72. 翔子と不思議な壁

「これ、片付けなくて大丈夫です?」


 バラバラになった百足。しばらくの間はもぞもぞと動いてたけど、毒があるという体液を全て失ってしまった後は……


「気持ち悪いですし、誰かに見つかっても問題があるので処分した方が良いかと」


「そうだな。ここがダンジョンでなければ、死骸は残ったままになるのだろう?」


「だね。あ、魔石は取る?」


 そういえば魔石ついてるんだっけ。でも、これを解体するのはちょっと……


「スルーでいいですよね?」


「そうだな。死骸は処理しておきたいが、手間をかけるのもな」


 ということで、死骸は一箇所に集めて埋める方向に。部屋の隅に集めて土壁を半球状に形成して被せる。


「これで大丈夫です?」


「いいね。フェリア様、念のためお願い」


「ふむ。良かろう」


 ん? 念のためって何するんだろ。

 私の右肩からふわっと浮いたフェリア様が、すいーっと土のドームの上まで飛んでいく。


「どうされるんです?」


「ん、まあ、死骸を早めに土に還しておく感じよの」


 懐から何か取り出して土の上に置くと、精霊魔法を唱え始める。


「花の精霊よ」


 その言葉に反応するように土から小さな芽が出たかと思うと、あっという間に盛られた土が色とりどりの花で埋め尽くされた。


「「おおー」」


 すごく花の賢者っぽいです。

 先に土の上に置いたのは何かの種なのかな? 花を見る限りはこっちの花っぽいけど。


「この花は?」


「ポーチュラカ、和名だとハナスベリヒユだったと思います」


「うむ。心配せずともこちらの世界の花よ。翔子の家の裏庭にあったものだな」


 そうなんだ。花とか全然詳しくないから、実家の裏山に生えてたとか言われても記憶にない。

 あさがおとかひまわりみたいなメジャーな花しか知らないです。


「この洞窟の中では自生は難しそうですが」


「ジャイアントセンチピードが土に還るまでは咲いておろうよ。二、三日といったところかの」


 掘り返されて「何これ?」ってなったら困るしってことか。助かります。

 けど、せっかく咲いたのに、ちょっともったいない気がしなくもない。


「お水あげちゃダメです?」


「おお、そうよの。加護の掛かった水であれば花も喜ぼう」


 よしよし、汚れ仕事を任せてしまうことになるし、せめて綺麗な水ぐらいはあげないとね。ということで浄水の魔法で水やりを。

 水滴がついた花ってなんかいい感じだよね。何がって言われても困るけど、瑞々しい……はちょっと違う?


「では奥へ進もうか」


「だね。さっさと終わらせないとね」


 二人が見遣る先には氷の壁ができているが、さすがに夏ということもあって溶け始めている。

 でも、ちょっと分厚く作りすぎたかな。これ溶けるのを待ってるのはちょっと。


「土壁の方が良かったのでは?」


「まあ、見ておれ。水の精霊よ」


 そう唱えたフェリア様の指先から雨粒ほどの小さい水滴が飛んでいき、氷の壁にぶつかったところで、壁全体が一瞬にして溶けて崩れ落ちる。


「「すごっ!」」


 しかも水になって地面をぐずぐずにするかと思いきや、蛇のようにスルスルと動いて、さっきの花のところに行って解けた。


「……あれ? 私、お水あげなくても良かったんじゃ?」


「こういうのは気持ちの問題ゆえな」


 そう言われたけど、いまいち納得できない感。『植物に優しく話しかけると綺麗な花が咲く』みたいなのは信じてないんだけど、異世界だとアリなの? 精霊もいるし。


「ほいほい。じゃ、次行くよ」


 サーラさんが先へと進んで、私たちを急かす。

 精霊魔法のことは後でフェリア様にちゃんと聞こう。フェリア様の二色の魔素で行けるなら、三色の私にもワンチャンあるよね?


***


「大丈夫そうだよ。ここで終わりかな」


 続いていた通路は、その先でまた空間へと繋がっていたようで、先行して様子を見に行ってくれたサーラさんが手招きする。


「終わりってことは、ダンジョンじゃなかったということでいいんでしょうか?」


「かな? 地下施設がこっちに来たって話だから、ダンジョンだけじゃなくて、洞窟とかここみたいな巣穴も含まれるのかも」


 地下ではあるけど施設ではないよねーと思うものの、向こうでもまだ調査中っぽいし。


「ん?」


 先に入ったチョコが疑問符を浮かべる。続いた私たちも辺りを見回して……


「あれって……」


「あれは次元の断層にできる壁だな」


 さっきと似たような空間、巣穴の部屋部分みたいなのが広がってると思ったんだけど、都内のダンジョンで見た『こっちの世界とあっちの世界を分断する断層』の壁が右手側に広がっている。


「フェリア様、ここってダンジョンじゃない?」


「うーむ、おそらくな。しかし、一部だけというのもあるのだな」


 なんか話してる感じだと、ダンジョンの一部だけこっちに来た的な?

 都内のダンジョンは最下層で魔法を暴走させてうんぬんだったけど、なんでこんな離れた場所でも転移現象が起きるんだろ。

 あ、ここだけじゃないか。他にも結構あるし、うちの地下もそうだった。


「でも、私たちが見たことあるダンジョンとはちょっと違う感じ?」


「都内のダンジョンの第四階層の小部屋とかにちょっと似てる?」


 とチョコ。確かにあそこもこんな感じだったかも。

 次元の壁が真っ直ぐなのは置いとくとして、反対側もかなり綺麗に整地されてるんだけど、その突き当たりの壁がですね……


「これは……急いで館長に連絡ですね」


「ああ、買収を急いだ方がいい」


 どう見ても金鉱床です。本当にありがとうございました。っていうか、どうなってるのこれ!


「これって金ですよね。ダンジョンでできるものなんです?」


「魔素によって鉱石が生成されるダンジョンだな。掘っても数年すれば元へ戻るのだが、この状態では戻らんだろう」


 その説明に私たちこちら側の人間は「は?」なんだけど、フェリア様がそのまま説明を続ける。

 向こうの世界でもかなり珍しい『鉱石供給用ダンジョン』というのがあり、各階層で取れる鉱石が違ったりするらしい。

 金・銀・銅・鉄といったこっちの世界にある金属だったり、魔銀ミスリル神金オリハルコンといった魔法鉱物も産出されたりするそうだけど、掘っても数年すれば元へ戻るってのが一番やばいよね……


「ですが、そんな貴重なダンジョンは国がきちんと管理しているのでは? あの大きい百足はどこから来たんでしょう?」


「それに関してはなんとも言えぬ。我らの世界でも全てのダンジョンが人の管理下にあるわけでもなし、未発見・未探索のダンジョンもあるゆえな」


「それか、たまたまジャイアントセンチピードの幼体がいたのを見逃してて、転移してきてからここ数ヶ月であの大きさに育ったって線もあるよね」


 とサーラさん。なるほど、そっちの方が可能性はありそうな。

 なんらか、転移して来たダンジョンとか洞窟とかに共通点があれば、法則性とか導けそうなんだけどね……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る