138. 翔子と祠

 車が左折して駐車場に入った。管理人さんも常駐してなくて駐車料金とかは不要のやつ。一応、国見展望台ってところのための駐車場で三十台ぐらい置ける感じ。


「どうやら我々だけのようですね」


「まあ、ちょうど良かったってことで。あ、一番奥へお願いします」


 ミシャ様がそう答えつつ駐車場所の指示を。そして、やっぱりおみやげじゃなかったっぽい、とちもちを取り出してみんなに配る。


「先にちょっと腹ごしらえしましょうか」


「山登りとは聞いてましたけど、結構大変そうですね……」


 そう言いつつ、美琴さんはクーラーボックスから冷たいお茶のペットボトルを配ってくれる。

 まあ、覚悟はしてたけど、もうちょっと山道って感じのところを登るのかと思ったら、これは道なき道を行くパターンっぽい。


「転げ落ちるような場所は避けますけど、絶対にはぐれないでくださいね。あと、万一はぐれてもクロスケが迎えにいくので」


 そう言ってクロスケさんの頭を撫でるミシャ様。それを見たヨミが訴えかけてくるので、私もヨミの頭を撫でてあげる。


「目的の磐座いわくらまではどれくらいなんです?」


「直線距離だと一キロ弱って感じですけど、真っ直ぐはまず無理だし、三十分はかかる感じかな?」


 目的地はここから北東に進んだ場所にある磐座いわくら

 最初その『磐座いわくら』って何? って感じだったけど、要は神様に見立てた大岩ってことらしい。

 日本の神道って基本は自然信仰——精霊信仰?——から来てて、大岩だったり大樹だったり、「何これ、すごい!」って感じの自然物は大体神様になってるとのこと。八百万の神がいる国だもんね。


「隊列は御三方が先頭。翔子くんと美琴が並んで、最後尾は私とチョコ君でいいだろうか?」


「はい、それで。あ、クロスケとヨミは先頭にいてもらいますので」


「ワフ!」


 元気な返事のヨミ。渋く頷くクロスケさん。


「じゃ、いきましょうか」


「「おー!」」


 きっちり鬨の声をあげるルルさんとディアナさん。やっぱりノリが軽いんだけど大丈夫かな……


***


「クロスケ、ルル、ディー、もうちょっとペース落として……」


 そう音を上げたのは私じゃなくてミシャ様。ルルさん、ディアナさんは足場が悪くてもサクサクと、それこそ普通の道のように進んでいく。

 正直、あのペースで一時間は私もキツいんだけど……


「ミシャは運動不足すぎだよ。しばらくは飛行魔法禁止ね」


「そろそろまた歩きの旅に出るか」


「うう、今回の件が落ち着いたらね……」


 そんな感じの雑談をしてる。普段から飛べたら、こういう山なんかは飛んだ方が早いやってなるのもわかるけど。

 後ろを見るとチョコと智沙さんは全然平気な感じ。私と美琴さんは、まあまあ辛いかな。でも……


「まだ大丈夫ですよね?」


「はい、大丈夫です」


 ミシャ様に合わせて少しペースが落ちたので、これから先も特に問題はなさそう。

 とはいえ、どこまで行くのかわからなくて『ようやくのぼりはじめたばかりだからな。このはてしなく遠い……』とか現実逃避してると、


「バウッ」


 先頭のクロスケさんが振り返って吠える。かっこいい……


「ワフッ!」


 真似するヨミもかわいい……


「おー、あれかな?」


「ほう」


 先を行く三人に追いつくと、その先にあるのは岩場にくり抜かれたようにできた洞窟。これはいわゆる祠ってやつ?


「無礼があるといけないし、息を整えてから行きましょ」


 そう言ってしゃがみ込むミシャ様。……それは単に一休みしたいだけなのでは?


「そろそろお供物を出しておいた方がいいだろうか?」


「あ、そうですね。クーラボックスはここに置いておきます?」


「ふむ」


 というようなやりとりが後ろで。

 美琴さんが手配してくれたお供物は、お米、お酒、干物、野菜、お菓子と盛りだくさん。どれもお高そうな感じ。


 チョコが運んでくれた小型のクーラーボックスにぎっしりと詰まったそれを取り出し、高級そうな風呂敷に包み直して準備完了かな?


「はあ、すいません。落ち着きました。行きましょうか」


 胸に手をあて、息を整えたミシャ様が立ち上がる。いよいよ神様とご対面なんだよね。なんか緊張してきた。


 ゆっくりと祠に近づくと、なんだかちょっと覚えがあるような感覚が漂う。あれ? これってひょっとして……


「魔素がある?」


「だよね」


 驚いてる私たちに構わず、中へと入るミシャ様たち。入口付近は明るいけど、先へ進むと暗くなりそう。

 ああ、魔素があるなら光の精霊を呼ぶのかなと思ったけど、そうでもなく……


「おー、明るくなった」


「歓迎されているということでいいのだろうか」


 天井についてる苔が淡く光ってて、これ向こう行った時に見たやつかも。この洞窟って転移してきた場所? でも、こっちの女神様に挨拶しに行くって話だったような。


「先に進みますね」


 特に怖がる風でもなく奥へと進んでいくので、私たちもついていくしかない感じ。けど、そんな深くもないのかな。ミシャ様が立ち止まる。


「あ、良かった。間違ってなかった」


 ほっとした様子のミシャ様の向こうに背丈ほどもある大岩が鎮座している。これがその目的の磐座いわくらなんだろうけど、これからどうやって? と思ったら、


「わー、会いにきてくれたの! ありがとう!」


 急に岩の上に現れた女性が、ぴょんとそこから降りてミシャ様の手を取った。


「「は?」」


 思わず声に出してしまう私とチョコ。


「あ、ごめんなさいね。自己紹介がまだだったわね。私は世の理を管理する女神、菊理媛命くくりひめのみことよ!」


 バッチリとウインク。きらり〜んと本当に星が飛んでそうなところが神様っぽい。


「えっと、月白げっぱく神様の世界から来たミシャです。こっちがルルで、こっちはディアナ。で、後ろにいるのが……」


 あ、これは私が紹介する流れですね。わかります。わかりますけど緊張する!


「私は翔子です。こちらは美琴さんで、後ろが智沙さんとチョコです。チョコはちょっと特殊な感じですが、それは追々……」


「はーい、よろしくね! よろしくね!」


 そう言って個別に手を取って回る菊理媛命くくりひめのみこと様。めちゃくちゃフレンドリーでびっくりするんだけど、そこはそれ気難しい人じゃなくて良かったって思うべき?


「よろしく!」


「ルルちゃんは元気いっぱいだね。お姉さん、そういうの大好き」


 で、ミシャ様も呆気に取られてる感じなのは、やっぱり想像してなかったからですよね?

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