20. 翔子と不穏な扉

「じゃ、永遠の十七歳?」


「オイオイ」


 次の瞬間、チョコが大盾ラージシールドを手に白銀の鎧を纏ったメイン盾へと換装した。

 ちらっと智沙さんを見たが、今さら驚いてはいない模様。メンタル強い。


「じゃ、私がやるね」


 長剣ロングソードを抜いて右手に構えると、その柄で扉をノックする。

 ガンガンと響く音は扉の向こうにも伝わってると思うんだけど。


「誰も居ないのかな?」


「先程のアレだと思われてるのではないか?」


 と智沙さんがゴブリンの遺体の方に目をやる。

 確かにそうかも。ということは、


「チョコ、向こうの言葉話せるんだよね?」


「うん、やってみる」


 と、一息ついてから、ノックをし、


『誰か居ませんか! 救出に来ました!』


 あれ? 確かに向こうの言葉なんだろうけど、私にも理解できている、なんだろこれ……

 ちらっと智沙さんを見たが、ポーカーフェイスでよくわからない。


『誰か居ませんか〜!』


 チョコが再度声を上げたところで、扉の向こうからうっすらと物音が聞こえてきた。

 腰にある魔導拳銃に手をかけておく。


『助けに来てくれたのか!』


 扉の向こうからそんな声が聞こえてきた。

 野太い声からして、そこそこの年のおじさんって感じかな?


『そうです!』


『わかった。今、開ける!』


 その声とともに扉がゆっくりと開き、その先には樽のような体型をした髭もじゃのおじさんが立っていた。


***


 部屋の中は通路と同じように天井からの淡い光に照らされていた。

 広さはうちの蔵の倍ぐらいあり、奥の方にはかなり大きなテントのようなものが張られている。


「ここにいるのは何人か聞いてもらえるか?」


 と智沙さん。やっぱり通じてなかったっぽい。チョコが頷いて通訳を開始する。


『ここにいるのは何人ですか?』


『七人だ。皆、食料が尽きて衰弱してきておる』


 そう言ったおじさんもちょっと辛そうだ。

 チョコがそれを伝えると、智沙さんは、


「車に携行食を積んである。連絡を取る必要もあるし、持ってこよう」


「わかりました。気をつけてください」


 走り出してしまう。すぐそこだから大丈夫かな。

 と、さっきのおじさんが怪訝そうな顔で話しかけてくる。


『先ほど何か話していたようだが、お前さん方は違う国、いや、大陸のものか?』


『はい。違う国です』


 チョコの返事は間違ってないけど、正確でもないんだよね。国は確かに違うけど、国ってレベルじゃなくて、世界レベルで飛ばされたわけだし。

 で、それを正直に言っても信じてもらえないだろうから、向こうの推察にそう形で説明してるんだろうと思う。私なんだし。


『ワシらはダンジョンごと飛ばされてしもうたのか?』


『ですね。私たちに救出を依頼した人からはそう聞いてます』


『ふむ……。だが、どうやってここまで来れた? この階層には上へと、外へと出る階段はなかったぞ。ここより下に別の道があるのか?』


『いえ、この階にありますよ。ただ、しばらく前までは上の建物が崩れた瓦礫に埋まってたから、見つけられなかったんだと』


『確かに崩れて行き止まりになっとった場所があったが、やはりあそこだったか』


 と顎髭を撫ぜつつ……そう言えば名前聞いてない。


『おじさん、名前は? 私は翔子でこっちがチョコ』


『おお、すまん。ワシはゼルムという。ここに避難しておる連中に紹介しよう』


 おじさんは慌ててそう名乗り、テントっぽいものへと歩き始めた。

 後ろをついて行こうとしたところでチョコが、


「翔子、いつ喋る方もできるようになったの?」


「わかんない。でも、チョコの呼びかけも理解できてたし、これもアレじゃない。『俺ツエー』の副産物的なやつ」


「あー、そっか。召喚された勇者様はすぐに会話は出来るようになるとか書いてあったね」


 ラノベの『白銀の乙女たち』でも、召喚されて後に『慈愛の白銀』となったヨーコさんっていう女性が、一週間ほどで会話できるようになってたし。

 まあ、私の場合はチョコと記憶が同期できるのもあるから、そっちのせいかもだけど。


『おい! 救助が来たぞ!』


 そう言ってテントを潜るおじさん。ここはまあ表で待ってた方が良いかな?


「ところであのおじさん、ドワーフだよね?」


「だと思う。記憶違いでなかったら、捜索者名簿にドワーフの作業員ってあったし、そのリーダーがゼルムさんだったはず」


 あー、確かそういう人たちいた気がする。

 単純な情報の記憶という面ではチョコに勝ち目はない感じかな。向こうは記憶領域の塊みたいなものだし。

 そんなことを考えていると、ゼルムさんの後ろに六人のドワーフのおじさんが現れた。


「ダンジョンズ・アンド……」


「ドワーフズ」


『ん、どうした?』


『あ、いえいえ。皆さん全員がドワーフとは思ってなかったので』


 とごまかしたところで、ちょうど智沙さんが戻ってきた。かなり大きな段ボール箱を抱えている。あれいっぱいに携行食が入ってるのかな?


「待たせたな。たいして美味くもないカロリーバーだが量はある」


 これは前もって用意してたってことでいいんだよね? 智沙さんがもしものためにハンヴィーに積みっぱなしとか……違うよね。


『これが飯なのか?』


『ええ、味はまあイマイチだけど栄養はあります。えーっと、これをこうやって……』


 パッケを剥く手順を教え始めるチョコ。で、それをマネして中身のカロリーバーを取り出したドワーフさんたち。

 見慣れない食べ物に不思議そうな顔をしていたが、チョコがそれを食べたのを見て安心したようで、自分たちもそれを口に運ぶ。


『おお! うめーじゃねーか!』


 そんな美味しいものだったっけ? 空腹は最高の調味料的な? まあ、まずいって言われなくて良かったけど。


「智沙さん、この人たちを保護する手筈って?」


「美琴に伝えてきた。中型の輸送車両を寄越してくれるそうだ」


「それでどこか安全な場所に?」


「ああ、屋敷に準備が整っているはずだ」


 なるほど。まあ、いきなりどっか遠くまでってわけにもいかないか。

 ただ、入ってまだ一時間も経ってないんだよね。入ってすぐの枝道を進んだだけだし……


「私たちは捜索続行ですよね?」


「そうしたいところだが、彼ら次第だな……」


 とドワーフさんたちを見やる智沙さん。

 確かにすぐここを出たいって話なら案内するしかない?


「えーっと、智沙さんが運んで、私たちは捜索続行は無しなんですよね?」


「そうだな。御前からは君たちの護衛を最優先と言われているのでな」


 と少しすまなそうな顔をする智沙さん。それはしょうがないというか、ありがたく思っておくことにする。

 なので、


『ドワーフの皆さん、すいません。他にも捜索に向かいたいので、しばらくここにいてもらえますか?』


『それは構わんが外には出れんのか?』


 と答えたのはゼルムさん。やっぱり、このメンバーのリーダーっぽい。


『夜になる前には安全な場所に移動してもらいますが、私たちは捜索を続けたいので』


『そういうことならワシも捜索に加わろう。この階層の作りは把握しとるし、飯をもらった分ぐらいの働きはするぞ』


 そう言ってニカっと笑った。

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