第27話 パーティメンバー

「リムバの森で行われる課外演習。いよいよ来週に迫っているわ」


 Aクラス担任エリスは、腕を組みそう話し始める。


「これは授業というより一つのイベントよ。毎年の恒例行事。歓迎祭前の腕鳴らしと思って貰えればいいわ。野生ではなく、学院で保有しているモンスターを森に放って、それを狩る模擬演習。冒険者任務への予行演習と捉えて貰ってもいいわ」


 以前から噂になっていた課外演習。それがいよいよ来週に迫っていた。

 言いぶりからして、特に難易度の高い狩りを要求される訳ではないのだろう。野生ではないというだけで大分難易度は下がる。


 まあ対人を学ぶために来た俺がモンスターを狩る訓練をするのはどうなんだというのはあるが、他の連中はそんな経験ないからな。一応彼らからすれば貴重な体験にはなるから文句はない。


「あなた達の中でもモンスターを狩ったことがある人はごく少数だと思うわ。冒険者だったクラリスさんとかは慣れてるかもしれないけれど。モンスターと戦うのは良い経験よ。命のやり取りはそれだけ経験値を積めるわ。そう簡単に人間相手に出来ないことも試せるしね」


 ようは歓迎祭前の腕鳴らし。下級なモンスターを狩り、自信を付けたり経験を積む事前演習という訳だ。


「とはいえ、モンスターは人間の脅威となる存在。いくら魔術の腕を認められて合格したあなた達と言えどまだ新入生。このイベントは、3人1パーティ編成、そして討伐の判定と危険時の保護を目的として各パーティにそれぞれ二年の監督生を一名付けるわ。安全を考慮してね。何か質問はあるかしら?」


 説明し終わり、エリス先生は俺たちに質問を促す。

 すると、一人の男が手を上げる。


「――はい、マウロ君」

「はい。あの……これは毎年行われているんですよね?」

「そうね。冒険者任務に言ってもいきなりモンスター相手にパニックにならないためにね」

「モンスターは下級……僕たちでも倒せるレベルと思っていいんでしょうか?」

「力関係的にはきっとあなた達でも十分対応できるレベルのモンスターを用意するつもりよ。……ただ、モンスターをなめないことね」


 エリス先生の顔が僅かに険しくなる。


「ここ数年で、この演習を行って全員が無傷だったクラスはないわ。毎年数人は負傷者が出る。その要因には、油断や力不足、いろいろあるけどね」

「負傷……」


 マウロの顔が引きつり、ごくりと喉が鳴る。


 これだけのエリート校と言っても、モンスターは怖いようだ。恐らく下級のモンスターならば一年生の力でも何とかなるだろうが、実物と戦ったことがない分恐怖はがあるのだろう。


「油断も、慢心もしない。それが大事よ。私から言えるのはそれだけ。油断して相手を甘く見て怪我をすることもあれば、思った以上に戦える自分に血が熱くなって暴走した結果モンスターに取り囲まれる……なんてこともあるわ。とにかく冷静に。相手と自分の実力差を見極めること。これは今まであなた達がメインで行ってきた対人戦と同じことよ」


 エリス先生はふぅっと息を吐き、肩を竦める。

 

「――ま、ここまで脅したけれど、安心していいわ。うちには優秀な回復術師もいるし、今のところ死者は出ていないわ。そのための監督生でもあるからね」


 その言葉に、幾らかの生徒が胸をなでおろす。


「あなた達が最初の死者にならないことを祈ってるわよ。良くも悪くも、この学院は実力主義だからね。自分のことは自分でなんとかするのよ。……まあ、監督生がいるからそれ程危険なことにはならないでしょうけどね」


 そうして一通り説明が終わり、パーティの発表がされた。

 俺たちはパーティで集まり、お互いの顔を合わせる。


「いや~やっぱこのメンバーは安心だな!」

「そうだね、先生が見ててくれたのかな?」

「いや、実力を見て決めたんだろ。さすがにそんなフワッとした考えで決めるような学校じゃねえと思うぜ?」

「まあそうだろうけどよ……だとすると俺が惨めになるからやめてくれ……」


 アーサーは消え入るような声でそう口にする。


 おっと、失敗したかこれは。確かに俺が一番なのは間違いないとして、ニーナも実力は申し分ない。とすると、バランスをとるために入れられたアーサーの評価はおのずとわかる。


