109. 翔子とただいま

「では、道を用意するぞ。しばし待っておれ」


「はーいー」


「ほいほーい」


 樹洞うろの道を神樹の精霊さんにお願いするんだろうなと思って見てたら、フェリア様が私の方を向いてちょいちょいと手招きする。


「え? 私です?」


「うむ、はよ来い。そこで神樹に手をあてよ」


 なんだろ。フェリア様だけだと時間が短いから、私の魔素を使って時間延長するとかそういう? 珍しく真面目な顔つきでそう言われ、右手を幹にそっと添える。


『神樹の精霊よ。我が認めし愛し子に加護を与えたまえ』


 済んだ声が聞こえ、フェリア様が私の頬にキスすると、右手から透き通った緑の光が溢れて私をそっと包む。

 あまりの驚きに声も出せずにいたんだけど、その光はやがてゆっくりと腰に吊っていた革袋の中へと消えていった。


「な……」


其方そなた樹洞うろの道を作るように頼むがよい」


「え、あ、はい」


 よくわからないままに、ううん、わかってはいる。フェリア様が私とこの神樹に宿る精霊を繋いでくれた。だから、私にもできるはず。


「神樹の精霊さん。樹洞うろの道をお願いします」


 その願いに応えるかのように広がっていく樹洞うろ。私の体にある魔素がごっそりと持っていかれて……


「ふむ、さすがの魔素量よの」


 少し屈めば十分歩けるぐらいの大きさの道が出来上がっていた。さすがにこれは予想外、というか神樹の方が大丈夫なのか心配になる。


「大丈夫なの? 無理してない?」


 それに答えるように、さわさわと葉音を奏でる神樹。無理はしてないっぽい?


「えーっと、大丈夫そうなので行きましょうか?」


 振り向くと……そりゃ驚きますよねって顔が並んでてですね。私のせいなの? フェリア様のせいだよね?


「ほれ、チョコもルナリアも早う行け! おみやげを忘れるでないぞ!」


「あ、はい!」


「え、ええ、そうね。じゃ、行ってくるわ。いいものを見せてもらったし、おみやげは奮発するわよ」


 古代魔導具を抱えたチョコが先行し、その後ろにルナリア様。ルナリア様は屈まなくても大丈夫っぽいね。ヨミは私を待ってくれてるのか足元でお座り中。


「じゃ、行きます。ケイさん、お世話になりました」


「ああ、そちらの世界の問題が早く解決するよう祈っている」


 驚きはあっさりと飲み下したのか、出会った時のイケジョスマイルで送り出してくれるケイさん。ヨーコさんが旦那にしたくなるのもわかります。


 そして、最後にフェリア様。


「フェリア様。またね」


其方そなたはもうちょっと師匠を敬うべきだと思うのだが?」


 そんなセリフだけど顔はなかなか嬉しそう。軽く手を振ってから、先を行く二人を小走りで追いかけると、ヨミが私を追い越して行く。


 二人に追いついたところでちらっと後ろを見ると……フェリア様がケイさんにがっしりと鷲掴まれていた……


***


「次元の細いトンネルを抜けると元の世界だつた」


「ヨミの装甲は白くなつた」


 ずいぶん久しぶりの日本な気がして、気が緩んだのはチョコも同じ。思わず反応してしまう私だけど、ちょっと無理矢理感。そして、


「……何の話をしてるの、あなたたち」


 ルナリア様の目が白くなった。


「ワフッ!」


 出口の明かりが見えたのかヨミが駆け出してチョコを追い抜く。まだまだ仔狼なのに、足速いんだよね。かわいいし。


「見えてきた」


 チョコも足早になり、釣られてルナリア様も私も。


「おかえり」


 そう言って出迎えてくれたのは智沙さん。そして、


「おかえりなさい!」


 美琴さんが抱きついて来たのはいいんだけど、ちょっと痛いんですけど!?

 なんだか力が強くなってる気がして、これは美琴さんも勇者化してるのでは? と、それより先にルナリア様を紹介しないと。チョコー!


「智沙さん、こちらが竜族の姫でルナリア様です」


「ルナリアよ。よろしくね」


「こちらこそ。ただ、あまり自由な行動は……」


「ええ、承知の上よ」


 ニッコリ答えるルナリア様。この辺のそつのなさはフェリア様より何枚も上手……。ただまあ、今回は助っ人が二人いる。


「大丈夫ですよー。ちゃんと見張ってるように言われてますのでー、私たちにお任せくださいー」


「ま、こっちは外に魔素がないから、そこまで心配はしてないけどね」


 マルリーさんとサーラさんに挟まれて、若干たじろぐルナリア様。先生、よろしくお願いしますって感じ。いや、水戸黄門? サーラさんは弥七さんっぽいけど……


「ワフワフ」


 ヨミが呼んでて何かなって樹洞うろの道開けっぱなしだった! 無理させてる訳じゃないけど、早く閉じてあげた方がいいよね。


「美琴さん、すいません。ちょっと離してくれます?」


「あ、はい」


 緩めてくれる美琴さん。腕は掴まれたままだけどいいか。

 神樹にもう一度手を添えて、樹洞うろの道を戻してくれるようにお願いする。


「え? 翔子さん?」


 元の形に戻っていく樹洞うろを見て驚く美琴さん。まあ、私も「できるようになっちゃったかー」って気分です。そういえば、あの時の光は革袋の中、多分、水の精霊さんが住んでる精霊石に入ったと思うんだけど同居してるのかな?


「翔子、フェリア様に愛弟子認定されたでござる」


 チョコのフリに『の巻』と答えようとしてぐっと我慢。それより精霊石を確認しなきゃと、革袋から取り出して見てみると……


「何これ?」


「あれあれ。なんだっけ……、て、て……テラリウム?」


「あー、確かに」


 精霊石の中は今まで住んでいた水の精霊が水面を作り、そこに小さな樹が植っている。水耕栽培って感じなんだけど、やっぱりここは土の精霊さんにもいて欲しい感じ。実家に帰って裏山に行かないとかな、これ?

 でも、テラリウムの『テラ』って地球のことだろうし、この場合は『アイリスリウム』なのかな? いや、水はうちの実家のだった……


「さっきの大きな樹洞うろの道も翔子さんなんですよね?」


「あー、うん、フェリア様にいろいろ教わったから」


「フェリアがあそこまでするとはね。愛されてるわね、翔子は」


 ルナリア様の言葉に美琴さんの握力が上がって痛い! 痛い! 痛い! その様子に気づいたのか、智沙さんがフォローに入ってくれる。


「いろいろ聞きたいこと、話すべきことがあるが、とにかく六条邸へ戻ろう。御前も待っているしな」


「ワフッ!」


「早く帰りましょー。夜更かしは美容に良くありませんよー」


「マルリーは早く寝過ぎだよ。まるでおb」


 サーラさんのその先のセリフは、マルリーさんの手によって口ごと塞がれる。

 とりあえず、こっちのみんなの様子を見る限り、今すぐ深刻な状態にはなってなさそうで何よりかな?

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