第117話 とある依頼
「エミリーはうちで面倒見てた冒険者の1人だ」
「冒険者としてあるまじきことね」
クラリスは鋭い目でファルバートを見る。
非難の籠った視線。
冒険者に対してプライドを持っているクラリスだからこそか。
冒険者はその職業柄、こう言った裏社会との付き合いもなくは無い。情報交換までならいいが、そのまま裏社会に染まり悪事に手を出す連中も少なからずいる。
低級の冒険者になればなるほどそれは顕著だ。
ただ金が欲しいだけで冒険者となったものは多く、そういった連中は簡単に悪に手を染める。
クラリスのようにこの若さでA級まで来れるようなエリートには縁遠い世界だ、理解できないのも無理はない。
ファルバートは怒るでもなく、クックックと笑う。
「威勢がいいねえ、そう言う奴は嫌いじゃねえ。だが、少なくともあいつは俺たちの仲間、家族だ。上の連中にとやかく言われる筋合いはねえ」
微妙な顔でそれを聞きつつも、クラリスは反論せずに受け止める。
「続けてくれ」
「エミリー、ケイン、ラクララ、セイン……奴ら4人パーティはうちで面倒見てた冒険者パーティだった。出会いは——まあ、そんなのはどうでもいいか。冒険者だからな、色々とこっちも恩恵を受けてたよ」
クラリスは眉間に皺を寄せる。
「その4人パーティは壊滅したと聞いてる」
「その通り……ったく、あいつらは一体何巻き込まれたっていうんだ? あいつらは腐ってもB級の実力はあったはずだ。簡単にやられるわけがねえ」
「私たちも知ら――」
「知らねえとは言わせねえ!!」
ドンっ!! と、ファルバートは拳を思い切り机に叩きつける。
「…………」
シンと静まり返る。
ふぅ、とファルバートはため息をはき、ソファに深くもたれかかる。
「…………エミリーをお前たちが追ってたのは分かってんだ。口封じか? あいつが何か知りすぎたか?」
「ち、違います! 私たちはただ、情報を――」
俺はそこで一旦クラリスを制止する。
「ヴァン様……」
クラリスに話させると話が少しこじれそうだ。まだクラリスには早い。
「俺たちは黒い霧を追ってる」
「黒い霧だぁ……?」
「ヴァン様、言っていいんですか!?」
俺は頷く。
「今大事なのは情報だ。こっちの情報を出さずに話だけ聞こうなんてのは無理だ」
「分かってるじゃねえか。だが、ちょっとばかり胡散臭え。黒い霧だと? そりゃあ、御伽話だろ。ここいらで暮らしてれば数年に一回は聞く」
「今ヴェールの森で眠りから醒めようとしている。いや、既に覚めているかもしれない。これはあんたらも無視できないはずだ」
言われて、ファルバートは険しい表情を浮かべる。
「冗談……って訳じゃあなさそうだな。確かに、最近消息不明者が増えてるって話はたまに聞く。——ちっ、警告なんて生優しいことしてる場合じゃなかったか」
ファルバートは真剣な顔つきを浮かべ、あごを撫でる。
「何か心当たりが?」
「あぁ。あの依頼と関係があるってんなら、確かにお前たちとは関係がなさそうだ」
「あの依頼?」
「――隻眼の女魔術師。俺たちはそう呼んでる」
「隻眼の女魔術師……」
ファルバートは頷く。
「俺たちは家族へ依頼を斡旋してるが、大抵は盗みや殺し、ようは対人依頼だ」
「!」
クラリスは目を見開き、今にも飛びかかりそうな様子で体を震わせる。
俺はさっとクラリスの背中に手を置く。
「落ち着け、今はその時じゃ無い」
「でも…………いえ、はい……」
「正義感が有り余ってるみてえだな。ま、そういうのは嫌いじゃねえぜ、信念があるってことだ」
「続きを」
「ふっ……でだ、半年ほど前だったか、その隻眼の女魔術師がこの街にやってきてな。やたらと金持ってやがって高額報酬の依頼を投げてきたんだが、難易度が高くてよ。しかもうちのほとんどやってない回収依頼だ。珍しいから覚えていたぜ」
魔術師からの依頼、しかも裏の人間を使うような回収か。怪しすぎるな。
「それでエミリーたちがそれを受けたと」
「そう言うことだ。俺たちは家族つって言っても、逐一行動を報告したり制限してる訳じゃねえ。いつも通り依頼のあとは稼いだ金で遊んでるもんだとばかり思ってたが……」
「一体どんな依頼だったんだ?」
ファルバートは指を2本立てる。
「一つは西方のダンジョンでアーティファクトの回収だ」
「アーティファクト……いまだにダンジョンに残っているとは初耳だな」
「おっと、あんたにも知らないことがあったか。裏社会じゃ珍しくねえ。ダンジョンの価値がわかる連中は、見つけたダンジョンを抱え込む。金持ち連中の中には世間に公表されてねえダンジョンを隠し持って色々してたりするぜ」
「それは知っている。たが、アーティファクトとなれば話は別だ」
すると、ファルバートは待ったをかける。
「話しがそれてる、戻すぞ。そっちを知りたきゃ他を当たれ」
「あぁ、すまない」
「いいさ。問題はその次だ。あんたらの話を聞いた後だと、余計に怪しい。二つ目の依頼は——そのアーティファクトをヴェールの森へ届けることだった」
「ヴェールの森……!」
ファルバートはグッと拳を握り込む。
「きなくせえと思ったんだ……あのアマ……!! うちの家族を騙すようなことしやがって……3人死んだぞ!! 全部知っててのことか、あぁ!?」
「可能性は高いな。今のあの森の状態を知っていてそんな依頼をするなんて普通じゃ無い」
「だよなあ。黒い霧にアーティファクト……これは無関係か?」
「アーティファクトが何なのかは分かりませんが、黒い霧に関連するのは間違いなさそうですね」
アリスは俺を見て言う。
「だな。よし、その隻眼の女魔術師を当たろう。黒い霧の関係者か……何にせよ、情報は持ってるだろう」
「そうですね。今ヴェールの森でまともに活動できるわけがありませんし、少なくとも知らないは通りません」
「片目のところに行くのか?」
「あぁ。情報助かった。もし森であんたたちの仲間の何かがあれば届けよう」
すると、ファルバートは立ち上がる。
「待て、俺も連れて行け。黒い霧はどうでもいいが、俺の家族をこんな目に合わせてたクソアマは俺がこの手でぶち殺す」
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