18. 翔子と探索開始

 車の向かう先に懐かしい風景が見えてきた。陥没の現場近くまで来たんだと思う。


「悪いが君たち二人の顔を見られたくない。しばらくこれをかぶっていてくれ」


 そう言って二人分のウィンドブレーカーを渡された。

 六条グループのマークが入っていて現場建設員用なのかな? ともかく、急いでそれを着てフードも被る。

 と、美琴さんからヘルメットを渡された。これも現場作業員が被ってるようなアレ。

 いったんフードを取ってから、それを被り、またフードも被る。


「ヨシ?」


「ヨシ!」


 二人でお互いを指差し確認。


「陸自が警備している門でいったん止まる。私が対応するので下を向いていてくれ」


 その言葉と同時に左折し、しばらく徐行したのちに一時停止した。

 美琴さんがよくわからない書類を私たちの前に広げたので、それを覗き込むことにする。


「連絡していた六条の調査です」


「確認しました。お通りください」


 一応、私たちは『陥没箇所の再調査』というのが建前。

 実際にはそこから空洞、つまりダンジョンに入るんだけど、そのことに関しては偉い人しか知らないらしい。それも「何があっても六条側の責任」という前提なんだとか。

 そんなわけで、無事チェックを通過して再発進したハンヴィーがゆっくりと進んでいく。

 現場に近づいてきたのか車内の揺れが激しくなり、しばらくして完全に停車した。


「到着だ。外には他に誰もいないので安心していい」


 智沙さんがそう言って降りる。後ろに歩いて行ったのでトランクから何か出すっぽい?

 私たちはヘルメットとウインドブレーカーを脱いで車を降りた。


「翔子、アレ着ないと」


「うん」


 私は持ってきてたトートバッグから『慈愛』タイプでチョコが身につける神官戦士用のローブを取り出す。微妙に恥ずかしいけど今さらかな。


「防弾チョッキに一つ予備があるが使うか?」


「翔子さん、中に着れませんか?」


 ちょっと重そうな気がするけど、今日は接近戦をするつもりもないし。魔素があるダンジョンに入れば身体強化も遠慮なく使えるからアリかな。


「借ります。ありがとうございます」


 ローブをいったん脱いで、受け取った防弾チョッキを切る。智沙さんの予備だからか大きめだけど、サイズ調整ができるので大丈夫そう。

 手足の動きを阻害しないことを確認し、その上からローブを羽織り直す。


「美琴はここで待機していてくれ」


 いつの間にか折り畳みのテーブルと椅子を展開していた智沙さんが美琴さんを手招きする。

 ぼーっと待ってるのも大変だろうなと思っていたが、美琴さんは私たちが持ってきた『白銀の乙女たち』の原本と翻訳テキストで謎言語の勉強をしてるとのこと。


「本来なら美琴にも状況を共有したいのだが、地下に入ると少し進むと電波は届かなくなるらしい」


「そうなんですね」


 確かにうちの地下も電波は届かない。Wifiも5Gもダメだったし、そのうちLANをはわせるつもりでいたんだけど違う原因があるのかも?


「さて、今回の探索の行動指針は君たちに委ねられている。なのでそれを聞いておきたい」


「は、はい」


 館長さんからの指示なのかな。ともかく、私たちに任せられてるなら、それは智沙さんにも聞いておいてもらおう。とはいえ、しらみ潰しに遭難者を探すだけなんだけど。

 これに関してはチョコに任せるつもりなのでと目線をやると、それに気付いて頷いてくれる。


「基本的に自衛隊が無視した枝道も探索していきます。私が先頭を行きますので、翔子は三メートルほど後ろを。智沙さんはそのすぐ後ろ、最後尾で後方注意をお願いします」


「了解した。では、行こうか」


 チョコの説明に反論もなく頷く智沙さん。向かう先は陥没でできた大きな穴なんだけど、その全体がブルーシートで覆い隠されている。


「気をつけてくださいね」


「「うん、いってきます」」


 いきなり地下深くまで潜って行方不明者全員を救出しようなんて馬鹿な考えは持ってない。

 今日はとにかく『自分たちが本当に役に立てるのか確認する』ことが最優先……


***


 ブルーシートの下は瓦礫が綺麗さっぱり片付けられた空間。その一角に見えたのは横穴の入口だった。地面に穴が開いたわけじゃなかったのね。

 その入口が防獣ネットで覆われているのは、未確認生物みたいな話があったからかな。


「チョコ、どう?」


「うん、ここから先はあるよ」


 ネットを潜って先に一歩踏み込んだチョコに魔素の有無を聞くとやはり『ある』ようだ。

 うちの蔵の地下にもあった魔素だけど、なぜか外に出ると存在しない。こっちの世界に出ると消えるとかなのかな?

 ともかく、ここから先は間違いなく向こうから転移してきたダンジョンということになる。まあ、あるからこそ私たちも力を出し惜しみなく発揮できるわけだけど。


「光が届くのは入り口付近だけだ。灯りをつけよう」


 LEDランタンの準備をしてくれる智沙さんだけど、その前に……


「少し待ってください。翔子、不可視でいい?」


「うん。戦闘状態になるまでは不可視で。接敵したら永遠か天空のどっちかで」


 その答えに頷いたチョコは深呼吸を一つ。


「不可視の白銀」


 その言葉が発せられると一瞬でチョコに装備が現れる。

 不可視は斥候タイプ。上質な革鎧と腰には短剣二本がクロスするように納められている。残念ながら十フィートの棒はない。


「なっ!」


 うん、驚かない方がおかしいよね。そこに存在しなかったものが急に現れるんだし。

 けど、今それを最初から説明するつもりはない。


「説明は今日終わってからで」


「あ、ああ……」


「じゃ、探すよ?」


「よろしく」


 チョコがしゃがみ込み、右側の壁の下の方、くるぶしのあたりの高さを調べる。


「あった。ここ」


「おー、本にあった通りだね。私がやるよ」


 チョコが指差した先に指が通るぐらいの小さな穴が空いていて、そこから水晶のような石がちらっと見えている。

 蔵書部屋にあった『徹底解説ダンジョンの機能』という本に書いてあった通り。この水晶のような石は魔晶石という魔素を溜めておける石。要するに魔素のバッテリー。

 これに私から魔素を注ぎ込めば……


「じゃ、充電……充魔するよ」


 魔法を使うには体内にある自分の魔素をコントロールする必要がある。

 チョコは自在にできていたし、記憶を同期すれば私にもそれは難しいことでもなかった。

 ここはもう大気中に魔素があるのでチョコにお願いしてもいいんだけど、今着てる『慈愛』のローブは魔素を回復させる効果が大きいので私がやることにする。


「オッケー、明るくなったね」


 魔晶石に魔素を注ぎ込むと、それを使って通路の天井が淡く光り始めた。

 ダンジョン解説本曰く、本来はダンジョンコアが魔素を送って光らせているらしいけど、今は転移しちゃったせいで壊れたか、コントロールできない状況になってるんだと思う。

 この足元の魔晶石はそういった時の非常用らしい。


「これは一体……」


「えーっと、説明は今日終わってからで」


「了解した」


 文句も言わずに頷いてくれる智沙さん、プロすぎでしょ……

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