第29話 リムバ演習①
「これが貴様らの最初の試練だと思え、新入生ども」
正面に立つ強面で細身の教師、レオナルド・アンダーソンは、その双眸で俺たち新入生Aクラスの面々を睨みつける。
「3日に分けて行われるこの課外演習だが、貴様らがトップバッターだ」
リムバの森北東部入り口。
俺達が並ぶその周りには、いくつもの荷馬車がズラーっと並んでいた。
その馬車には、すべて巨大な鋼鉄製の檻が載せられている。これに今回の討伐対象であるモンスターが入れられ、この森へと放たれているのだろう。森の奥からは、以前来た時には感じられなかったプレッシャーと、低く唸るような声が聞こえてくる。
「例年、このイベントで数名の負傷者が出る。これは脅しではなく純然たる事実だが……自身の魔術を過信し、モンスターを舐めた者の末路。残念なことに、そういう連中の殆どは我らが貴族や名家の者だ。冒険者上がりや、平民出の連中はモンスターの脅威を痛いほど理解しているのだろう、彼らの警戒心は強い」
その言葉に、俺の隣に立つクラリスがうんうんと頷く。
「――この学院の大半をしめる貴族名家の連中はモンスターとの触れ合いが極端に少ない。本来触れ合う必要はない訳だからな。その差に足元を掬われ、大怪我をするというわけだ」
「先生、俺たちがそんなヘマするわけ無いじゃないっすか!」
声を上げたのは侯爵家の男。坊主頭に剃り込みの入った厳つい見た目の男だ。
これまでの授業で特に目立った活躍をしていた記憶はないが、どうやら彼自身はそんなつもりは毛頭ないようだ。
「それが奢りだと言っている、ローファン」
「ハハ!! 俺たちはこの学院に入学できたエリートですよ!? 舐めてもらっちゃ困りますよ。所詮平民は逃げる嗅覚が強いだけ。俺達のような貴族が後れを取る訳がありません!」
ローファンの周りの連中が、それに同調しクスクスと笑い出す。
まったく、ルーファウスみたいに分かりやすい奴らだな。これで実力が伴っていればいいんだがな、実際はそうでない奴ほど咆えるというのは良くある話だ。
「……いいか、その空っぽの頭にしっかり俺の言葉を詰め込め。貴様のような阿呆が仲間の足を引っ張り、窮地へと追いやるんだ。――モンスターを舐めるな。恥をかくのはお前たちだぞ」
「うっ……」
ドスの利いた声に、ローファンも苦笑いで後ずさる。
「だせえなあ、貴族様はよお。頼むから俺達の足を引っ張らないで欲しいねえ」
そう笑いながら細身の男はくっくっくと身体を揺らして笑う。
ヒューイ・ナークス。名家の男だ。
「んだと、ヒューイ! な、舐めてんのか!」
「あぁ? 文句あんのかよお、ローファン」
ヒューイは不気味な笑顔でローファンを睨む。
「……ちっ。覚えてろよ、ヒューイ」
ヒューイの不気味な笑い顔にローファンはびびったのか、視線を逸らすと捨て台詞を吐き下がっていく。
「くはっ、情けねえなあ。わざわざこんな学院に入学したのに、嫌になるねえ甘ちゃんばっかでよ」
ヒューイはぼそりと呟き、頭の後ろで腕を組む。
レオナルド・アンダーソンは呆れたように溜息をつき、再度俺たちを見回す。
「……ふん、下らん言い争いはもういいか? とにかく、そういうバカのために監督生についてもらうのだ。だが、監督生はお前たちのお守りじゃない。採点担当であることが第一。生死の境でなければ助けはないからそのつもりでいろ」
そう、今回の演習では各グループに二年の監督生が付く。学院側の配慮であり、俺達の成績を記録する係。それ故に、二年でも比較的強い十名が、AからCクラスまですべてを担当する。
誰がどのグループを担当するかはグループ分けの際にすでに決定されており、この場で初めて顔を合わせることになる。
「よろしく頼む。俺はセオ・ホロウだ」
茶髪の二年生は、俺達にそう自己紹介する。
それに感激の声を漏らすのはアーサーだ。