「……ま、安心しろよ。たかが数日程度魔術を見たくらいじゃ、俺くらい突き抜けてないと本当の実力はわかんねえさ。今回の演習とか歓迎祭で見せつけてやれよ、お前の実力をさ」

「そうだな…………つーか、やっぱお前も俺と同じ結論に至ったのかよ!」

「はは、まあニーナと俺が一緒って時点でな。悪い悪い」

「はあ……ったく、やる気があってもそれに実力が追い付くとは限らねえか……。モニカちゃんとか才能だけで認められてるしなあ……。いやいや、でも諦めねえぞ! 今回の討伐は絶対に成功させる! 没落名家なんだ、こうなるのはわかってたさ! そのための学院だ!」

「あはは、お互いがんばろうね」


 意気込み新たに、アーサーは気合を入れなおし、パンパンと両頬を叩く。


 俺達三人は同じパーティとなった。アーサーには実力で決まったと言いはしたが、まあある程度の交友関係を見ているのは間違いないだろう。行き当たりばったりのメンバーで連携が取れるほど戦闘は甘くない。職業としてモンスターと戦い慣れている冒険者だからこそ、即席パーティでも対応出来るんだ。それを新入生にするというのは酷な話だ。


 ニーナは、全員に配られたパーティ編成の紙を見ながら言う。


「えっと、私達の監督生は――――あっ、二年のセオ・ホロウさんだって!」

「まじか!?」

「へえ、二人のその喜びようは有名な奴なのか?」

「うん、ホロウ家ってかなり名の知れた魔術師の家系だよ」


 すると、ずいとアーサーが顔出す。


「ホロウ家も知らねえのか!? 俺でも知ってるぜ?」

「いや、お前は大抵誰でも知ってるだろうが。魔術師マニアが」

「へへ、まあな。でも実際かなりの魔術の名家だぜ? この間のドマ先輩にも負けずとも劣らない知名度がある!」

「へえ、そうなのか」


 ということは、この学院でも割と上位の実力者か……。

 直接戦ってみたいが……この授業でそういう機会はこなそうだな。


「でもすげえな……もしかしたらホロウ家の魔術を生で見られるかもな……!」


 と、らんらんと目を輝かせるアーサー。


「言っておくが、監督生が魔術を使うってことは俺たちがへまをした時だぜ? そんなこと起こらねえよ」

「お、俺だってそのつもりだよ! ただ、見れたらいいなってだけで……」


 と、アーサーはごにょごにょと言葉を濁す。


「はは、わかってるさ。でも俺はニーナの力は見てえけどな」

「え? 私?」

「召喚術……俺も使えねえし、見た事も殆どねえ。モンスター相手にどれだけ善戦できるか楽しみだよ」

「ふふ、任せておいて。演習は来週だし、土日で魔力を練られるからシーちゃん並みの精霊呼んじゃうから。覚悟してよ、私が全部倒しちゃうかも」

「いいねえ、その自信。楽しみにしてるぜ」


◇ ◇ ◇


 ――夜。

 俺は週末の夜と言うこともあり何となく眠れず、校舎の方へと夜の散歩に出かける。


 夜風が涼しく、月が綺麗な夜だ。

 ローウッドに居た頃はこうやって夜の森やら山やらを歩いて空を見上げたっけ。田舎も王都も、空は変わらねえな。


 夜の静けさは好きだ。こういう静まり返って風の音だけが聞こえる夜も結構好きだったりする。


 校舎北側を進むと、先日の地下施設近くにたどり着く。

 相変わらず魔術障壁の気配は禍々しい。本当にモンスターだけなのか……だとしたら下層にはドラゴン級の化物でも眠ってるのか……? そう思わせるほどの、厳重な障壁だ。


「あら、夜のお散歩?」

「ん?」


 月に照らされ、ゆらりと漂う影。

 虚ろな瞳と、色濃く浮かぶ目の下の隈。


 こんな時間に人に会うと言うこと自体、違和感を覚える事態な訳だが、何故だかその姿は妙にこの場所にしっくりくる。


「あんたは確か……セーラ・ユグドレア……先輩」

「あら、覚えていてくれたのね。嬉しいわ。ノア・アクライト君」


 セーラは口角をニコっと上げる。

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