第34話 リムバ演習⑥

「グオォオォオオオオオ!!!!」


 キマイラの咆哮が響く。

 木々が揺れ、空気が突き抜ける。


 今にも俺たちを殺さんとするキマイラの鋭い眼光が、俺たちを睨みつける。


「…………ッ!!」


 ニーナはその威圧感に震え、カタカタと身体を震わす。


「ノ、ノア……君……」

「モンスターの前でビビるな。餌になるぞ」

「で、でも……そ、そんな……」


 まったく……。

 俺は震えるニーナの頬を片手でぐいっと摘まむ。

 ニーナの顔が、ぷにゅっと歪む。


「むっ……なに……」

「落ち着け。呼吸を整えろ。冷静になれ」

「う、うん……」

「モンスターの威圧にいちいちやられてたらいくらこっちの力の方が上でも一気にやられるぜ? 恐怖心は心の奥にしまっとけ」

「お、奥に……」

「いきなりは無理だろうけどな。今は俺が居るんだ、もう少し落ち着いてもいいだろ」


 ニーナはゆっくり深呼吸する。

 

「――……う、うん……。す、少し落ち着いたよ……ありがと。モンスターの威圧感……頭ではわかってたのに……」


 ニーナは頭をぶんぶんと振ると、両頬をパンパンと叩く。


「もう大丈夫……!」

「よし。まあ見とけよ。今から俺が――――」

「グオオオオォオオオオ!!」


 俺の話を遮るように、再びの咆哮。どうやらそう長くは待ってくれないようだ。


 大きな音を立て地面を駆け、その強靭な爪を振り上げると、一直線にニーナへと襲い掛かる。


「なっ……!」


 またニーナの方か……懲りねえな。


「女好きか? こっち見ろよ、キマイラ」


 俺は最短で、"スパーク"を発動させる。威力を抑えて指向性を得た雷撃は、キマイラの右目を正確に貫く。


「グルゥゥゥゥァアア!!」


 叫び声をあげ、キマイラは慌てて身を翻すと後方へと飛びのく。

 右目から血を流し、キマイラは息を荒げる。


 やはり、相変わらずニーナを狙ってるな。

 ニーナが魔物に狙われやすい体質……と言う訳じゃねえよな。そんなの聞いたことねえ。まあ、倒してから考えればいいか。 


 俺は一気にキマイラへと距離を詰める。


「グアアア!!」


 すかさず、キマイラの尾――蛇頭が、俺の首を噛み千切ろうと物凄い速さで伸びる。槍のようなその突きの鋭さは、並みの魔術師なら避けるのも難しいだろう。


  ――"雷刀"。


 俺の右手に、雷が帯電する。それは刃を象る、雷の刃。


 伸びてきた尾を避けてそのまま掴むと、雷の刃を振り下ろす。

 一刀両断。キマイラの尻尾から血飛沫が上がり、叫び声のような、怒りの咆哮を上げる。


「おいおい、尻尾切っただけで随分な悲鳴を上げるな」

「グルルルルゥ……グアアアアア!!」


 激昂したキマイラは、俺の頭を噛み砕こうと巨大な口を開け襲い掛かる。


 俺は"フラッシュ"で加速し、回し蹴りでこめかみを蹴りぬく。

 加速された蹴りの威力は凄まじく、キマイラのその巨体を大きくのけぞらせる。


「す、すごい……」


 ニーナはその光景を、唖然とした表情で眺める。


 俺は駄目押しで片手をキマイラの頭へとかざす。


「――"スパーク"……!」


 魔法陣が現れ、激しい閃光と共に発せられた雷がキマイラの頭を貫く。

 キマイラはドシーン!! っと巨大な音を立てそのまま横転する。


 口から煙を吐き、身体をピクピクと震わせる。


 しかし、キマイラは身体を麻痺させられてもなお、脚を震わせ、口から泡を吹きながら立ち上がる。


 ちっ、さすがにキマイラは硬いな。キマイラの毛皮は耐久力がかなり高い。雷も通りにくいか。


「ウゥ………グオォォオアアアアアア!!!」


 咆えるキマイラ。

 その目は尋常ではなく、やはり何らかの薬か魔術で強制的に狂暴性を強化されている。既に意識はなく、ただ本能のみで破壊行動に身をゆだねている。


