第32話 リムバ演習④

 それから、演習は順調に進んだ。


 ヒューイとの接触からアーサーは更にやる気を上げ、どんどん調子を上げていた。アーサーがゴブリンの群れに飛び込んで掻きまわし、ニーナとサラマンダーが後方射撃と漏らしたゴブリンの潰しを受け持つ。二人の呼吸も合い始め、前衛後衛として機能し始めていた。


 一方で俺はそっちにも気を配りながら、時折死角から不意打ちを仕掛けるゴブリンを狩りつつ、俺は俺で別の群れを一気に排除していく。


 恐らくかなりのハイペースで討伐が進んでいる。

 他のパーティがどの程度かは分からないが、かなり上位なのは間違いないだろう(と、セオ・ホロウが言っていた)。俺一人でガンガン倒して進んでもいいんだが、折角やる気を出したアーサーの腰を折りたくねえし、ニーナの絶好の成長の機会を棒に振るのも若干申し訳ないしな。


 結局成績はパーティ単位での発表だし、俺個人が飛びぬけてもあまり意味はない。というか、俺が本気を出すとワンサイドゲームが過ぎる(俺が限りあるゴブリンを一気に全滅させたら演習の意味が無いし他の生徒が可哀想すぎる)。俺が最強であることを証明するのは歓迎祭とやらで問題ない。あっちなら恐らく個人戦。衆人環視の中で堂々と俺の魔術を見せつけられる。


 ――なら、今後も一緒に行動する可能性のあるこの二人の成長を優先した方がいい。先のことを考えれば、悪い判断ではないはずだ。


 正直、俺を除けばこのクラス自体実力がそこまで大げさに離れている訳でもなく、その中でもニーナは比較的上位の方に位置する実力を持っている。アーサーもセンスは悪くないし、他のパーティが三人で一つのゴブリンの群れを悪戦苦闘して相手しているなか、ほぼ二人で対応できているその差はデカい。俺の戦いを見て早めに腹を括れたのと、ヒューイの奴が図らずも挑発してくれたのが功を奏してるな。その上俺が、二人が見逃した他の群れを一掃している。成績で上位を取れるのは確実だ。


 何やらヴァンの弟子(という体)の俺と競争じみたことをしようと最初に言っていたクラリスにはなんだか悪いが……まああいつは放っておいていいだろ。


「おらあああ!」


 アーサーの威勢のいい掛け声が響き、目の前のゴブリンが音を立て崩れ落ちる。


「サラちゃん、焼き尽くして!」


 轟音と共に、サラマンダーの口から炎が噴き出し、的確にゴブリンだけを火だるまにする。


 あっという間に、四体の群れが全滅する。


「ふぅ……」

「アーサー君、大分順調じゃない?」

「おうよ! ニーナちゃんのバックアップもありがとな」


 アーサーはグッと親指を立てて見せる。


「ふふ、さっきみたいな不意打ちはもう心配ないね。更に後ろにノア君が控えてるし凄い安心感だよ」

「だな。悪いなノア、先陣譲ってもらってよ」


 と、アーサーは歯を見せて笑う。


「気にすんなよ。俺はモンスターと戦い慣れてるからな。お前たちの経験値を積む方が後々役立つなと思っただけさ。というか、ニーナの精霊は平気なのか?」

「ん? あぁ、召喚時間? まだ平気だよ。召喚行為自体に一番魔力使うし、今のところ大きな魔術を使ってないから大分節約できてるから」

「へえ、じゃあまだまだ平気だな」

「うん。中間までまだ時間あるし、後半でもサラちゃん使えるだけは残してるよ!」


 なるほど。ニーナは簡単に言ってるがそもそも召喚自体魔力の消費は尋常じゃない。召喚した上に、継続的な魔術の行使。サラマンダーを現界させ続けるだけの魔力量……俺程とはいわずとも、やはりニーナの魔力量は飛びぬけている。


 もし召喚術を他の奴が使えていたとしても、これだけ長時間精霊を現界させ続けるのは不可能だろうな。


「にしても、大分奥まできたよな? 今どこらへんなんだ?」


 すると、そのアーサーの問いにセオ・ホロウが答える。


「今は森の中央あたりだ。お前達の指定範囲限界に大分近い。そろそろ南下するべきだろうな」

「了解っす! ヒューイの奴らが居たってことはあいつらも多分指定範囲は俺達と――」


「うおおおおおあああ!」


「「「!?」」」


 瞬間、叫び声と、それに続く巨大な物音。


「な、んだ……!?」

「悲鳴!?」


 恐らく初めて聞くだろう人間の本気の悲鳴に、ニーナとアーサーは険しい表情で俺の方を見る。


「……様子見に行くぞ」

「行くって、悲鳴の方にか!?」

「当然だろ。気付いたからには無視できねえだろ?」

「で、でも監督生が居るなら平気だろ? それに所詮相手はゴブリンだぜ? それに、それも含めて演習だろ……例年怪我人が出るって言うし……」


 成績だけを求めるならそれが正論だが……。


「相手はモンスターだ、何があっても不思議じゃねえ。もし悲鳴が生徒で、監督生がそれに対処して無事ならそれでいい。――が、万が一があるだろ? 俺が居ればまず解決できる」


