第36話 魔女
俺が彼女を呼んだのは他でもない。リムバでの演習。突如現れた狂化されたキマイラ……。新入生Aクラスを震撼させたあの出来事だ。
「いやあ、とぼけられても困るんすよ、先輩。もうわかってるでしょ?」
「……何のことかしら?」
「キマイラの乱入、あんただろ? この魔女が」
「…………ふふ」
セーラは無表情な顔を初めて歪ませ、口角を上げる。不気味な、夜に似合う笑い声。
「……てっきり死ぬものと思っていたわ、ノア・アクライト君。まるで幽霊と会話しているみたい」
セーラはそう呟く。
「残念ながらピンピンしてるよ。……単刀直入に言うぜ。ニーナを狙ったのはお前だろ?」
「……どうしてそう思うのかしら」
「あのキマイラは野生じゃねえ。あんなところに野生のキマイラが出る訳がないからな。つまり、ゴブリンと一緒でどこかで飼育され、森に放たれたキマイラだ。討伐されずにあれだけ大きなモンスターが、仮にも学院の所有する土地に居る訳がねえ」
「それで? それが私とどう関係あるのかしら」
「言いから聞けよ。……野良にしては余りにも身体が大きすぎる。まるで、人を殺すために育てられたかのようだった。――そして、一番はキマイラの身体から出た薬の反応……錬金術で作られた狂化薬の反応があったことさ。投薬による狂化と肉体の成長。丁寧に育てたよな、殺戮マシーンによ」
そう、あの攻撃全特化の動きは、薬による作用。さらに、あの体の大きさもドーピングだろうな。そして、そんな薬が作れるのは錬金術しかありえない。
「錬金術なんてありふれてるじゃない」
「つってもそんな高度な薬を作れるのはごく一部のエリートだけさ。高度な錬金術を学び、モンスターを飼育できる立場の人間。地下施設でモンスターと触れ合える人物。そんなのお前しかいないさ。そして、キマイラが何故ニーナばかりを狙ってきたか……恐らく、ニーナの生態情報だろう。お前が地下施設で一緒に過ごす中で、ニーナの髪や血なんかの生態情報を集めた。それを錬金術の下地にして、狂化薬を製造しキマイラにぶち込んだってところだろ。……そんな条件を満たしてるのはお前しかいないんだよ、セーラ・ユグドレア」
「…………そう」
セーラは、虚ろな瞳で俺を見つめる。
観念した――というよりも、どこか楽し気な表情。
「――ふふふ……その通りよ、ノア君。私がキマイラを育て上げ、錬金術で狂化薬を作り、ニーナちゃんを殺そうとした張本人。おめでとう」
「随分とあっさり自白するんだな」
「だって、意味ないもの。あのキマイラの体から錬金薬の反応が出るのは想定内。私がそこから割られるのは始めからわかっていたわ。――まぁ、私の本来の予定だとあなたもキマイラに殺されて死んでたはずなんだけれどね。あのキマイラが殺されるのはさすがに想定外……さすがはドマさんやハルカちゃんが一目置くだけあるわ。ニーナちゃんはキマイラに殺されて死に、私はこのまま学院からトンズラすれば万事解決……そのはずだった」
「悪いな、俺のせいで計画が狂ってよ」
「まったくよ。失敗するとはね……せっかく私に与えられた仕事だったのに。……バレた上に失敗……私はさっさと逃げることにするわ」
セーラはやれやれと肩を竦める。
「ここから逃げられるとでも思ってるのか?」
「ふふ、学院の外にまだ私を信頼してくれている仲間がいるの。まだ私を見捨てていないね。みんなそれなりの実力を持った魔術師よ」
「用意周到なこって。――で、お前の狙いはなんだったんだ。何故ニーナを狙う」
すると、セーラはふふっと笑みを浮かべる。
「だから言ったでしょ、ニーナちゃんはいい子だけど、公爵家の人間ということはそれだけ狙う人もいるわ、って」
公爵家……政治絡みか。
「そんな下らない話かよ」
「くだらなくないわ。この国の未来が掛かってるんですもの。思想が違って、話が通じないのなら、話を通しやすくするのは当然でしょ? 王はもう先が長くない。王位争奪戦は始まってるのよ。後ろ盾となる公爵家だって例外じゃない」
セーラの言葉は淡々としている。微塵の罪悪感もなく、ただ自分の責務を全うしたとでもいうように。
「――まぁ、全部受け売りだけれど。私としてはターゲットがニーナちゃんでもそうでなくても関係はなかったのよ」
「? ……よくわかんねえが、お前の意思は固いことはわかったよ。ま、俺はお前が何を狙ってようが正直どうでもいい。興味ないね。気持ちよくネタバラシしてるとこ悪いが、深く聞くつもりはねえ」
「そう、なら今から私が最後にニーナちゃんを殺しに行くのを見逃してくれて――」
「ただ」
俺はパシャリとセーラの言葉を遮る。
「ニーナを狙うってんなら許さねえ。せっかく俺が助けてやったんだ、あいつが学院生活を最後まで全うしてくれねえと任務失敗になっちまう」
