21. 翔子とゼルム

 ゼルムという名のドワーフのおじさんから「ワシも捜索を手伝おう」と言われて正直悩ましい。

 まず気になるのが、


『えーっと、ゼルムさん、体の方は大丈夫なんです?』


『腹も膨れたし、案内だけなら問題はあるまい。魔物と出会うても嬢ちゃんらがなんとかしてくれるのだろ?』


 そう言われるとノーとは答えられない。「できらぁ」って言いたくなる。言わないけど。

 まあ、この階層を把握してるというなら、手伝ってもらった方がプラスかな。


『では、お願いします。でも、ゼルムさんだけですよ?』


『わかっとる。おい! 地図持って来い!』


 そう声をかけると……ドワーフって若いかどうかわからないね。

 まあ、多分、若い衆なんだろうけど、テントの方へと慌てて走っていった。


「翔子君、この方が案内してくれる感じか?」


「ええ、このゼルムさんが案内してくれるそうです。地図も持っているみたいで、取りに行かせた感じですね」


「ふむ。それと確認だが、彼らは日本人、いや普通の人間ではないという認識であっているか?」


「はい。詳しい話はこれも後ほどですけど、ドワーフと呼ばれる種族です」


「ドワーフ……。まるで白雪姫と七人の小人だな」


 そう言ってカロリーバーの箱を囲んでいるチョコとドワーフさんたちを見る智沙さん。意外とメルヘン好き?

 それにしても、屈強なおじさんドワーフに白銀の鎧を着た白雪姫か。そういうゲームあった気がする。ワンダーランドなやつだっけ?


『親方、地図だ!』


『おう。ワシは嬢ちゃんらと他に人がいないか見てくる。お前らは撤収準備を終わらせて待っとれ』


『おう!』


 ゼルムさんは地図を受け取ると、地面にどっかりと腰を下ろして、それを広げた。


「チョコ、こっち来て!」


「はーい」


 私たちもしゃがみ込んでゼルムさんの出した地図を囲む。

 当然というか自衛隊が作った地図よりも圧倒的に情報量が多い。


「これはこの階全体なのか?」


「ああ、そうだぞ」


「「ん??」」


 あれ? 今、智沙さんの言葉が通じた?


「ああ、そっちの嬢ちゃんも話せたんだな」


「えっ?」


 本人も驚いてるってことは、意識してやってるわけじゃない?

 ということは、智沙さんも『俺ツエー』になってきた可能性が……


「今、ワシらがいるのがここだ」


「は、はい」


 ゼルムさんが気にせず続けるので、とりあえず後回し。

 指さされた先は今いるこの部屋。


「嬢ちゃんらは……ここから来たってことだよな?」


「ええ、そうです」


 ゼルムさんがそう言って指をずらした先は私たちが入ってきたところ。今はブルーシートに覆われている場所だ。

 多分、出口だーって見つけたら瓦礫に埋まってたので、一番近いこの部屋で待ってたってことなんだろう。


「しばらく前に自衛隊……兵隊さんがそれなりに来たと思うんですが、それには気付きませんでした?」


「ん? そうなのか? この部屋の扉のせいで外の物音はほとんど聞こえんからな……」


 なるほど。チョコも結構叫んでやっとだったし、言葉も通じないから気づかないか。


「そう言えば、ここに潜った日にゴブリンを見かけたが、お前さんらは出会わんかったか?」


「あ、この部屋の前に一匹いたけど、それは翔子が倒したよ」


「ふむ。一匹なら気にせんで良いか……」


 と顎髭をさするゼルムさん。


「そのゴブリンに何か問題でも?」


「奴らは群れでおるのが普通でな。四、五匹いるようならそいつらは斥候やら見張りで、本隊には数十匹おったりする」


 その答えに智沙さんが眉根を寄せる。

 あの気持ち悪いゴブリンが数十匹いるところを想像したんだろう。


「この地図だと、ゼルムさんたちはここから入ったんですよね?」


 チョコが指したのは、私たちが入った場所からまっすぐ行った突き当たり。枝道に逸れずにまっすぐ行けばいいらしいんだけど。


「そうだ。だが、この辺で道が完全に塞がれておった。崩れて塞がったというよりは、断層のような岩壁ができておったな」


 と、地図のちょうど真ん中を指す。その話を聞くに、ダンジョンは真ん中でこっちとあっちに分断された感じかな。


「ん? となると、そこにあった下への階段は?」


「それはわからん。だが、その手前、この辺りに階段が出来ておった。信じられん話だが、まあ見に行けばわかる」


 そう書かれていた階段の斜向かいを指差す。

 出来てたってことは、元々なかったのに発生してたってことだよね。


「急に階段ができた原因って、ダンジョン生物説のアレかな?」


「多分ねー」


 ゼルムさんと智沙さんが不思議そうな顔をするので簡単に説明する。

 ダンジョンは神様が作った魔法生物だという説で、その核、ダンジョンコアが最深部にあるそうだけど、それが外まで繋がる道が必ず出来るという話。


「つまり、なんらか最深部まで行けないような階層になってしもうても、勝手に階段が出来て繋がるということか?」


「そういう説が本に書かれてたって話ですけどね」


「ふむ、興味深いのう」


 っと、そんなことを話しててもしょうがないんだった。


「ともかく見に行きましょう。ゼルムさんの話だと他の人はいなさそうですけど」


「そうだな」


 私たちは一斉に腰を上げて捜索を再開することにした。


***


「ふむ、この部屋は真ん中で分断されとるのう」


 ゼルムさんが部屋の真ん中にできた壁を見上げる。他の壁とは違い、断層のような壁は明らかに違和感がある。

 地図ではゼルムさんたちがいた部屋ぐらいの広さがあるはずが、この真ん中の壁で半分になってしまっていた。


「これって向こうはあっち側なんだよねえ」


「多分ねー」


 チョコとそんなことを話す。

 こっちの世界側での枝道はこれが最後。その先の部屋、今いるところはダンジョンの中央を跨いでいるんだけど、ご覧の通りの有様ということ。

 他の全ての枝道が同じような広さの部屋に繋がっていたが、扉もなく、魔物も出ず、救出対象もいなかった。


「では、次へ進もうか」


「ですね。ゼルムさん、行きますよ!」


「おう!」


 ゼルムさん曰く、彼らドワーフさんたちが来る前に、この階層の魔物は駆逐されていたとのこと。

 私たちが遭遇したゴブリンも一匹だし、ただのはぐれゴブリンだろうということで、最初ほど根を詰めて警戒しているわけでもない。

 まあ、そういう時が一番危ない気もするんだけどね。


「ん」


 チョコが右手で自分の頬を軽く叩く。同じことを思って気合を入れ直そうという感じかな。

 ちなみに永遠タイプを継続中なので、左手には大盾ラージシールドが握られたままだ。


「ここで行き止まりになっとる。で、これが元はなかった階段だな」


 広い通路は先ほど見た断層の壁のようなもので遮られて行き止まりとなっていた。

 その左手前に下へと降りる階段が続いている。この階段は元々はなかったもので、異変が起きてから生えた?らしい。


「地図で言うとこの辺だな」


 ゼルムさんが広げた地図を三人で覗き込む。

 やはり、ダンジョンがちょうど真ん中で分断されている形になっているっぽい。


「今日はここまでで引き上げですかね」


「そうだな。十分な成果だろう」


 時間的には午後二時を回ったところ。ゼルムさんたちを収容して帰ることを考えると潮時だと思う。けど……


「私も戦ってみたかった」


「それな」

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