122. 翔子と状況開始
「それではお願いする」
「はっ! 各員、作戦行動開始!」
智沙さんの合図で、副長さんがいわゆる『状況を開始』してくれる。とはいえ、やることはシンプルで、入り口付近に縦横二メートル、深さ一メートル弱の穴を掘ってもらうこと。掘り返した土は、そのまま土嚢に収納されて奥側へと積まれていく。
穴を掘って土嚢を作ってって塹壕構築なのかな? そういう訓練はしこたまやってるんだろうから早いこと早いこと。
「チョコ君、排水パイプの運搬を手伝ってくれ。翔子君はサーラ殿とここで」
「「はい」」
智沙さんとチョコが排水パイプを取りに。私とサーラさんはここで監督しててねってことなんだろうけど。
「翔子ちゃんの国の軍人さんはすごいねえ」
「まあ、なんていうか本当に戦うことは無くて、災害への対応ばっかりしてる感じですけど」
そんなことを話しているけど、向こうの言葉で喋っているので理解できてないはず。皮肉でもなんでもなく、尊敬できる人たちですけどね。
「ところで、ルナリア様はともかく、マルリーは今日呼ばなくて本当に良かったの?」
「まあ、来てもらえると助かりますが、ルナリア様を一人にしておく方が不安っていうか……」
「うーん、それはそうだね……」
なんかこう、マルリーさんがそばにいてくれると安心っていう感じ? それならルナリア様とマルリーさんも一緒にって話もあったんだけど、いろいろ話した結果無しになりました。
二人はまだ顔が割れてないからっていうのと、やっぱりルナリア様をちょっとでも危険な場所に連れて来たくないので。今日はオークが飛び出してきたらアサルトライフルの出番になるはず……
そうこうしているうちに穴の方は出来上がったようで、副長さんが出来具合を確認している。土嚢の構築はまだ続いてるっぽい。
「穴の方は完了しました」
「ありがとうございます」
敬礼されると思わず敬礼を返したくなるオタク気質をグッと堪える。そこにちょうど智沙さんとチョコが戻ってきた。
「では、装置を設置する」
「はっ!」
「じゃ、私、見張りしとくよん」
「ワフン!」
お硬い返事と対照的な気楽な感じのサーラさんがヨミと一緒に走り出す。掘った穴を飛び越えるのは楽勝だろうけど、積み上げられた土嚢も軽々飛び越えるのはどうなんでしょう? みんな驚いてますよ?
「では、まずシートを敷こう」
「はい」
掘った穴に厚手のビニールシートを敷く。これは魔導具から水が吐き出されても、泥水にならないような前準備。チョコが穴に降り、試運転の時のようにブロックを置いて土台設置完了。
「チョコ君、ホースだ」
「オッケーです」
入り口から二十メートルほど離れた場所に排水装置——真空吸引ポンプ排出装置——があるので、ここまで繋がるホースを設置する。消火用ホースよりもさらにぶっといやつ。二本あって水量を増やしても大丈夫のはず。
「よし、置こうか」
「了解です」
チョコが古代魔導具を受け取り、ブロックの上に置いて準備完了かな?
「大丈夫?」
「大丈夫そう」
私とチョコで指差し確認ヨシ! ちょうど土嚢も作り終えたようで、隊員さんたちが外へと出ていく。
「サーラさん、ヨミー、準備できましたよ」
「オッケー、戻るね」
「ワフン!」
またぴょいっと土嚢を飛び越えて戻ってくるサーラさんとヨミ。
「何かいそうとかあります?」
「少なくとも近くにはいないかな。前も結構進んでから遭遇したし、あのあたりまで行かないとなんじゃない?」
そいやそうか。というか、近くにいるなら、こんなところでゴソゴソしてるのに気がついて襲ってきそうなもんだよね。……ここで襲われた迷惑系配信者って大声でも出したのか、よっぽど運が悪かったのかな。
「では、予定通りの時間に装置を起動するので所定の位置へ」
「了解しました!」
後ろでそんなやりとりがあって、隊員さんたちが散っていく。今は午後一時前。作戦的な言い方をすると、一三〇〇に作戦開始という手はず。
「翔子君、頼む」
「了解です」
《起動》《土壁》
土嚢の前後に同じ高さの土の壁を分厚めに作る。オークが来ても、できるだけこの土嚢で時間稼ぎができるようにっていう感じ。最初は石壁で全面塞ぐことも考えたんだけど、この廃坑の先がどこか別の場所に繋がってて、そっちに迂回とかされるとまずいし。
「うむ。では、チョコ君頼む」
「では、起動しますね。魔素注入……。暗証番号入力します。よん、なな、に、ご……」
古代魔導具のパネルが光り、続いて暗証番号を入力するチョコ。起動ボタンが点滅し始めたので。
「起動します」
ポチッとなを心で言うスタイル……はもういいか。ほどなく魔導具の下部から水が溢れ始めた。
「「ふう」」
穴の上の私と、穴の中にいるチョコが同時にホッと息を吐く。まずは第一段階をクリア。
「次行きます」
「うむ、落ち着いてな」
チョコが押す次のボタンは座標固定ボタン。カスタマサポートさんに手紙を出して返ってきた返事が「ボタンを押した時の場所からどうやっても動かなくなるボタンなので、起動したら押しておくといいですよ」というもの。
マジで? って感じだけど、ドバーッと水が出た影響で本体が流されたらって考えると、そういうのを用意しとくよねって。今日の本番まで試せなかったけど、今日やってみようということに。
「座標固定、押します」
ポチッとやって暗証番号入力。で、どう?
「ボタンが明るくなりました」
「軽く動かしてみてくれ」
頷いたチョコが両手でそれをガシッと持って……固まってる。
「動かせなくなってます」
「おおー」
どういう理屈かすごい気になるけど、運動の法則を無視して転送できるんだし、それの逆って考えると全然アリだよね。これで第二段階はクリア。
「では、水量調整だな。一段階増量を頼む」
「増量押します。ポチッとな。暗証番号を……」
チョコの操作が終わると水量が一気にアップする。というか、くるぶしあたりまで水没してるんだけど。
「冷たくない?」
「冷たい!」
「チョコちゃん、ほい」
サーラさんがそう言って差し出した手を掴み、一足飛びに穴から出てくる。
「ありがとうございます」
《起動》《乾燥》
魔素があるうちに魔法で乾燥を。スニーカーだけじゃなくて、靴下までびしょ濡れっぽいし。ぴょんぴょんとその場でジャンプして足の感覚を確かめるチョコ。
「そろそろ排水を始めたほうがいいんじゃない?」
結構な水量が出るからか、もう膝ぐらいまでの水位になってきた。
「排水装置を動かしてくるので後を頼みます」
「ほいほい」
排水装置の本体にダッシュして行く智沙さん。さて、あとは……
「チョコ、換装はよ」
「えー、今やらなくても良くない?」
「私だけローブ来て長杖持ってるとかやだもん」
もうすでに隊員さんたちの「何その格好」みたいな視線を感じてて辛い。でも、万一の事を考えるとねー……
「お前の魂も連れて行く的な」
「スイカバーの季節はもう終わったと思うよ?」
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