「ふふ、やっぱり保護者じゃない」
「……ちげえよ」
「あなたが守るなら無理そうね。――じゃあ、私はこれで失礼させてもらうわ。どこか遠い国でのんびり余生を過ごすわ」
「だから、逃がすと思ってるのか?」
「もちろん、あのキマイラを倒したあなたなら私を逃がさないことも可能でしょうね。でも、私を待ってる仲間が一斉に襲い掛かったら…………たとえあなたでも対応できないでしょ?」
そういい、セーラはニヤッと笑う。
「――ここ数日は楽しかったわ。あなたとももっと話したかったけれど……しょうがないわね。私の仲間に殺されないことを祈ってるわ」
セーラは頭上に手を掲げる。
瞬間、魔術が発動すると、信号弾が放たれる。
赤い光は、闇夜に眩く光る。
「ふふ、逃げたら? これで仲間たちが全員ここに――――」
「後ろ、気を付けろよ」
「え――――」
刹那、キンッと鋭い音が響き、セーラの首筋に刃が突き付けられる。
セーラのクビに、つーっと赤い雫が垂れる。
完全にセーラの動きが止まる。一歩でも動けば、一気に血が噴き出る。
「周りに仲間がいるのはお前だけじゃないんだよなあ、錬金術師さんよ」
「…………誰かしら? 私の楽しみを邪魔するのは」
セーラの背後に立つ女性は、そのポニーテールをしならせ、世闇に通る声でハキハキと名乗る。
「私はハルカ。悪を狩るものだ。……セーラ・ユグドレア。お前の仲間は拘束させてもらった。この学院の治安を守るのは私達だ。好きにはさせん」
「
セーラは俺を見る。
「悪いな。チクらせて貰った」
「くっ……!」
「俺がやったら、お前ら全員殺しちまうからな。こいつらに捕まってラッキーだったと思っとけよ」
「……本当に……。本当ことごとく私の狙いを潰してくれるわね。私の敗因はあなたの行動力と実力を過小評価したことかしら」
「だろうな。俺がいなきゃ今頃ニーナはキマイラの胃の中、そしてお前は遥か異国の太陽の下だったろうさ」
セーラは初めて悔しそうな表情を浮かべる。ぐっと奥歯を噛みしめ、その長い前髪の間から俺の目を見つめる。
「……はぁ‥…まあいいわ。どのみち失敗した私に居場所何てないし。好きにするといいわ」
セーラは諦めたように体の力を抜くと、ゆっくりと両手をあげる。
「……ニーナちゃんによろしくね。この施設にはもう入れないけれど、進級した時に先生にかけあうといいわ」
「へえ、ニーナに対する情はあるのか。一応言っておいてやるよ」
「もういいかな、セーラ・ユグドレア」
「せっかちね」
「――連れていけ」
そうして、魔女セーラ・ユグドレアは自警団の連中に連れられ、その場から消えていった。その背中は、まるでそうあって当然とでも言うように堂々としていた。一体どんな信念があったと言うのだろうか。今になってはわからない。きっとこの後の尋問で明らかになるのだろう……が、俺には興味がないことだ。
「ご苦労だったな、ノア。助かったよ」
「こういうのはあんたらの専売特許かと思ってな。……あいつはどうするんだ? 俺はさておき、ニーナのお気に入りなんすよ」
「他の生徒を巻き込む程の事件を起こしたんだ……ただの喧嘩じゃすまない。しかるべき場所で裁かれるさ。ただ、なかなかシビアな話だからな。きっと詳細が君たちに語られることはないだろう。勿論私にもな」
「そうっすか……。ま、俺が居る場所で起こって良かった」
「……ふむ。時にノア」
ハルカは顎に手を当て、うーんと眉を八の字にして俺を見る。
「? なんすか」
「どうだい、私達と一緒に自警団として働いてみる気はないか? 君の実力なら申し分ないだろう。この学院には邪な気持ちを持つ魔術師も多い。セーラみたいにな。君の力が抑止力となると思うんだが」
「止めてくださいよ。俺は別に取り締まる側に興味はさらさらないっすよ。――まあ、何かあれば協力くらいはしますけど」
「……はあ、そうか、わかったよ。また何かあったら頼ってくれ。今後の活躍に期待している。今回は助かった。それじゃあな」
そう言い、ハルカはくるっと踵を返すと、その場を去っていった。
これで今回の件は終わりだ。元凶も排除できた。……ただ、こういう機会は今後もあるんだろう。公爵家ってのも大変だな。
セーラがどう扱われるかは分からないが、ニーナにとっては良き先輩(まあ利用されて、殺す機会を伺われていた訳だが)だっただけに、会えなくなるのは少し可哀想ではある。
とにもかくにも……疲れた。
冒険者の頃は人間とここまでがっつり関わることなかったからなあ。ま、それも学院に入学した醍醐味か。
――今日はさっさと寝よう。硬いベッドが俺を待ってる。
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