 俺の発言にアーサーは、はぁっと深くため息をつく。


「ったく、お前は冷たそうに見えて意外と情に厚いよな」

「……情とかじゃねえよ。入学前からの癖みたいなもんだ」

「?」


 アーサーは不思議そうな顔で俺を見る。


「とにかく、さっさと行くぞ。死んでたら元も子もねえ」

「ノア君、私ももちろん行くよ……!」

「あぁ。でも油断はするな。ゴブリンと言えどな。やばかったら逃げとけ」


 ニーナは静かに頷く。

 

◇ ◇ ◇


 森の中を駆け抜ける。

 先導する俺に続くように、ホロウ、ニーナ、そしてアーサーが続く。

 俺たちは木々を掻き分け、声のする方へと真っすぐに走り抜ける。


 しばらくすると、木々がなぎ倒され、少しだけ開けた場所が広がる。


「な、なにこれ……」

「ゴブリン……だよな……?」

「うぅ…………」

「おい、待て。何かあるぞ」


 セオ・ホロウが、俺達を引き留める。


 その視線の先には、何かが地面に横たわっている。赤黒い、何かが。

 ホロウがその倒れている何かに駆け寄る。


 険しい顔でそれを見るホロウに、ニーナたちもゆっくりと近づく。


「……酷い……」

「うおっ……」


 ニーナとアーサーは、その凄惨さに、思わず口元を抑える。


 それは、人だった。

 上半身には大きな裂傷、そこから止めどなく血があふれ出している。口からも血が流れ、咽るようにせき込む。まだ息はあるようだ。


「この人は……?」

「……俺達と同じ監督生だ」

「おいおいおい、監督生って……なんで監督生が瀕死なんだよ!? 相手は……相手はゴブリンだろ!?」

「アーサー。この周りを見ればわかるだろ?」


 アーサーはごくりと喉を鳴らす。


「……ゴブリン……じゃねえってか……」

「少なくとも監督生をこんなにしちまうモンスターがこの先にうろついてる」

「はは……冗談だろ……――この人ってさっきのヒューイ達の監督生じゃねえか……?」


 その顔は、確かにさっき遭遇した時にヒューイの後ろに居た男の顔だった。


「よく覚えてるな。つーことは……ヒューイ達がこの監督生を襲ったモンスターに追われている可能性があるな」

「……そうだな」


 ホロウは監督生をゆっくり地面に横たえると振り返る。


「こいつはすぐにでも回復術師の施術が必要だ。アーサー、こいつを集合地点にいる先生のところまで運ぶの手伝ってくれるか?」

「お、俺っスか……!?」

「あぁ。さすがにこのまま放置は出来ない。こんな傷じゃあ、放っておけばゴブリンが寄ってくる。それに、監督生として他のパーティと言えども見過ごすわけにはいかない。一人だと万が一がある。頼めるか?」

「……わかりました」

「ありがとう。そして、ノア」


 セオ・ホロウは俺の方を見る。


「こいつを届けたら戻ってくる。それまで待っていてくれ。もしかすると監督生を求めて生徒が戻ってくるかもしれない。残って貰えるか?」

「いいっすよ、もちろん」

「助かる。俺とアーサーが居なくてもお前なら平気だろ?」

「そうっすね」

「――よし。くれぐれも危険は冒すな。もしモンスターが戻ってきたら逃げろ。いいな?」


 俺はその問いにとりあえず頷く。

 そんな悠長なことを言ってたら間違いなくこの先に居る奴は死ぬ。


「――よし、いくぞアーサー」

「は、はい!」 


 そう言って、アーサーとホロウは走り出す。

 監督生を負傷させたモンスターか……あの傷は少なくともゴブリンじゃないことは確実だ。


「大丈夫かな、あの人」

「恐らく大丈夫だろ。傷は深いが、息はあった。伊達に二年生の中から監督生に選ばれたわけじゃないさ」


 そう、監督生ですらやられる相手……一体何が居るんだ?


「恐らくこの先に居るモンスターは新入生には荷が重すぎる相手だ。倒せていると言うことはないだろ。まだ逃げているか、あるいは――――」


「うおぁあああああああ!!!」


 刹那、悲鳴のような叫び声がハッキリと耳に届く。


「今のは割と近い……!」


 俺は声の方へと走り出す。


「ノ、ノア君!?」

「恐らく今奴らは監督生が居ない状態…………放置してたら死ぬぞ!」

「う、うん! 私も行く!」

「ニーナはここに……」


 ……いや、一人でおいておく方が危ないか。


「――わかった、俺から離れるなよ」

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