第2話 魔女シェーラ
「ただいま、シェーラ」
俺は仮面を外し、ローブを脱ぎ捨てると椅子に掛ける。
フードから銀の髪が飛び出す。目にかかった前髪が鬱陶しく、俺は軽く頭を左右に振る。
部屋の奥でベッドでランジェリー姿で横になっていた金髪ロングの美女――シェーラが、俺の声を聞いてやってくる。
「お帰り、ノア」
ノア――それが俺の本名だ。
ノア・アクライト。ヴァンとは冒険者としての仮の名。何故仮の名を使い、魔術の掛かった仮面まで付けて冒険者をやっているのか……。それは全て育ての親にして魔女、シェーラ・アクライトによるものだ。
シェーラは謎が多い。魔術の力は間違いなくある。しかし、冒険者ギルドにも所属しておらず、ましてや魔術的な組織に属している訳でもない。十年近い付き合いになるが、実のところシェーラの俺以外の前で見せる顔については、さっぱりわかっていない。
「どうだったかしら? S級クエストは」
巨乳に腰のくびれ、そしてすらっと伸びた手足。
王都にでも行こうものなら恐らく十人中十人は振り向くであろう美貌だ。さすがに見慣れてきているから今更ドギマギはしないが、視線は嫌でも吸い寄せられる。
「――簡単だったよ。レッドドラゴンの討伐だ。ちょちょいとジドナに転移して、数発雷ぶち込んだらすぐ死んだよ。手ごたえは無かったな」
「ははは、ノアの実力ならそうでしょうね。なんてったって私が鍛えたんだから。まあ、所詮モンスターだからね。そんなものより強い人間は意外といるものよ」
そう言いながらシェーラは俺に近寄ると、ぎゅっと身体を引き寄せその胸に顔を押し付ける。
「よしよし、よく頑張ったわね」
「……離せシェーラ。鬱陶しい」
「なによ、前はあんなにデレデレ喜んでいたのに。もういいのかしら?」
「喜んでねえ……俺はもう大人だよ、大人。S級になったんだ、十分だろ」
俺は軽くシェーラを押しのけると、シェーラはおっとっとと、後ろに後退する。
ったく、シェーラはいつまでも俺を子ども扱いするきらいがある。
すぐ抱き着いてくるのはこいつの悪い癖だ。
俺がガキの頃に捨てられ、この森で彷徨っているときにシェーラに拾われた。きっとその頃のイメージが抜けてないんだ。もう十分成長したというのに……。
「S級。そう、S級だったわね。昇格おめでとうノア」
「あぁ。シェーラの課題は達成出来たぜ。冒険者になってから二年も掛かっちまったが……」
「いえいえ、上出来よ。冒険者なんて殆どがB級でその一生を終えるわ。運や才能が味方して行けたとしても精々A級止まり。S級何て雲の上の存在よ。それをたったの二年たらずで……しかもソロ。おまけに最年少。誇っていい成績よ。今頃王都の冒険者ギルド本部では君の話題で持ち切りでしょうね」
そう言ってシェーラはニッコリとはにかむ。
そう、遂に達成したのだ。シェーラは俺に魔術の才能が有ると言った。それは俺がシェーラに拾われてから数日した頃だった。
その頃から最強になるために、数々の課題を与えられてきた。そうして二年前、新たに課せられたのが、冒険者ギルドに入団し、S級冒険者になることだったのだ。
「もう少しかかると思っていたけど……」
「はっ、俺は天才魔術師みたいだからな。二年でもかかった方さ」
「……そうね。それに、
「丁度良かった……?」
そう言ってシェーラはちょっと待ってろと言って部屋の奥へと入っていくと、何やら紙切れを一枚持って戻ってくる。
「これを見て、ノア」
「これは……」
それは、王都の名門魔術学院の受験票だった。
「誰のだこれ?」
「名前の欄をよく見てみて」
俺は言われた通りに名前の欄を見る。
そこには、「ノア・アクライト」と記されていた。
「……どういうことだ?」
「そういうことよ」
……はあ?
困惑する俺とは裏腹に、シェーラは楽しそうにニコニコとしている。
「まるで俺がこの学院に入学するみたいじゃないか」
「その通り」
「その通り!?」
さすがの俺も声を荒げる。その通り……つまり俺に魔術学院へ入学しろと言っている訳だ。仮にも"雷帝"と呼ばれるS級冒険者だぞ?
「――理由は?」
「次の課題よ。冒険者で正体を隠して力を付けるフェーズは終了。次は魔術学院で存分に暴れてらっしゃい」
「いや、だから理由を聞いているんだが……今更魔術学院なんて行く必要あるか? 普通にSS級を目指してクエストを続ければいいじゃないか」
「SS級は焦らなくてもどうせノアならすぐ行けるわ。ここで少し冒険者業はお休み。次は対人戦という訳よ。こればっかりは冒険者ギルドじゃ養えないからね。魔術学院にはなかなかの魔術師達が集まるわ。特に王都のこのレグラス魔術学院にはね。レグラスは大陸一の魔術学院。魔術師のエリートが集うわ」
「魔術学院で対人経験ねえ……」
確かに、今までの冒険者ギルドでのクエストでは相手は主にモンスターだった。
生息域をはみ出したはぐれのモンスターの討伐や、人を殺し過ぎた固有個体の討伐。レッドドラゴンのようなS級モンスターの討伐……。モンスター相手は嫌と言う程してきた。それもこれも、シェーラの為にも最強の魔術師に成るためだ。
魔術学院……シェーラの意図はただ対人経験を積ませたいというだけじゃないだろう。恐らく、魔術師としての生き方……身の振り方か。冒険者以外にも魔術を使った職業はある。騎士なんか最もたる例だ。騎士ともなれば、対人の方が多いだろう。そう考えれば、確かにシェーラの課題としては悪くない……か。
「……魔術学院か、俺と戦える魔術師がいるといいが」
「それはどうかしらね。居るかもしれないし、居ないかもしれない。それは行ってからのお楽しみ。あなたを成長させてくれる駒が居るか、あるいはあなたを破滅させる駒が居るか……」
魔術学院か……対人戦、興味ない訳ではない。
シェーラはこう言ってる訳だ。
最強の魔術師を名乗りたかったら、他の魔術師を圧倒して見せろ、ってな。
上等上等。お望み通り、魔術学院とやらで俺の力を発揮してきてやろうじゃないか。
「どう? 私の課題、受ける? それとも、怖気づいた?」
「ハッ、俺を誰だと思ってるんだよシェーラ。――当然だ、受けたつぜ」
「それでこそ私のノアよ」
こうして、俺はシェーラの次の課題を達成するため…………レグラス魔術学院への入学試験を受けるのだった。
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