34. 翔子とブラッドホーネット

《起動》《石壁》


 白銀の乙女たちの魔術士、異端の白銀タイプになって魔法を発動したチョコが、私の目の前に石壁を作る。

 場所は第六階層。神樹の間へと繋がる通路の出口付近。通路をほぼ全面塞ぐ石壁だけど、三箇所、穴が空いている。

 作戦はいたってシンプルで、ここに簡易壕を作って襲ってくるブラッドホーネットをひたすら迎撃するだけ。


「ふむ、強度もある。いい感じだな」


 もはや魔法に慣れてしまったのか、智沙さんは驚きもせずに石壁の出来具合を確認中。


「右側が翔子用の鉄砲狭間ね。左側は智沙さんと私用」


 魔法の名前は石壁だけど、形状は魔素をコントロールすることで自由に造形できる。

 ただまあ、向こうの世界の魔術士はそんな思い通りに魔素をコントロールできず、真っ直ぐ立つ壁ぐらいらしい。

 カスタマーサポートさん曰く「粘土をこねるんじゃなくて、ポリゴンモデルだと思えば綺麗に作れますよ」とのこと。

 伝えたいことはわかるけど、もう少しこうファンタジーな言い方があるんじゃないかなとか思ったり思わなかったり……


「じゃ、始めましょうか」


 私は座射できるように用意された低い石壁に腰掛け、鉄砲狭間に銃身を預ける。

 隣には同じように腰掛けて座るチョコ、その隣には立ったままの智沙さん。それぞれが物見狭間からブラッドホーネットの巣を確認中。智沙さんが手にしている双眼鏡、めっちゃごつい奴ですごく気になる。


「巣までは三〇メートルと少しだ」


 高級そうだなーって、距離測れる双眼鏡でしたか……


「有効射程がそれくらいだっけ?」


「うん。そこから先は近接信管が反応しないって。最大射程は五〇メートルだから、破裂しないまま直進するはず」


「では、それを巣に直撃させるか」


「はい。じゃ、撃ちますよ」


 じっくり狙いをつけて、トリガーを引く。

 反動は全くなく、射出音だけを残して飛んで行き……


 ガンッ!!


 金属音が響く。直撃したけど弾かれたのは想定内。カスタマーサポートさんの話では、ブラッドホーネットの巣は鉄よりも硬いらしいし。

 けど、そこに居た住人を怒らせるには十分。家の壁を思い切り叩かれたようなもんだし。

 まさに『蜂の巣をつついた』状態となって、ブラッドホーネットが一斉に飛び出すと、こちらへ目掛けて飛んでくる。


「来たぞ!」


「はい!」


 素早くフルオートに切り替え、真っ直ぐこっちへ向かってくるそれを迎え撃つ。


 ギィィ! ギィィッ!


 殺し間……とはちょっと違うけど、狙い通りに誘い込まれて先頭からどんどんと撃墜されていくブラッドホーネット。

 飛んでいった弾本体は昆虫らしい超機動で避けてるけど、近接信管で炸裂した破片は避けられない模様。指切りしつつ打ってるとはいえ、十数発放たれる炸裂弾の破片どれかには当たるという……

 しかも一匹だけでなく、後ろにいるやつまで破片が貫通してるみたいで、ワントリガーで十匹近くが墜落していく。


「順調だな。翔子君の方に負担はないか?」


「はい、全く」


 照準を微調整しながらトリガーを引く簡単なお仕事です。リロード不要だし。


「目標をセンターに入れてスイッチ」


「シンクロ率高そうね」


 そんな軽口を叩けるぐらい余裕はあるけど気を抜かずにトリガーを引いていく。

 これ、実弾と同じ反動があったら大変だったよね。全く反動がないのにストックをつけてるのも謎……ってこともないか。腕が疲れなくて楽ちんなんだね、これ。


「ふむ、全滅したようだな」


「じゃ、作戦通りに」


「うむ」


 炸裂弾マガジンを外し、徹甲弾マガジンを装着する。

 飛び回ってるブラッドホーネットを撃ち落としたあとは、巣に残りがいないかを確認しないとね。

 さて、この弾は魔力消費が多めなので、まずは単発で……


「撃ちます」


 トリガーを引く。


 ズガッ!!


「すごい。貫通したっぽい」


「え、チョコ見えるの?」


「乙女アイは超視力」


 そういえばそうでした。


「翔子君、次はもう少し上を狙ってくれ」


「アイマム」


 ほんの少し上を狙って第二射。

 当たったっぽい。と言うか、見ようと思うと見えるようになってきた。これは勇者チート……じゃなくて身体強化魔法が作用してるのかな。


「続けて撃ちますね」


 とりあえず蜂の巣にしよう。蜂の巣を蜂の巣に。バンバンババンバンババンっとな。

 やっぱり単発で撃ってる分には魔素の消費も気にするほどでもなさそう。というか、回復が早いのはこのローブのおかげかな。


「ふむ、蜂の巣だな。いや、あちこち穴だらけになったという意味でだぞ?」


 言ってから気付いてちょっと慌てて訂正する智沙さん。

 なかなか可愛い感じで意外な一面を見た気がする……


「反応無しだし、大丈夫そう?」


「大丈夫そうだな。近くで確認しよう」


 私は休憩するように言われたので、少し下がって二人が壁を向こうに倒すのを眺める。

 向こう側から倒すのは大変だけど、こっちから向こうに倒すのは簡単な作りにしておいたので、程なくして、石壁はただの石台となった。


「じゃ、永遠の白銀」


 チョコがメイン盾となって先行し、広間へと入ったところで左右確認。

 通路からだと死角となる部分に、蜂か他に魔物がいるかもしれないしね。


「ん、大丈夫かな?」


「いや、待て!」


 智沙さんが双眼鏡で見ている先は神樹の先、次の階へと続く通路から黒い塊がこちらに向かって走ってくる。


「熊! 上の階にいた奴よりでかい!」


「翔子君、撃つんだ!」


「はい!」


 突進してくる熊——レッドアーマーベア——に向かって単発で三射。


 カンッ! カンカンッ!


「ちょ! 傾斜装甲!?」


 熊の頭と肩に当たったものの、赤黒い鎧のような皮膚に弾かれる。


「翔子、避けて! 横から!」


「わかった!」


 チョコが大盾ラージシールドを構え、熊の進路上に立ちはだかる。私は前回同様、後脚を狙えるように脇へと避ける。


「はああっ!」


 ガンッと鈍い音が響く。なんとか熊を押し留めたチョコだけど、一メートルほど押し込まれてる。

 が、今なら硬い皮膚がない後脚を狙える!


「行け!」


 また三射し、今度こそ熊の右後脚を吹き飛ばした……って! 再生した!?


「チョコ、やばい! こいつ、前のと違う!」


「こいつ多分もう死んでる! アンデッドだよ!」


 チョコがそう叫ぶと同時に熊——レッドアーマーベアゾンビ?——が、私の方へ向く。

 やばっ! ヘイト取りすぎたっ!


「はあぁっ!」


 脇を走り抜けた智沙さんが、驚く速さで警棒を熊の顔面に突き当てると、当たった瞬間にスパークが走る。そのカチ上げるような突きが熊の体を起こし……


「翔子! お腹狙って! 魔石壊せれば倒せる!」


 智沙さんがサイドステップ。離れたのを見て……フルバースト!


「グ、ゴアァァ……」


 腹部を貫通弾にごっそりと削り取られた熊は、最後に悲しそうに吠えてから……どうと倒れた。

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