「も、もちろん知ってますよ! 俺はアーサーです! よろしくお願いします、ホロウさん!」
「私はニーナです、よろしくお願いしますね!」
セオ・ホロウ。二人は名の知れたこの二年生を見て興奮気味に話しかける。名のある魔術師の家系のようで、二人とも知っているらしい。
それは周りの他の監督生も同様のようで、クラスメイト達も監督生である上級生と楽しそうに親睦を深めている。
「――わかってると思うが、基本的に俺は後ろから見ているだけだ。お前達の行動と討伐を記録させてもらう。……まぁ、本当に危なかったら俺が出るからそこは安心していい」
「はい……!」
「モンスターを相手にするなんて初めての経験だろうし、実力や脅威を量りちがえることなんてままある。自分の力と仲間の力を信じて、それでも見誤ったら俺が出ていく。簡単だろう?」
不思議と包容力のある言葉に、アーサーもニーナも落ち着いていくのがわかる。手慣れてるな、扱いが。こういう機会が多いんだろうか。
「どいつもこいつも、生ぬるいわね。私たちの敵じゃないわよ。そう思うでしょ、ノア」
と、クラリスが少し苛立ったようにこそっと俺に話しかけてくる。
「……まあな。ただこんなもんだろ最初は。多めに見てやれよ」
クラリスは呆れたように溜息を漏らす。
「あんたも緩いわねえ。ヴァン様の弟子ならもっと他に言う事があるでしょうが」
「いやいや、自分が最強だと信じてるだけで他の奴がそうあれとは別に思ってねえからよ。一般人なら初めてはそんなもんだと思うぜ?」
俺の発言に、クラリスは何かヤバイものでも見るような目で俺を見る。
「……なんだよ」
「……私よりよっぽどな考えの奴が居たわ……」
「はあ?」
「――というか、最強はヴァン様でしょうが! まったく……。初めてなんてただの言い訳よ。私は最初から全力でモンスターを殺せたわ。あんたもでしょ」
「そりゃまぁな」
「ふふ、でしょうね。今日は元冒険者である私の十八番。一番の成績は私達がもらうわ」
「はは、そりゃ楽しみだ。悪いが、俺達のパーティも負けねえけどな」
クラリスはニヤッと笑う。
「まったく、冒険者でもないあんたが言うじゃない。そうこなくっちゃね。あんた以外に戦えそうなやつは――レオ・アルバート、ナタリー・コレット、モニカ・ウェルシア、ヒューイ・ナークス……そこのニーナも召喚する精霊によっては分からないわね。でも、所詮はモンスターを狩ったことない温室育ち。負けられないわ」
闘志を燃やすクラリスは、無意識か唇をなめ不敵な笑みを浮かべる。その表情は良く知っている。これから任務に向かう高揚した冒険者の顔だ。
「――じゃ、精々お互いがんばりましょ。私を失望させないでよ、お弟子さん」
「こっちのセリフさ。A級冒険者の力、見せてくれよ」
◇ ◇ ◇
「――準備が出来たようだ。全員心の準備はいいか?」
その言葉に、今か今かと開始を待っていた生徒たちが一斉にレオナルド・アンダーソンの方を見る。
「よし、覚悟は全員出来ているみたいだな。精々あがけ。今回の標的は"ゴブリン"だ。伝聞だけで雑魚だと判断して油断するな、奴らは群れで来る。数で押されるな、一気に持っていかれるぞ。討伐数は監督生によってカウントされ、結果はパーティ毎に張り出される。心して挑め。これはお前たちの力を示す戦いだ! 自分が無能ではないことを私に示してみろ!」
「がんばろうね、ノア君、アーサー君!」
「俺だってトップ目指してんだ、負けてられねえ……!」
「いいね、こういう空気は好きだぜ。――とりあえず、このクラスで一番目指しますか」
「――それでは開始だ。各自指定された位置から森へ入り、戦闘を開始しろ! 健闘を祈る!」
いよいよ始まる、リムバでの課外演習。
モンスターなんて狩り飽きたが、これが俺の最初の見せ所だな。
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