第28話 夜の会話

「こんばんは」

「あら、挨拶がちゃんと出来るのね」


 薄明りの中、セーラが薄っすらと笑みを浮かべているのが分かる。


「なんすかそのイメージは……」

「ドマさんとかハルカちゃんとのやり取りを聞くともっとツンツンしているのかと思ってね。ごめんなさい、悪気はないのよ」


 何か変なイメージが先行してるな。基本ソロでやってきたから対人はあまり慣れてないのが透けて見えるのかね。……まあ突っかかってくる奴には多少煽り癖があるのは事実だが……そういうのが伝わってんのかな。


 俺は肩を竦める。


「勘違いっすよ。売られた喧嘩は買うってだけで、俺自体は割といろいろと弁えてるつもりですよ」


 セーラは俺の言葉に少し楽しそうに笑う。


「そう言う事にしておいてあげる。ニーナちゃんからもいろいろ聞いてるから」

「ニーナから?」

「ええ。入学の時に助けてくれたとか、ノア君は最高の魔術師なんだとか、貴方の話題の時はいつも褒める言葉しか出て来ないわ」

「そりゃ光栄っすね。この学院には俺みたいな平民には当たりがキツイからな、ニーナには感謝してるよ」

「ふふ、いいコンビね。公爵家とそこまで対等に接することが出来るのはあなただからこそね」

「そうっすかね」


 確かに、アーサーとかは俺が居なきゃ未だにニーナのことを公爵家だって言って恐縮してただろうしなあ。俺やクラリスみたいな冒険者あがりだからこそ、自由に接することが出来ているというのはあるかもしれない。人によりけりだろうが。


「ニーナとは他にどんな話を?」

「大体あなたの想像通りよ。基本はモンスターについてね。熱心な生徒で嬉しいわ。モンスターを敵としか認識してない人ばかりだから、モンスターを味方にしようとする召喚術師の姿勢は嬉しいわね」

「はは、耳が痛いっすね。まあ、考え方は人それぞれっすから」

「その通り、これはあくまで私の考え方。……まあ、そう言う訳でニーナちゃんと話すのは楽しいわよ。お姉さんよりも無邪気で可愛いわ」

「姉……」


 そういやニーナの姉ちゃんもこの学院に通ってるんだったか。

 何かニーナの劣等感じみたものを感じるが、余程の魔術師なんだろうか。


「――そうっすか。楽しくやってそうで安心しましたよ」

「ふふ、その言いぶりだと保護者みたいね」

「まあ入学の経緯を考えれば親心も芽生えますよ、多少はね」


 俺の言葉にセーラは僅かに微笑む。何を思って笑ったのか。可愛らしいとでも思っているんだろうか。


「……なんすか」

「ふふふ、何でもないわよ。――そう言えば、課外授業が近いわね」

「らしいっすね」

「あら、興味ないのかしら? うちの学院に入ってくる魔術師は基本的に名家・貴族だからモンスターと戦ったことがない子が多くて、このイベントには皆舞い上がるものだけど」


 セーラは不思議そうな顔で俺の顔を覗き込む。


「まあ、俺はモンスターは見慣れてるんで」

「あぁ……そういえばそうだったわね。あれは毎年の恒例行事だからね。うちの生徒たちはエリートだし……それにここの子たちは野生じゃないから、心配する必要ないわよ」


 セーラは後ろの地下施設入口を指さす。


「特に心配はしてないっすけどね。ただ、モンスターってのはどんな奴でも脅威っすから。油断は禁物だ」

「用心深いのね。噂に聞くあなたの力なら、モンスターはそれほど脅威じゃないと思うけれど?」

「またまた。セーラ先輩だってわかってるでしょ、モンスターに詳しいんだったら」


 セーラはじっと俺の目を見た後、ふぅっと短く溜息をつく。

 それはどこか呆れた様子というか、どこか残念そうな表情だった。


「まったく、可愛げがないわね。……あ、そろそろ夜も更けてきたわ。早く戻った方がいいんじゃない? 夜の学院は危険がいっぱいよ」

「へえ、やっぱりそうなんですか」

「何が起こるか分からないからね。特に上級生は自分の研究に没頭しての区別がつかなくなってたりするから。ドマさんでもまだまともな方よ」

「それは、セーラ先輩も?」

「……私は違うわよ。ままならないけれどね」

「?」


 セーラは改めて微笑み、俺の目を見る。


「気を付けてね」

「何がっすか?」

「ニーナちゃんはいい子だけど、公爵家の人間ということはそれだけ狙う人もいるわ」

「みたいっすね。ここは貴族の巣窟、都合の悪い奴もそれなりに多そうだ。俺はそこまで詳しくはねえけど」

「あなたがいくら強くても所詮はという話。ニーナちゃんの保護者で居たいのはわかるけど、危険が及ぶ前にあなたは適切な距離を保った方がいいわよ」

「随分とドライっすね」

「それが生き抜くコツよ」

「……それは警告っすか?」


 セーラはくるっと身体の向きを変え、俺に背を向ける。


「ただの忠告よ。あなたよりこの学院にいるのは長いの」

「そうか……。まあ安心してくださいよ、俺は最強っすから。降りかかる火の粉くらいは払ってやるさ。それにあいつだってそこまで弱い訳じゃねえ」


 俺の言葉に、セーラは肩を竦める。


「――そうね。忠告はしたわよ」

「あぁ。わざわざどうも。先輩も気を付けてくださいよ」

「ふふ、そうね。お互い気を付けましょう」

「じゃあ俺はこれで。そろそろ帰ります」

「じゃあね、ノア君」


 セーラとの夜の会話。なんとも不思議な雰囲気を纏った女性だった。

 ただ何処か本心を隠しているような、まだ底が見えない感じがある。


 一応ニーナにもそれとなく警戒しておくように伝えた方がいいかもな。本人が一番わかってるだろうけどな。

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