第31話 リムバ演習③
「四体めええええ!!!」
身体を横に捻り回転しながら、アーサーは遠心力を利用してゴブリンの首を切り捨てる。
「グッ――」
ゴブリンの断末魔の叫びが短く響く。ゴブリンは喉元を抑えながらそのままよろよろと後ろに後退し、木にぶつかると力なくその場に倒れこむ。
ようやく、周囲に静寂が訪れる。
「ふぅ……! よっしゃ、見たかノア!?」
アーサーは嬉しそうな顔で飛び上がり、こちらを振り返る。
「俺の実力をよ! 今ので四体目だぜ……って、おいおいおい」
アーサーは、俺とニーナの目の前に転がるゴブリンの数にぎょっとした顔をする。
「ニーナがこれで八体目、ノアは今ので……十四体目。うん、なかなか素晴らしい速度だ。いいね」
と、セオ・ホロウが紙に記録を書き記しながらそのクールな顔を僅かにほころばせる。
「この勢いなら、例年通りなら全体の中でもかなり上位に食い込めそうだ」
「さっすがノアにニーナちゃん、すげえ! ――けど……俺が一番少ないのは納得いかねえええ!!」
アーサーは、うおおお!! っと興奮気味に身体を震わせる。
「最初はあんな不安そうだったのに、もう四体も倒せるなら上出来じゃねえか。誇ってもいいと思うぜ?」
「かー、相変わらず優しいねえ。つっても、ニーナだって八体だぜ!?」
「あはは。私の場合はほら、戦うのは精霊だから」
と、ニーナは脇に居る精霊・サラマンダーの頭を撫でながら言う。
サラマンダーは気持ちよさそうに尻尾を振っている。
「いやいや、それも立派な魔術だろ……くそ、こんなんじゃ駄目だ……!」
「おいおい、成績が貼り出されるのはパーティ単位だし、別に個人で記録伸ばそうとしなくてもいいだろ」
「だけどよお……やっぱり二人に肩並べてえじゃねえか! トップ目指してんだ、それくらい出来ねえと……!」
アーサーは本当に悔しそうに拳を握りしめる。
言い訳しない、ちゃんと悔しがれるのはアーサーの良いところだな。ルーファウスにもこんな気持ちがありゃあもうちょっと成長できるのによ。あいつの場合はプライドが相当邪魔してそうだが……。
ただ、功を焦り過ぎもあまり良くない。モンスター相手ならば特に。そうやって死んでいった冒険者たちを何人も俺は見てきている。
「ま、その心意気は大事だと思うぜ?」
「当然! 見てろよ、今回の演習で俺の眠っていた未知なる才能が――――」
と、不意にニーナが叫ぶ。
「アーサー君後ろっ!!」
「えっ――」
「グルゥゥアアアア!!」
背後には、アーサーへと飛び掛かるゴブリンが眼前まで迫っていた。一匹だけ潜伏していたゴブリンが、仲間の仇と言わんばかりに必死の形相で斧に力を込める。
「おいおいおいおいっ……!!!!」
咄嗟にアーサーは両手で身体を庇う。アーサーの魔術では対応が間に合わない。
「くっ――」
「――"スパーク"」
響く雷鳴。
「ギャアアアアア!!!」
ゴブリンは空中で俺の電撃を浴び、その衝撃で後方へ一気に吹き飛ぶ。
そのまま木に激突し、地面に倒れこむ。
周囲には、焼け焦げた匂いが漂う。
「ふぅ。……おいおい、油断しすぎだぜアーサー」
俺はバチバチとスパークが弾けた手をブンブンと回す。
アーサーは額から汗を流し、少し放心した状態でつばを飲み込む。
「……っぶなかった……助かったぜ……」
「――おいおい、こんな
「あぁ?」
そこに現われたのはすらっと背が高く、若干の猫背の男。
目つきは鋭く、口元には常に薄っすらとした笑みが浮かんでいる。
「てめえ…………ヒューイ!」
Aクラスでも上位の実力を誇る名家の男。ヒューイ・ナークスだ。
「かっはっは、おいおいアーサーよお。だせえことしてんじゃねえの。油断して背後をゴブリン如きに取られるなんざあ、やっぱ所詮見せかけの名家様だなあ」
「んなっ……んだとこの野郎!」
「くっはっは! 言い返せねえのかよ」
ヒューイは楽しそうに笑う。
確かにアーサーの落ち度だが……言いっぷりが気に食わねえな。
