第35話 リムバ演習⑦

 ヒューイを担ぎ、その場を後にしようとしたとき、聞きなれた声が聞こえる。


「おいおい、何かすげえ光がこっちから――……」

「アーサーか」

「うお、ノア、ニーナちゃん! 無事だったか!? ――って、背中の……ヒューイか!?」

「うるせえ……頭に……響く……」

「無事……じゃねえみたいだな。お前まで……。つーか、こっちですげえ光と音がしたんだけどまさか……」


 アーサーは恐る恐る俺の方を見る。


「俺だけど」

「ですよね。つーことは、やった……のか?」

「あぁ」


 俺は後ろで倒れるキマイラをくいと顎で指す。


「なんだこれは……」

「ゴブリン……じゃねえよな、これ……」

「でかすぎる。……キマイラか。こんな……」


 二人は横たわる巨大な死体を見て、唖然とした表情で固まる。


「キマイラっすね。野生のよりかなり大きい」

「…………なるほど。そしてそれを君たちで……」


 と、そこでニーナはぶんぶんと頭を振る。


「と、とんでもない! 全部ノア君が一人で……! 私なんて怖がっちゃって……」

「いやいや、ニーナちゃん、こんなの怖がるの当たり前だって」

「一人だと……? キマイラだぞ?」


 セオ・ホロウは、じっと俺を見る。


「まじかよ……すげえすげえとは思ってたけどよ、まさかモンスターまで相手出来るのかよ……」


 アーサーはもう驚くしかないと言った様子で、苦い笑みを浮かべる。


「……ノアの実力は俺の想像をはるかに超えてるみたいだな。二年でもキマイラを単独で撃破出来る生徒なんているかどうか……しかもこのデカさ。信じられんな」

「俺は最強なんでね」

「ははっ、謙遜しないか。先へ行ったと知った時はどう叱責してやろうかと思ったが……むしろお手柄と言ったところだな。きっとその背負っている生徒も助からなかっただろう。よくやった」


 セオ・ホロウは俺の肩にポンと手を乗せると、俺の目を見てコクリと頷く。 


「――とりあえず、その生徒を届けよう。キマイラが出たとなれば演習は中断されるかもしれない」

「そうっすね。……そういや、ヒューイ、お前の他のパーティメンバーは?」

「あいつらは……キマイラと接敵したとき……さっさと逃がしたさ」

「ふーん……やるじゃん。お前が殿になったって訳か」


 ヒューイは俺の背中でふいと横を向く。


「……結局お前に助けられたんじゃ……意味ねえさ」

「そうでもねえよ。もしかしたら死人が出てたかもしれねえからな。お前が耐えきったお陰さ」

「ったく……うるさい、さっさと連れてけ。……死んじまう」

「あぁ」



こうして俺たちは、瀕死のヒューイを連れ、開始地点へと戻った。


 事の顛末をレオナルド・アンダーソンに告げると、すぐさま上級生を連れて森の調査へと向かった。その間、全て監督生に通達が行き、演習は一時中断。森にキマイラが出たという噂は瞬く間にAクラスに広がった。


ヒューイはすぐさま回復術師の元へと運ばれ、早速施術へと入った。大分傷は深いが、何とかなるみたいだ。


 結局、キマイラは俺が倒した一体のみで、他に脅威は見つからず、ほどなくして演習は再開された。俺達も仕切り直してもう一度ゴブリン討伐に勤しみ、何事もなく演習は終了した。


 ――そして、図らずも。キマイラを「ノア・アクライト」が単独で討伐したという噂が実しやかに囁かれ、俺の名声はAクラスに留まるどころか、新入生全体で広まっていったのだった。


