67. 翔子と魔導具
「こっちの部屋なんです?」
向かったのは蔵書部屋。転移魔法陣が置いてあるのは魔導人形部屋なんだけど。
六条のお屋敷にある転移魔法陣も魔素の補充が必要なので持ってきてもらっている。別邸に関係者が誰もいなくなるしね。
「昨日、魔導具をいくつか見たが、その中に目的のものがあったのでな」
すいーっと書棚に向けて飛んでいき、飾ってあった腕輪の一つを持って戻ってきた。
フェリア様が運ぶと、腕輪がフラフープぐらいに見えるけど。
「これが?」
「うむ。これを好きな方につけて、その青い石に魔素を流してみよ」
言われるままにそれを左手首につける。腕時計はしない方だけど、右手は利き腕でいろいろ動かすので左手かなって。
で、この青いのはサファイヤ? 豆粒ほどのサイズだけど大きい方だよね? それに魔素を流すとうっすらと光が宿る。
「よしよし。さっきのように魔素の壁を作ってみよ」
言われたままに、同じような魔素の直方体を……
「うわっ! 青になった!」
「ちゃんと動作しとるようだの」
腕輪にはもう二つ宝石が付いていてエメラルドとルビー?
となると、この二つも同じように作用すると考えるべきだよね。
「これって、どれかが光ってたら、その光った色と同じ魔素を出すようになる?」
「察しが良いの。白銀の乙女が白の魔素を持つことは先ほど話した通りだが、それでは困ることもある。翔子が困っておることもその一つだな」
「ああ、なるほどー」
それにしても、宝石が三つもついてる腕輪とか、ちょっと高価すぎて怖い。
ここに置いといて、必要な時だけつけるようにしよ……
「では、向こうの部屋に戻るか。いや、その前に他の魔導具も説明しておくか?」
「はい、他の物の説明も聞きたいです!」
と美琴さん。転移魔法陣の魔晶石の方は別に急ぐことでもないかな。
書棚の空きスペースに飾られているのは、この腕輪だけでなく、時間になると光る女神像——
「すごいですね。こちらだと電化製品にあたるものは、だいたい魔素で動く感じでしょうか」
「かな? でも、冷蔵庫とか電子レンジみたいなものはなさそうだけど……」
「その『でんしれんじ』とやらは知らんが冷蔵庫は存在するぞ。貴族ならそれなりに所持しておるはずじゃの」
魔晶石に蓄えられた魔素を使って動く冷蔵庫だそうで、肉や野菜の保存に使われているらしい。
むう、異世界侮り難し……
「向こうの世界では移動は馬車なんでしょうか? 魔法を使った車とかは?」
「うーむ、離れた街や違う国へと移動するときは馬車を使うのが一般的だな。貴族や商人は自前の馬車を持っておるが、一般市民は乗合馬車を利用するのう」
フェリア様曰く、基本的な移動手段は徒歩だそうです。
長距離の場合、乗合馬車があればそれを利用するけど、そういうのはだいたい国内の街と街をつなぐような路線ばかりらしい。
ちょっと隣の国へってなると基本は徒歩。まあ傭兵家業だったりすると、商人の馬車に護衛も兼ねて乗せてもらうとからしい。お約束だね。
「魔素を使った車とかはないんですね……」
ちょっとしょんぼりな美琴さん。
クリーンエネルギーで燃費も馬力も良さそうだもんねえ。
「でも、転移魔法陣みたいなのがあれば、それを置けさえすれば行き来はすぐになりますよね?」
「翔子よ。あれは我らの世界でも国宝級のものなのだが?」
「「えっ!」」
ちょっと待って。そんな国宝級の魔導具をほいっと貸し出してくれたの?
「いやいやいや、だって魔導具って魔術士なら作れるんですよね?」
「お主ら、全くわかっておらんようだな。そもそも魔法を付与すること自体が非常に難しいのだ」
そういえばゼルムさんが前にそんなこと言ってたような。小さいものに付与するのは大変とかだっけ?
「魔法の付与が難しい上、転移には空間魔法と重力魔法に精通する必要がある。更にはそれら複数の魔法を同時に発動させるその術式を作れるのは誰だと思う?」
「え、やっぱり『空の賢者』様です?」
「そういうことよ。それにあの転移魔法陣は悪用もできる。そんなものが世の中にほいほいあっては困る」
「確かにそうですね……」
と美琴さんも頷く。
投げ込むだけで不法侵入し放題みたいな使い方もできるわけで、たとえ量産できたとしても、それをするつもりはないのかな。
そういう意味では私たちに送ってくれたのは、変な使い方はしないよねっていう信頼があったからと考えるべきか……
「ま、それを作った本人は一度行った場所ならいつでも転移できるからの。今さら転移魔法陣なんぞ使う必要はないのでな」
「外交特使として飛び回ってるんでしたっけ」
「あまりに自分が忙しいゆえ、相手が来いということで作ったらしいのだがな」
「それで相手が来るとは思いませんが」
美琴さんの言う通りだと思う。
外交特使ってことは、相手は相当偉い人……王様とかそういう可能性だってあるわけで、そんな人が自国を離れられるわけもなく。
「作り終わってから指摘されて気づいたそうだぞ? くっくっく……」
笑いを噛み殺すフェリア様。いや、笑っちゃ悪い気がするんだけど。
稀によくあるやつじゃん。『つい勢いでやった。後悔はしてない』的な。
「ですが、ここで便利に使わせてもらってますし、結果的には良かったのでは?」
「そうだな。せっかく作ったものが使われぬのでは勿体無いが、翔子らの役に立っておるのだから、作って良かったのだろう。さて、では魔素の補充を試してみるかの」
***
「ふう、これで終わりですかね」
二枚の転送魔法陣、それぞれ四個ずつ魔晶石がついているので計八個。
一個満タンにするのに五分ほどかかって、結局、全部に補充するのに一時間弱かかってしまった。
「ふむ、よかろう。魔素の制限はその青の宝石の魔素を吸って消せば良い」
「了解です。っていうか、普段は外しとこうかと」
「え、似合ってるのに勿体無いですよ。つけたままにしましょう!」
美琴さんがそんなことを言ってくれるけど、ルビー・エメラルド・サファイアってポ○モンなの!? ……じゃなくて、そんな高価な腕輪は怖いんですけど。
「つけたり外したりしとると忘れるか無くすぞ?」
「うっ……」
「そうですよ。いつもつけておけば、もし忘れてもチョコさんかヨミちゃんが気づいてくれますし」
ううう、そう言われると嫌な思い出が。
家を出る前に受け取ったお弁当を玄関に置き忘れるということが何度か……
「ワフン」
「はい、いつもつけとくことにします……」
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