第26話 朝の一時
「あのセーラって奴との交流は続いてるのか?」
俺はスープをすくい、ふぅふぅとさましながらニーナの方を見る。
地下施設のモンスターの檻を見学に行ってから数日が経った。俺達も大分学院に慣れてきて、もう変にアーサーが道に迷うこともない。
もはやお決まりとなった朝食の時間。毎日別の物を食べることができ、献立も日ごとに変わるという豪華さは、成長期の俺たちにはありがたい。シェーラの料理ももちろん好きだったが、それとこれはまた別の話だ。
元来朝起きるというのは得意ではなかったが(シェーラが強引に布団に潜り込み起こしてくるというのが日課だった)、朝食を食べたくて朝起きられていると言っても過言ではない。リックも俺が早めに起きるようになって一安心していた。
ニーナはパンを手に取りながら俺の方を見て頷く。
「うん、凄い勉強になってるよ。自分だけじゃどうしてもモンスターを直接観察するって機会はないからね。特にあの頑固なお母さんがモンスターを見に行きたいなんて許すわけなかったから……」
「ま、確かにそういう機会はそうはねえよな。クラリスみたいに冒険者だったら腐る程あるんだろうがな」
「そうなんだよねえ。改めて冒険者って職業の人にいろいろ頼ってるんだなって実感したよ。クラリスちゃんに感謝しないと。――あむっ」
言いながら、ニーナはパンにもぐっと齧りつく。口いっぱいに頬張り、幸せそうに噛み締めている。
「で、どんな話するんだ? 少し興味あるぜ」
ニーナは口いっぱいだったパンを急いでもぐもぐと咀嚼すると、勢いよく飲み込む。
「――ぷはあ、いろいろだよ! 第一階層しか見て回れないから、それ程上位のモンスターについては学べないけど、私にしたらそれだけでも十分刺激的」
「へえ。確かにあそこを自由に見て回れるのは勉強になるかもな。モンスターの弱点とか習性を教えてくれるのか?」
「そんな感じかな。観察してないとわからないような癖だったり、警戒心の差だったりね。後は――生息地とか、モンスターの部位から作れる薬とか豆知識とか……」
そう、ニーナは指折り数えながら興奮気味に話す。
どうやらかなり心酔しているようだ。三年生……授業も殆ど終わり研究がメインと言っていた。そりゃ知識も豊富になるという訳か。先生に認められて地下施設に自由に出入りできる時点でかなり優秀だとは思っていたが、ニーナが言うならなかなか逸材なのだろう。
「――ま、ニーナが気に入ったならいいさ。召喚術を使っていくならモンスターの知識は必須だからな」
「うんうん」
「あー、そういやモンスターと言えば、そろそろ初めての大規模な演習があるんじゃなかったか?」
すると、一心不乱にハムにくらいついていたアーサーがやっと顔を上げる。
「あれ……それなんだっけ?」
「えぇ、アーサー君忘れたの? 課外演習だよ」
「課外演習…………あ~、言ってたな、担任が」
アーサーはやっと思い出したという風に、大げさに頷く。
「王都から西の方にある"リムバの森"の一部は学院が保有していて、そこにこの間の地下施設にいるモンスターを放ってそれを狩るんだって」
「なるほど、狩りねえ」
狩猟大会みたいなもんか。いい趣味とは言えねえが、モンスターを倒すことに慣れるのは大事だ。魔術師なら避けては通れねえだろうな。戦闘専門の話だが。
「野生じゃないのはさすがに俺達への配慮か?」
「だろうな。俺レベルなら造作もねえけど、貴族とか名家何て言う十中八九対人しか学んでない連中は、そもそも命のやり取りに慣れてないだろうからな」
「命の……」
アーサーがごくりと唾を飲み込む。
「んな大げさなもんじゃねえけどな。ただ、野生の、それも命を懸けた戦いとなると普段の力を存分には発揮できないのに加えて、手負いのモンスターはこれで結構手ごわい。捨て身で来るからな。それが余計な事故にも繋がるから、野生じゃないってのは妥当なところだろ」
俺の発言に、アーサーはうげえっと苦い顔をする。
「うげえ……野生は怖えな……。ノアが言うならその通りなんだろうな。確かにいきなり冒険者の任務に連れていかれてモンスター退治だって言われてすぐに対応できるかわかんねえもんな……。あらかじめ練習を設けてくれるのはありがてえ」
王都から西にあるリムバの森。恐らく俺が試験の時に最初に足を踏み入れた場所だろう。通りで殆どモンスターの気配が感じられなかった訳だ。学院に管理された森だったわけね。一区画がこの学院によって保有されているということは、恐らく日頃からあの森は魔術師(あるいは依頼した冒険者?)によって治安を維持されているのだろう。
何か学院で広大な土地を使いたいときに利用していると言う事か。金持ちだな。
「まあでも楽しみだな。モンスターと戦うなんて機会ないからよ」
「そうだね。私も楽しみだなあ」
「はっ、楽しむのは結構だが、注意はしろよ」
「ああん? だっていわゆる養殖だろ? 野生のモンスターじゃねえならそれほど危険でもなくねえか? 俺たちならやれるぜ!」
「おいおい、モンスターを舐めてると痛い目見るぞ? 年間どれだけモンスターによる犠牲者が居ると思ってんだよ。冒険者がいなきゃあ、今頃壊滅してる村は腐る程あるぜ」
「そうだろうけどよ…………いや、確かにノアの言う通りか。俺たちには縁がなくてあんま意識したことなかったが……いざ目の前にして殺せるかってのは別問題だよなあ」
「そういうこと。あいつらは加減を知らねえからな。それに、一個一個は雑魚でも群れを作って、一気に襲い掛かってくる奴らもいる。油断は命取りさ、いくら養殖でもな」
ニーナとアーサーはお互いの顔を見合わせ、軽く身震いさせる。
「ひええ、そんな死に方はごめんだな」
「そうだね……でも、ノア君に頼ってばかりもいられないし。それに、私たちの力を証明するチャンスでもあるよアーサー君」
「そりゃそうだ! ここんところノアにばっか注目集まってっからな。十分注意して、今回こそ俺たちの実力を見せつけてやろうぜ!」
アーサーとニーナは、意気揚々と拳を突き上げ、オー! と声を揃える。
本当にわかってんのかねえ……と思いつつ、結局は何かあれば俺が守ればいい話だ。二人の力も見てみてえし、あまり肩ひじ張る必要もねえな。
モンスターなんて倒し飽きたが、他の奴がどう倒すのかは気になるところだな。少しは楽しみになってきた、かな。
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