◇ ◇ ◇


 翌朝、食堂――。


「……なあ、めっちゃ視線感じるんですけど……」


 アーサーは気まずそうに肩をすぼめながら、そうポツリと呟く。


「視線の先、別にあんたじゃないでしょ。――まったく、私を失望させないでよ、とは言ったけどまさかキマイラを討伐するなんて聞いてないわよ……」


 クラリスは少しいじけた様子で俺のことをじとーっと睨みつける。


 演習の成績は今日と明日のBクラス、Cクラスが終わったら張り出される。そのため、既に試験が終わったAクラス、そして明日実施のCクラスの間で特に俺の噂は流れていた。さすがに直接話しかけに来る奴は殆ど居なかったが、朝っぱらからこの視線の量という訳である。人の噂というのは足が速いものだ。


 もちろん、クラリスやレオみたいな武闘派の連中は真っ先に俺の所に来て、事の真相を問いただした。俺はもちろん、ただ迷い込んだキマイラを倒しただけだと適当にあしらい、突き返した。


「やるじゃないか、ノア。それでこそ俺が期待する男だ」

「私が!! そこにいれば!! もっとあっさり殺してやったのに……! ああ悔しい!!」


 これが二人の弁である。

 

 ただ、称賛される分にはヴァンだった頃から慣れっこだが、ここは貴族・名家の集う学院。ただの賛美の眼差しだけではないのは確かだった。


 俺の方が強い、平民のくせに、どうせ嘘だろ――などなど、その視線に込められた熱はそれぞれで、そしてそれらが混ざり合い、新入生の中で本当に強いのは誰なのか気になるという空気が徐々に形成されつつあった。


 それこそ次の歓迎祭のモチベとなるものだ。


「――ったく、キマイラ倒したくらいで騒ぎ過ぎだ。俺が最強なのは前からわかってただろ」

「いやいや、口で言ってるだけとか練習だけと違って実際に結果をだされたんだ、騒がない方がおかしいだろ。ましてやうちのクラスの連中は演習でモンスターの怖さはみんな身に染みてるからな、尚更さ」

「そんなもんか?」

「そんなもんだ!」


 アーサーは自分のことの様に興奮気味に語る。


「でも本当に凄いね。先生も驚いてたし、ノア君がこの学院で有名になるのはすぐかも」

「はは、どうだかな。ま、歓迎祭で一気に有名になるのは決まってるからな。それが少し早まっただけさ」

「すげえ自信だが、否定できない俺が居る……」

「何言ってるのよ! 今回はたまたまあんたがキマイラに会ったから有名になっただけでしょ! 運よ! 私が先に会ってたら立場は逆だったわ!!」


 と、クラリスはプンプンと頬を膨らませて抗議する。


「あーまあA級冒険者のお前だったらそうだったかもな」

「なっ……そ、そんな普通に認められると、なんというか……」


 クラリスは少しもじもじした様子で手に持ったパンにはむっと齧りつく。


「もしかしたら上級生もノア君に目をつけるかもね」

「……はあ、ドマみたいなのにまた絡まれるのは勘弁だよ」

「そう言えばよ、結局あのキマイラは何だったんだ? 野生じゃねえんだろ?」

「私も気になってたんだよね。ちょっとセーラさんに聞きたかったんだけど、今日は空いてないみたいで」

「なんだったんだろうな。ま、いずれ分かるだろ」

「そんなもんか。ま、モンスターの行動なんて俺たち人間には分からねえもんな。とにかくお疲れ、ノア。この有名人が!」

「うっせえ」

 

◇ ◇ ◇


 その日の夜。校舎北側、地下施設近く。


 月明りに照らされた、小さな広場。風はなく、静かな時が流れている。


 影の中から、ゆっくりとこちらへ歩いてくる人影。俺が今日呼び出した人物だ。


「いい夜ね」


 長い茶髪を耳に掛けながら、その女性は虚ろな瞳で俺を見る。

 セーラ・ユグドレア。ニーナの先輩にして、地下施設でモンスターを研究する上級生だ。


「そうっすね」

「――それで、話って何かしら?」

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