職業:白銀の乙女
紀美野ねこ
翔子とチョコと時々ダンジョン
1. 翔子と蔵
「ただいま〜……って誰もいないんだけどね」
荷物をとりあえず玄関に置き、各部屋を回って木戸を開けて回る。伯母さんに定期的に風通しだけはしてもらっていたので問題はなさげ。
「ただいま。父さん、母さん」
私が高校一年生の時に交通事故で亡くなってしまった両親。その仏壇に手を合わせる。
はあ……せっかく就職したのに、すぐ戻って来てごめん。今日からまたここに住むから。
「翔子ちゃ〜ん?」
おっと、伯母さん——町子さんが来たっぽい。
「はいは〜い」
仏間を後にして玄関に戻ると、母の姉、伯母の町子さんが米袋を抱えていた。
「はい、これ。炊飯器はまだなのよね?」
「あ、はい」
「じゃ、今日はお店に食べに来てね」
「助かります」
町子さんはそう言って帰って行った。
お店というのは、町子さんがやってる喫茶店のこと。ど田舎だが住人——ほぼお年寄り——の憩いの場となっていて、それなりに繁盛してるらしい。
引っ越し業者が荷物——炊飯器もそこにある——を持ってくるのは明日の午前中。
それまでに家の中をしっかり掃除しておかないと……
***
「翔子ちゃんが勤めてた会社、例の穴ぼこに沈んじゃったのよね? あなたが無事で良かったけど……」
「あはは」
勤めてたのはダイクロシステムズっていう派遣会社。けど……
『日本全国で発生した陥没は……』
お店のテレビで流れ始めた夕方のニュースは、今日も冒頭から『陥没』について話し始める。
私の雇用先だったそのダイクロシステムズの本社ビルは、一夜にして陥没した穴に沈んでしまった。
陥没は深夜に起こったので被災者は少なかったものの、今春の新卒は全員、最初の派遣先が決まる前にクビになってしまった。
完全に向こうの都合だけど、試用期間が終わったところで適当な理由をつけられ、面倒になったので折れた。
まだ粘ってる同期もいるらしいけど、私がそれをやると無職でお金だけ飛んでいくので……
「はい。いっぱい食べてね」
町子さんが大盛りのナポリタンを目の前に置いてくれる。
ウインナーは大きめのぶつ切りで肉汁があふれ、タマネギ、ピーマンの甘味と苦味がケチャップソースにマッチした絶品。さらには目玉焼きが乗っている。
久しぶりで嬉しいんだけど、ちょっと多すぎな気がする……
「いただきます」
うん、美味しい。頑張って食べきらないと。
『政府は自衛隊を動員して陥没した部分の調査を……』
陥没事件が起きてから一週間ちょい。
日本のあちこちで地震が続いてて「何事?」ってなってたのも、陥没事件が起きたあとはぴったりと収まっている。
「この騒動が落ち着くまでは、直也くんも仕事しづらいって嘆いてたわ」
「あー……」
町子さんの娘さん、私の従兄弟の小町さんの旦那さんなんだけど、大手建設業界にお勤め中。
この陥没騒ぎは……めんどくさいだろうなあ。地盤の再調査とかしないとだろうし。
「翔子ちゃんはお仕事はどうするの?」
「えーっと、とりあえず引っ越しが終わって落ち着いたら探します」
試用期間で作った僅かな貯金は、運転免許を取るのと引っ越し代に消えた。
それでも、実家で暮らす分には家賃がかからないし、物価も田舎の方が安いし、間違ってはないと思う。
両親が残してくれたお金もあるけど、さすがに二十歳前から手をつけると四十過ぎで生活保護コースになるし……
「ねえ、やっぱり大学に行かない? 今なら一浪と同じなんだし、翔子ちゃん、進学校に行ったのにもったいないわ」
「進学校って言ってもほぼビリだったし、勉強よりは働く方が好きかなって」
田舎だと少し頭良いぐらいで神童扱いされるけど、進学校で現実を知ったというか、自分より頭の良い人なんていくらでもいるわけで。
町子さんが学費を出してくれるという話も丁重に断って、卒業生で唯一就職という道を選んだ。けど、会社選びには失敗したかな……。初任給から高いところってだけで選んだバチが当たったのかもしれない。
「まあ、無理はしないでね。うちでバイトしてもいいのよ。小町は出て行っちゃったから、私も気楽なもんだし」
「あちこちダメそうならお願いします」
ど田舎だから就職先となると……村役場の臨時職員とかぐらい? あとは農協でお手伝いとかかなあ……
まずは自力で生活できる分を稼いで、そこからプラスしてオタク趣味に回せるお金を増やしたいところ。
うーん、町子さんのこのお店を継ぐっていうのはわりと現実的かもしれない。確か何か資格が必要だったはず。後で調べとこ。
「遊びに来るだけでもいいのよ。遠慮せずにご飯食べにきてくれればいいからね?」
「はーい。とりあえず朝は顔出しに来ます」
「ええ、そうしてちょうだい」
そう言いながら、私の皿にナポリタンのお代わりを入れようとする町子さん。
ごめんなさい。さすがにおかわりはもう無理です……
***
「以上で問題なければ、印鑑かサインをお願いします」
「はい」
引っ越し業者のおじさんが出した書類にサイン。まあ、1LDK分の荷物なんで一時間ちょいで終わるわけで。
玄関を入ったところに積まれたダンボールは……衣類だけ開封でいいかな。食器類なんかは開けなくてもある。家電関連は自分の持ち物の方が圧倒的に新しいので、その辺はてきぱきと入れ替えていく。
「家が広いとお掃除ロボットが生き生きして見える……」
古い電化製品は粗大ゴミかな? 中古で使えそうなものはネットのフリマとかに出して少しでもお金に変える予定。とりあえずは蔵に放り込んでおけばいいか。
うちの家の裏にはかなり大きい蔵がある。
テニスコートぐらいの広さと二階分ぐらいの高さ。随分と古い蔵らしく、父方の祖父曰く、
「うちは雑賀の末裔じゃからの! 鉄砲隠し持っとったんじゃ!」
とのこと。いや、中見たことあるけど、普通に物置だったし。
仏壇の小引き出しから、蔵のぶっとい鍵を取り出す。扉についてるのは和錠と呼ばれるやつ。
私は子供の頃から見てたけど、普通の人は時代劇とかでしか見たことないらしい……
ガチャン
見た目から想像されるよりもずっと軽い音がして和錠のロックが外れた。
年代物だし壊したくないので、そっとそれを地面に置いて大きな扉を押す。
剥き出しでぶら下がっている電球は一応ついたけど、変えないとダメかな。
「あー」
照らされた場所に色々と積んであったものが崩れて落ちて散乱していた。
いわゆる土間と言われる地面なので、割れ物とかはダメになってそう……
「階段とロフトの上は無事っぽい」
左側に木の階段があって、奥側は中二階というかロフトになっている。
小さい頃はここに自分の部屋が欲しいとか言ったなー。でも実際にそんなことしたら、夏は熱中症、冬は低体温症になると思う。
「先にこの雪崩を整理してからじゃないとダメかな」
自分ちの蔵を倉庫番かー……マイ蔵を倉庫番……
しょうもないギャグを思いついて自分でクスっとする。虚しい。
弟か妹でもいればなーとか思いつつ、足先に散乱してたコンテナを一つずつわきへと避けていくと、その向こうから微かな光が……
「え、何これ?」
およそ二メートル四方の綺麗な四角い穴とそこから続く石の階段があった。
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