悪そうだから気をつけないとね……


「翔子。魔力測定器の件」


「あ、そうだった」


 智沙さんにも測ってもらったら、ちゃんと光って、数値は226、4、27でした。

 うーん、この数値三つある意味ってなんなの?


***


「翔子ちゃん! チョコちゃん!」


 館長さんが帰ってきたそうで本邸に呼び出されたんだけど、現れた館長さんにいきなり抱きつかれてしまった。


「「ど、どうしたんです?」」


「もー、次から次へと面倒なことになりすぎだ!」


 どうやら自衛隊の方でも警備を抜けられたことを把握したらしく、警備を強化し、ダンジョンの入口まで警備させて欲しいとかいう話が来たそうで。


「あー、それは困りましたね……」


 建前上、私たちは陥没箇所の再調査であって、謎の空洞、つまりダンジョンに入っていいことにはなってない。そうしていいことを知ってるのは偉い人だけなわけで……


「館長、それを受け入れたんです?」


「あいつらにもメンツってもんがあるんだ。断れる相手じゃねーしな。ただ、邪魔になんねーように条件はつけてもらったぜ」


 邪魔にならないようにというそれは、私たちがいない間の警備の強化。それもブルーシートの外周に増やすということで落ち着いたらしい。

 まあ、それなら大丈夫かな?

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