 本来なら、もう逃げてもいいはずだ。生存本能が働いていない。

 恐らくこのキマイラも犠牲者だ。……だが、悪いがこのまま生きて返すわけにもいかない。


「一気に仕留めるしかねえか」


 俺は右手をかざし、一気に魔力を練り上げる。魔法陣が出現し、バチバチと魔力反応が走る。


 放つは雷撃。

 漆黒の雷。


 当たれば必死の、極大魔術。


「――――"黒雷くろいかづち"」


 静寂――。


 辺り一面が一瞬にして真っ白にホワイトアウトし、その白の中を、一本の黒い稲妻が走り抜ける。


 今までの雷とは違う、黒い電撃。


「ガ――――――――」


 キマイラの反応を待つ暇もなく、一瞬にして雷はキマイラを覆い尽くす。

 遅れて巨大な雷鳴が森に響き渡る。


 巻き上がる煙と、漂う肉の焦げる臭い。


「凄い……雷……!」


 ニーナは咄嗟に顔を覆い、驚きの声を上げる。


 ゆっくりと煙が上がると、そこには既にこと切れたキマイラが無残にも横たわっていた。


 ニーナは恐る恐る俺の方へと近づいてくる。


「終わっ……たの?」

「ふぅ。――あぁ、まあな。久しぶりにまともに魔術使ったよ。こんなの他の生徒に使えねえからさ」

「まともに……そ、そりゃそうだよね。こ、こんなの人に使ったら死んじゃうよ」

「はは、まあこれでも防げる奴は防げるんだろうけどな。防げない奴に使う気はねえよ。……今回はキマイラが本来持つ逃走本能とか防衛本能のリミッターが外されてた。だから攻撃に対して防御する姿勢がなかったのさ。こんな大ぶりな魔術が当たるのがその証拠だ」

「外されてた……やっぱり、このキマイラ……」

「あぁ、野良ではないだろうな。ま、おかげで倒しやすかったさ」

「だとしても……普通こんな魔術使えないよ! こんな……一瞬で倒しちゃうなんて……やっぱりノア君は凄い!」


 ニーナは改めて噛みしめるように頬を緩ませる。

 満面の笑みで俺を見上げ、目をキラキラと輝かせる。心なしか肩に乗るサラマンダーも満足げに揺れている。


「――あっ、そうだ、ヒューイ君!」


 ニーナは思い出したように慌ててヒューイの元へと駆け寄る。


「傷大丈夫!?」


 ヒューイも俺の戦いを眺めていたようで、呆れたような笑みを浮かべていた。


「あぁ……くっはっは……! まさか……こんなおもしれえもん見せられるとはな……」

「あんまり喋っちゃだめだよ、すぐ回復術師さんのところに連れてくから」

「うるせえ、気に……すんな……。こりゃ、平民の――ノアの……奴の見方を……少しは変えねえと……な」

「いやいや、気にするよ! クラスメイトでしょ!」

「……はは、……さすが、公爵家様……」


 それにしても……。


 俺はゆっくりとキマイラの死体の方へと近づく。

 ほとんどが焼けただれ、炭と化している。


 俺はキマイラの頭部をこちらへ向ける。


 舌が青い……眼球は血で赤く染まっている。

 完全に薬の副作用の特徴だなこりゃ。魔術なら解除された後にここまで痕跡は残らない。


 そして、キマイラの足首には金属製の輪が装着されていた。恐らく足枷の名残か。

 ……キマイラの出所は地下施設か。あいつしかいねえよな。


「――とりあえず、戻ろう」

「そうだね。早くヒューイ君を直してもらわないと」

「くっはっは……情けねえ……。てめえらに……助けられるとはな……」

「気にすんなよ。こんなの新入生じゃ誰も倒せねえさ。監督生だってやられてんだ。お前が弱い訳じゃないさ」

「お前が言うかよ……」

「俺は最強だからな」

「…………かっ、まあ、今だけは……認めてやるよ」

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