第30話 リムバ演習②

「ゴブリンは良く名前は聞くよね。ポピュラーなモンスターというか、何か事件とか事故があるとゴブリンだったってケースが多い気がする。屋敷でもよく話題に上がるモンスターだったかな」


 ニーナは顎先に指を触れながらうーんと思い出すようにして言う。


「ゴブリンは一番被害件数が多いモンスターだからな。そこそこ強くて、多少の知恵も働いて、そして一番厄介なのが群れで行動するところだ。一体だとそこまで苦戦する相手じゃねーが、4、5体の群れに襲い掛かられたら破壊力はえげつない。初心者なんかはパニックであっという間に食い殺されるさ」


 俺の言葉に、ニーナは僅かに身震いする。


「セーラさんに話聞いた時も思ったけど、なかなか想像したくない末路だよね……」


 ニーナは微妙な表情でハハっと笑みを浮かべる。


「まあな。倒れてるところに次々に襲い掛かってくるゴブリンとか悪夢でしかねえよ。でもまあ、今回は三人いるんだ。そんな心配はねえさ」

「そうだね。――それにしても、すごい気持ち良い森だね」


 まだ昼を少し過ぎた頃。陽の光が木々の隙間から漏れている。広大な森には草木が生い茂り、モンスターが居ないからかあまり荒れていない。


 他のパーティは散り散りにスタートしたため、周囲には俺達しかいない。


 少し後方から、離れてセオ・ホロウが俺達の後を着いてきている。基本的に関わってこようとする様子はない。それ以外は何もない、静かな森だ。


「こんな静かな森はあんまねえよなあ。学院が相当しっかり管理してるんだろうな」

「そうみたいだよ。冒険者へ依頼してたまに駆除とかもしてもらってるみたいだけど」

「へえ、詳しいな」

「ふふ、一応公爵家だからね。そういう情報は意外と持ってたり」


 と、ニーナは胸を張りニコっと笑う。


「やっぱ田舎暮らしだったからよ、王都の周りはあんまわかんねえんだよなあ」

「じゃ、じゃあ今度私案内してあげようか!?」


 ニーナはパタパタと俺の隣まで駆け寄り、目をキラキラさせて言う。その間は、たまには私からも恩返し! というような意図が見える。


「あー、じゃあ休みに案内してもらおうかな。ニーナなら穴場とか知ってそうだしよ」

「任せて! ふふ、楽しみだなあ」


 ――と、その時。やる気満々で先行していたアーサーが小走りで俺たちの方へと駆け寄ってくる。


「おいおいおいおい!! 出た!! ゴブリンだ!!」


 アーサーは興奮気味に言う。


「お、早速いたか。どんな感じだ?」

「ゴブリン四匹が切り株の近くで武器作ってやがったぜ。石を研いで斧みたいにしてやがる」

「へえ、野生じゃなくてもそれくらいの知恵はあるのか」

「あんな器用だとは俺も思ってなかったぜ……どうする?」

「どうするって? やるに決まってんだろ。演習の開始だぜ」


 アーサーとニーナが、ごくりと唾を飲み込む。

 さすがにまだ心の準備が出来ていないみたいだ。


「……あーまあ、いきなりはビビるか。じゃあ任せておけよ、俺が先陣切ってやる」


 俺はアーサーが来た道を辿り、草を掻き分ける。


 すると、少し開けた所に、ゴブリンの群れが居るのを見つける。


 俺は全く足音を消さず、堂々とその開けた場所へと立ち入る。


「ギギイィ!!」


 刹那、一斉にゴブリンたちがこちらに振り向く。全員が精神を尖らせ、警戒態勢に入る。そして、その殺意を余すことなく俺へと向ける。


 まずは不意打ちせず、モンスターの殺意を経験させてやらんとな。……いいね、久しぶりの感覚だ。懐かしいな。


「ギアアアアア!!!!」


 ゴブリンは作った斧を手に持つと、叫び声をあげ四方に散らばる。


「ゴブリンが……!」

「大丈夫かよ!?」

「まあ見とけよ」


 ゴブリンは俺を囲むように扇形に陣取ると、お互い何やら意思を疎通させ、タイミングを計り始める。


 本来ならば、一人でゴブリンの集団を相手にする場合ゴブリンを一匹、あるいは二匹ほどの塊に分断し、それぞれを撃破するのがセオリーだ。だが、それは魔術師においてはその限りではない。広範囲魔術は、数をも制する。


