第116話 遭遇
ビッビッ、とライラは切るように2本立てた指を小屋の方に向けて振る。
キースは意図を察すると静かに頷き、大剣をゆっくりと構える。
足音を立てないように慎重に歩きながらキースはライラの前に出る。前衛は機動力のあるキース、後衛は破壊力のあるライラのツーマンセル。前後を守れる簡易的な布陣だ。
2人は周囲に注意を払いながら、ゆっくりと古屋へと向かう。
禁忌とされた森に、人の住む痕跡があること自体イレギュラーだ。しかも、こんな森の深いところに。
それなりの理由がなければ、こんなところに小屋など建てないだろう。
――怪しさMAX……飛び出しに警戒しろ……! いつ来てもカウンターをぶちかます!
キースはいつも以上の集中力を発揮して、周囲のすべての神経を張り巡らせる。
心臓の音が聞こえそうな程の静寂が続き、徐々に小屋の輪郭がハッキリと見えてくる。
木で組まれた質素な家。だが、どことなく神聖な雰囲気を放っていた。
そこの周りの木が軽く伐採され、唯一陽の光がハッキリと照らしていた。
前衛のキースが小屋までたどり着くとゆっくりと小屋の外壁に背中をつける。
キースは手のひらを下にしてライラに止まれの合図を出し、静かに壁に耳を付ける。
――物音……なし。呼吸音も……ないな。
キースは壁から耳を離し、今度は窓から中を覗き込む。中は暗かったが、薄らと色々なものが並んでいるのが見えた。薬草や果実、魔物の毛皮やホルマリン漬けされた瓶。奥の方には釜のようなものも見える。
小屋の周囲にも人気はなく、中の安全も確認できた。
キースはライラに向けてくいっと顎を振り、小屋へと呼び寄せる。
「――どうだ?」
「住人は見当たらないが、魔術的な小道具が揃ってるぜ。だいぶ旧時代的だがな」
「なるほど……かつての魔術師の隠れ家……工房か?」
「どうだか。俺にはそこら辺の知識はそんなにねえ」
ライラは窓から中を覗く。
「……古いな。だが、見た所放置された小屋という訳でもなさそうだ」
「そうなのか?」
「本棚を見ろ、僅かに木の色が違うところがある。埃の積もっているところとそうではないところがあるということだ。つまり、全て一様に使われていない訳ではないということだ」
「なるほどな」
「だが外からじゃこれ以上分からないな、中に入ってみよう」
するとキースは怪訝な顔をする。
「大丈夫かそれ? 勝手に入って怒られねえか?」
「誰に怒られるというんだ。これは国の一大事、黒い霧に関する情報を探るより大事なことなどない」
そう断言するライラはキースを追い越して扉の方へと向かう。
キースはやれやれと肩を竦め、ライラについていく。
「鍵はかかって――」
すると、扉はギギギと音を立てて内側へと開く。
「ないみてえだな」
「あぁ。不用心というべきか……いや、こんなところに人が来るわけがないと思ったか」
二人は中へと入っていく。
それは魔術師の工房だった。あらゆる素材や本が揃い、様々な魔術的道具が並んでいた。
「こりゃすげえな。大魔術師様でもここで暮らしてるのか?」
「あぁ。少なくとも、遊びでやってるようなレベルじゃないな」
「本も大量にある。……おい、これなんて発禁された本じゃねえか、恐ろしいな」
キースは本棚を眺め、そしてその目の前にあった机へと視線を落とす。
瓶が並び、中には液体が詰められている。
「ん、なんだこれ……?」
キースはその机の中央にある本に視線を奪われる。
それは、真っ黒な本だった。
タイトルも何もなく、ただ黒い装丁を施された武骨な本。
だが、キースは何かに引きずられるようにその本へと注意を向けさせられていた。
「……お、おいライラ、こっち来てみろよ……」
「どうした?」
ライラは持っていた水晶を棚に戻すと、キースの横へとくる。
「……なんだこれは……?」
「ライラも感じるか?」
「あぁ、魔本か……?」
二人は視線を交わし、意を決する。
この本には恐らく何か秘密がある。
ライラがその本に手を伸ばした――――瞬間。
二人は咄嗟に後方に飛びのく。
「……!」
「今窓の外に誰か……誰かいた!?」
正面にある窓、そこからの視線に二人は慌てて飛びのいたのだ。
「確実に誰かいた……!! 逃がすな、重要参考人だ!!」
「わかってる!」
二人は急いで外に出ると、窓の方へと回り込む。
「だめだ、居ねえ!!」
「近くにまだいるはずだ、探すぞ!」
「……お、おいライラ……」
「聞いてるのか!? 時間がないが、二手に分かれても思うつぼだ、ここは二人で追う! 恐らくこの小屋の持ち主だろう、奴に話を聞いて――」
「ライラ!! 後ろだ!!」
「えっ――」
――――ゴォォ。
不気味なその音は、遅れてライラの耳に届く。
森が喉を鳴らしたかのような、低く響く音。
「ちぃ……!! 退け!!」
キースはライラの襟元を掴むと思い切り後方へと投げ飛ばす。
「何を――」
「下がってろ!! 奴だ!!」
それは、目の前に立ち込めていた。
いつの間に迫っていたのか。二人が気が付く間もなく、それは突然訪れた。
世界を黒く塗りつぶす、不気味な影。
まるで一部だけ夜が来たかのような異様な光景。
「――黒い霧……」
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