105. 翔子と帰還準備

「お疲れ様でございます。お茶を淹れますので、リビングへどうぞ」


 ルナリア様のお城に戻って来たところで、シルバリオ様が一礼して去っていく。何だかお世話になりっぱなしで申し訳ない感じ。


「気にする必要はないわよ。シルバはお茶を淹れるのが好きだから」


 そう言いつつふわりと豪華なソファーに腰掛けるルナリア様。ホント絵になる。私たちが長ソファーに腰掛けたところで、どこからか封筒を二通取り出す。


「ケイ、これを一通はディオラに、もう一通はミシャに送ってちょうだい」


「わかりました」


 それを受け取ったケイさん。ん? 今から飛んでいくわけじゃないよね? そう思って見ていると、左手に一通目——ディオラさん宛て?——を持ち、右手で左腕の腕輪に触れる。


「あ……」


 スッと消える封書。今のは転送? あの腕輪に転送の魔法がってこと? 私たちが不思議そうに見つめる中、もう一通も同様にしてスッと消えた。


「えーっと、ディオラさんとミシャ様のところに転送したんですか?」


「ああ、そうだな。白銀の館のメンバーにはいつでも連絡が取れるようにしてある」


 うわー、かっこいい……。「メールと同じじゃん」って言われたらその通りなんだけど、手紙そのものが転送されるって言うのがレガシーな感じが渋い。


「そういえば君たちも白銀の館のメンバーだったな。私の方からミシャに……」


「ああ、いえ、大丈夫です。というか、私たちの世界は魔素がないので、多分、いろいろと不具合が起きそうな気がします」


 よくある『動作保証は日本国内限定』みたいな。この場合だと『アイリスフィア世界限定』なのかな?


「なるほど……」


「それは気にしなくていいんじゃないかしら。『翔子たちの世界では動かない』なんて話をしたら、喜んで動くようにしてくれると思うわよ」


 ルナリア様、顔に似合わずえげつないよね。D4C……


「なんか動かんとか言うと怒るから気をつけるのだぞ」


「いや、そりゃそうでしょ」


 ドライマンゴーを食べようとして、止めてを繰り返してるフェリア様なんだけど、その「なんか動かん」って言ったのあなたですよね?


「お待たせしました」


 戻ってきたシルバリオ様がお茶を淹れてくれ、お茶請けにはもちろんお高い羊羹が。皆にきっちり同じ厚さの二切れを用意してくれるあたり律儀。


「はあ、本当においしいわね……」


 気に入っていただけたようで何よりだけど、カロリーめっちゃ高いのはいいの? いや、昨日の夕飯とか今日の朝とかもすごく食べてたから普通? 見た目は美少女だけど、ドラゴンなんだから相応の燃費ってことなのかな……


「む……」


 ケイさんが光り始めた腕輪に気づき、左手をスッと前に出すとその掌に封筒が現れる。さっき出した二通のうち、どっちかの返事だよね。


「ディオラからだな」


 その言葉にビクッとなるフェリア様……。封筒とは言うものの、特に封蝋もしてなくて気安い感じ。白銀の乙女どうしだからなのかな。


「ロゼ様も戻られてるそうなので、いつ来られても問題ないとのことです。ただ、ミシャはまだ戻ってこれないので、どうやってこちらに来られるのかと質問が……」


 ん? ルナリア様もシルバリオ様も飛べるんじゃないのかな? 二日は掛かっちゃうだろうけど、来た通りに戻るんじゃないの?


「トカゲ姿は無駄に威圧感があって大変だのう」


「羽虫は目にとまらないのが羨ましいわね」


 視線でバチバチと火花を散らす二人。仲良いんだか悪いんだか。

 ただ、フェリア様が言うように、ドラゴンの姿で人の多い街に行くわけにもいかないってことなのね。そりゃビックリするか……


「ミシャ様がいればどうにかなるんです?」


「ええ、そうね。あの子は十人ぐらいなら一度にまとめて転移できるのよ」


「ロゼですら、二人が限度だというのにのう」


 なんだかよくわからないけどすごいらしい。確かに十人いっぺんに転移できるんなら、ここからリュケリオンまで転移して、一泊してからノティアだったっけ? そこまで行けば、ドラゴン姿で飛んでもいい気がするけど。


「で、どうするのだ?」


「どうしようかしらね。まあ、明日のお昼過ぎに出れば夜中ぐらいに着くかしら?」


「それがよろしいかと」


 ああ、夜中ならこっちの人たちみんな寝ちゃってるから気づかれないのか。というか、半日で行けるのかな? 入国とか無視して山を越えて?


「では、駕籠の準備を申しつけておきます」


「ええ、お願いね」


 駕籠? 頭の中に江戸時代の駕籠屋さんがえっさほいしてるのが浮かぶんだけど……


「おお、あれを出してくれるのか!」


「シルバが運んでくれるから、道中はゆっくりできるわよ」


 あ、うん、はい。だいたい想像がつきました。なんか、加速とかがきつそうなイメージがするんだけど大丈夫なのかな……


***


 翌朝、ボリューミーな朝食が終わり、食後のお茶をいただいてるところで、ケイさんから報告が。カスタマーサポート——『空の賢者』ミシャ様から返事が来たらしい。


「やはりこちらにも、リュケリオンにも来れないとのことです」


「仕方ないわね。それにしても何をしてるの、あの子は?」


「パルテームのダンジョンの第十階層を直す方法に目処がついたそうで、そのための魔導具を作っていて手が離せないと」


「「おお!」」


 思わず顔を見合わせる私とチョコ。でも、直ったらどうなるんだろ? 神樹を無理に通らなくても行き来できるようになれば一番なんだろうけど、それはそれで難しそうだし、やっぱり壁が出来ちゃう感じ? でも、それくらいが安全でいいのかもしれない……


「また巨大な魔法陣でも作っておるのか? よく飽きんのう……」


 フェリア様、手伝うとかいう気はないのかな。まあ、ミシャ様が一人でやりたいっていうタイプなのかもしれないけど。


「そういうことならしょうがないわね。シルバ、準備はできていて?」


「はい。すぐにでも出発できます」


 その答えに一つ頷いてから羊羹を一口。昨日の話だと今から出るのは早すぎるし、お昼まではまったりなのかな。


「あと、翔子くん。ルナリア様の滞在に関しては別途費用をルナリア様に請求するようにと」


「え、別に経費で落ちると思うんですけど……」


 って言ってから『経費』で通じるの? と思ったけど伝わってるっぽい。


「それはダメだそうだ。ルナリア様の月のお小遣いから賄うよう、シルバリオ様にも伝えておいてほしいと」


「かしこまりました」


 にこやかに一礼するシルバリオ様。そして動揺が隠せないルナリア様なんだけど……月のお小遣いって別にそんなに安くないよね? 何でそこまで? フェリア様を見るとニヤニヤしてて……


「ま、妥当な話よの。ルナリアが本気になると其方そなたらの世界の甘味が全て無くなるぞ?」


「「へっ?」」


「どうせ数百年分の甘味を買い込んでくるつもりだったのだろう?」


 ええ、まさかとルナリア様を見るとかすかにカップを持つ手が震えている。本当にそんなつもりだったのね……


「すいません。さすがに常識的な範囲でお願いします……」

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