「おいおい、いきなり現れて随分な言いようだな、ヒューイ。誰だって最初はそんなもんだろ、挑発すんのもほどほどにしておけよ。後で恥かくのは自分だぜ?」
「くはは、平民は相変わらず呑気だねえ。お前達とはくぐってきた修羅場の数がちげえのよ、俺はな。たかが授業でそこそこ魔術を使える平民と、箱入りのお嬢ちゃん、それに没落した名家…………こうなんのも無理はねえ。人選も酷なもんだよなあ」
「あぁ!? お、俺はそうかもしれねえが、ニーナちゃんとノアはなあ――」
すると、ヒューイはアーサーの言葉を遮るように手を前にかざし、ヒラヒラと漂わせる。
「あぁ、いい、いい。負け犬の遠吠えなんて聞きたかねえのよ」
「……ッ!」
「はっは! 一丁前に悔しそうな顔して……おもしれえなあ、お前みたいな奴好きだぜ俺は。楽しませてくれるからなあ! はっは!」
「俺もお前みたいな奴は好きだぜ?」
「……おぉ? 俺のことが好きなのか、ノア。嬉しいねえ」
「随分と調子に乗ってるみてえだから言っておくが、俺からすればお前もアーサーも大差ねえぜ?」
「あぁ……?」
俺の言葉に、ヒューイはその目を僅かに薄める。
「俺とは次元が違うって言ってんだよ。ほぼ同列のお前がアーサーを負け犬呼ばわりするのは滑稽だぜ? ――だが、俺はそういう勘違いして見下してる奴は結構好きなのさ。見てると楽しめるからな」
「ふっ……ふはは! おもしれえなあ、ノア! 俺からすればお前こそ勘違い野郎の頂点だぜ。同列? ふざけるのも大概にしておけ。魔術の実力、知識、実戦経験……総合的に俺より上なんてこのクラスにはいねえ。まあ、強いて言えば俺と同列なのはレオの奴くらいか……。とにかくだ、ろくに戦ったこともないお前が次元が違うとか、とんだおもしれえ冗談だ。脳にカビでも生えてるのか?」
「はっ、どうだかな。これまでの授業を見てそれを感じ取れないようじゃお前もまだまだってことだ」
それを聞き、ヒューイは一瞬キョトンとした顔をすると、徐々に口角をあげ、こらえきれない笑いを漏らす。
「……くっはっはっは! ――いやあ、バカは言うことが違うねえ。やっぱお前、面白えよ! その妄想力、作家にでもなったらどうだ? 現実が見えてねえってのも才能だよなあ。こんなゴブリンに苦戦する阿呆が偉そうな口をきく。ゴブリンなんざ俺の敵じゃねえのさ。楽勝過ぎて欠伸がでる。ま、精々死なないように頑張れよ、俺達はもっと奥でお前らの分までぶっ殺してきてやるからよ」
そう言い、ヒューイは高笑いしながら俺の肩をポンポンと叩き、更に森の奥へと進んでいく。
俺たちはそれを横目に捉えながら、消えていくその背中を見守った。
調子乗ってんな。ああいう慢心してる奴が一番あぶねえんだ。ま、忠告してやる義理は俺にはねえ。
「……わりいな、ノア。俺のせいで変に喧嘩みたくなっちまった」
「気にすんな、あんなの喧嘩のうちに入らねえよ。だが、まああいつ自身も別に弱いって訳じゃねえからな。極論で同じ次元なんて言ったが、アーサーより格上なのは違いねえからな」
「うっ……だよな」
アーサーは眉を八の字にして苦しそうに胸を抑える。
「はは、いいじゃねえか。その為に今日の演習があんだろ。このまま戦うことに慣れればすぐ追いつけるさ」
「あぁ……任せとけ! あんだけ言われたんだ、こんなところで引き下がれるか!」
アーサーはやる気を取り戻すと、うおおおっと両頬を叩き、気合を入れてズンズンと進んでいく。
「――おいで、サラちゃん」
ニーナはサラマンダーを肩に乗せると、とことこと俺の近くへと駆け寄ってくる。
「大丈夫かなあ、アーサー君」
「平気だろ。それに、あいつは入学式に俺はトップを目指すとか言ったやつだ。逆にヒューイの挑発でより一層やる気が出ただろうよ」
すると、ニーナは嬉しそうに俺の顔を見る。
「……どうした?」
「ううん! さ、私達も行こ!」
「あぁ。離れてると危ないからな」
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