 俺はニヤッと口元を緩ませる。


 一瞬俺が漏らした隙を感じ取り、ゴブリンたちが一斉に飛び掛かる。


「「「「ギィエエエエアアアア!!!」」」」


 咆哮を上げ、狂ったようにゴブリンたちが突進してくる。


「ッ……!」


「――"サンダー"」


 頭上に浮かび上がる魔法陣。

 そこから、全てのゴブリン目掛けて雷が吸い込まれるように落ちる。


 眩い光と雷鳴。不可避の雷撃。

 直撃したゴブリン達は口から煙を吐き、身体を真っ黒に焦がし、叫ぶ間も無く地面に仰向けに倒れこむ。まさに一瞬の出来事だ。


 四方に散っていたゴブリンたちは、俺の落雷により一網打尽となった。

 地面が焼け焦げ、灰色の煙が巻き上がる。


「一撃か……まあ、ゴブリンじゃこんなもんか」


 後ろで眺めていたニーナとアーサーが、驚いた表情で言葉を漏らす。


「しゅ、瞬殺かよ…………な、慣れてんな」

「すごい……」

「はは、まあゴブリンならこんなもんだろ。俺の魔術は見た事あんだろ? 別に普段と変わらずに魔術を放っただけだぜ? ――まあ強いて言えば、もたもたしてると囲まれて終わるからな。スピードは大事ってとこかな」

「スピード大事……」


 アーサーはゴブリンの死体に近寄ると、それをツンツンと突く。


「――ノアは冒険者じゃねえんだろ?」

「……あぁ」

「にしては落ち着いてるっつうか……何か手馴れてるな。普段通りってのが俺達にとっては最初の壁だと思うんだよ」

「ローウッドは田舎だからそういう機会も多かったのさ。別に俺に限った話じゃねえぜ? 村人でも強い奴はこん棒とか斧でゴブリンに立ち向かうことだってある」

「ひええ……そう言う意味じゃ俺達より全然先に行ってるな……」


 すると、後ろから監督生――ホロウが現れ、倒れているゴブリンを数えはじめる。


「――四体か。的確にゴブリンを倒し切る力、四人に囲まれても怯まない胆力。申し分ない。これはノアの戦績としてカウントするぞ」


 セオ・ホロウは手に持った紙に何かをすらすらと書き込む。


「……くあー、やるっきゃねえな」

「そうだね」


 アーサーとニーナはお互い顔を見合わせ、頷き合う。


「どうした?」

「いや、ノアばっかりに良い恰好させてられねえって思ってよ」

「私たちも魔術師だからね……! 普段通りでいいって聞いて少し安心したよ。見本は見せてもらったからね……次は私達の番!」

「はは、いいね。見せてくれよ。俺だけでゴブリン全滅なんてつまらねえからな」


◇ ◇ ◇


「いけ、サラちゃん!」


 トカゲのような形をした赤い精霊――サラマンダーは、ニーナの挙動に合わせるように動き、口から禍々しい炎の吐き出す。


 渦の様な形を作り、灼熱の炎は二匹のゴブリンを取り囲む。


「ギエアアア!?」


 一気に炎は竜巻の様にうねり、ゴブリンたちは焼け焦げながら宙へと舞い上がる。


「俺だって!」


 アーサーは両手を合わせると、氷の塊を作り出す。


 それが二本に別れ、持ち手が生成されると、それをクルクルと回転させながら両方の手でそれぞれ一本ずつ構える。


「オラオラァ!!」


 運動神経抜群の身体捌きを活かし、アーサーはその二本の剣で流れるように二匹のゴブリンを切り捨てる。


 その速さは中々に早く、剣士として十分な実力であることが分かる。


 計四匹のゴブリンたちは瞬く間に倒され、地面に転がる。


「ふぅ……よっしゃ! 見たかノア!? 俺だってこんなもんよ!」


 アーサーの両手の剣は溶けるようにしてその姿を消す。


「初めてにしてはやるじゃん」

「へへ、これでも元名家よ、これくらい朝飯前だっつうの!」


 と言いつつ、嬉しそうに笑うアーサー。


「戻っておいで、サラちゃん!」


 ニーナの足元から駆け上がり、肩にサラマンダーが止まる。


「サラマンダー……火の精霊か」

「うん! 可愛いでしょ?」


 サラマンダーは、その口からちろちろと炎の舌をちらつかせる。


「確かに、可愛らしいな。火力も凄えし、さすが召喚術師だな」

「へへ、それほどでも」

「俺達と違って召喚する精霊で属性が変えられるのはかなり有利だよな。素直にすげえと思うぜ」

「えへへ……ノア君に褒められると嬉しいな」


 ニーナは後頭部をかきながら、照れるように身をよじる。


「ノア8体、ニーナ2体、アーサー2体。――パーティ合計は12体だな。なかなかいいスタートダッシュじゃないか」


 監督生もその戦績に満足そうに微笑む。


「おうよ! このパーティはノアとニーナだけじゃねえって教えてやる! 任せておけ!」

「おいおい、先生が言っていたこと忘れんなよ」

「ん?」

「倒すのに慣れて、慢心してるところが一番あぶねえからよ。警戒だけはしろよ」

「わかってるって! さ、もっと奥まで行こうぜ!」

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