第115話 伝承

 エミリーは一足先にファルバートの部下に連れられていった。

 その行動に警戒したが、ファルバートの口ぶりからもどうやら本当に彼女はファルバート一家の仲間らしく、俺達は静かに見送った。


 じゃあ、行こうか――とファルバートに先導され、俺達はファルバート一家のアジトへと向かう。


 細い路地を進む。この辺りまで来るとさっきまでのようなゴロツキは殆どおらず、居たとしてもファルバートを見て深々とお辞儀をしており、道中は静かなものだった。


 しばらく歩くと路地の途中に小さな酒場が現れる。

 中はせいぜい10人程しかは入れなさそうな小さな酒場。そこの店主はファルバートを見ると小さく頷き、後ろの棚に並べられた本を取り出し、それを開く。


 すると、魔術の反応が発現する。


「何を……!」


 臨戦態勢となり、剣に手を添えるクラリスに、俺は手を広げ静止する。

 魔術の反応からして、攻撃魔術のようなモノじゃない。


「落ち着け、攻撃の意図はない」


 すると、向かって右奥の壁が不意にズズズと音を立てて開いていく。

 さっきまでただの石壁だったはずだが……。


「俺たちは結構命を狙われる立場でね。秘密の通路って訳さ」

「なるほど。だがいいのか、俺達に見せてしまって」


 ファルバートはフッと笑い方を竦める。


「入口はここだけじゃねえ。この都市中に張り巡らされてる。別にここが使えなくなっても問題ねえさ」


 そう言って「まあついてきな」、と俺達を先導して開いた空間へと入っていく。俺達はお互い頷きあい、その背中についていく。


 この先はマフィアのアジト。何があってもおかしくない。いつでも戦える準備だけはしておく必要がある。アリスは大丈夫だろうが、クラリスは守らないといけない。


 それから暗い階段を降り、地下通路へと出る。

 じめっとした通路を進み、しばらくすると開けた空間へと突き当たる。


 そこには至る所に松明が置かれ、様々な家具が揃えられていた。

 俺達に気付き、その場に居た全員がこちらを振り向くと、深々と頭を下げる。


「楽にしろよ、ただの俺の客だ」


 そう言ってファルバートは手をヒラヒラとさせて全員を元の状態へと戻すと、両脇にはセクシーな女性が腰かけているソファの真ん中にドカンと座る。


「さあ、冒険者諸君、情報交換といこうじゃねえか。うちの可愛い家族は何に巻き込まれたって?」


◇ ◆ ◇


「こうも静かだと逆に薄気味わりぃねえ」


 キースは大剣を担ぎ、森の奥を睨みながら呟く。


「魔物すら殆ど見かけない。餌になったとみるべきか」

「霧が捕食を?」

「そうとも考えられるということだ」


 二人は、既に一週間近く森の浅い部分を探索していた。

 周囲の村や集落を回り情報を集めつつ、狩人に案内してもらいながらセーフティラインを見極めていた。


 そんな中、情報が殆ど得られないこともあり、とうとう二人は少し奥を探索することにした。案内役のマロンにも、この先は禁止されていると案内を断られた。


 森の周囲ではローマンの選抜した部隊が到着し、周辺警備などを担当し始めており、何かが始まるという物々しい雰囲気が立ち込めていた。


 だが、森はそんな周囲の物々しさとは裏腹に不気味なほど静かだった。


「覚えているか? あの伝承を」

「多少は」


 ライラは短くため息をつき、伝え聞いた伝承を暗唱する。


「――”その身を守る黒い外殻は死を呼び、魔の息吹さえも夜明け前の露のように静かに奪い尽くす。彼の現れし後、幾たびかの光を経て周囲は虚無へと返る。姿を見た者はおらず、その声を聞いた者なし。産声は終わりの始まり。ただ、失われゆく命の叫びが、霧に溶けるように消えてゆく。目覚めさせてはいけない。贄は不要。ただ私達は沈黙するのみ”」


 一言一句正確に唱え、ライラは静かに口を閉じる。


「なんともまあ……不気味な伝承だよな」


 キースはベッと舌を出し苦い顔をする。


「口伝というのもなんとも異質だ。だが、この伝承からある程度”黒い霧”の推測は出来る」

「というと?」

「黒い外殻という表現から、恐らくあの霧は本体ではなくその周りを漂う物である可能性が高いという事。そして、奪い尽くすという表現。これは、ただ霧に包まれた者を殺すという単純なものではない可能性があるということだ」


 キースは怪訝な顔をする。


「つっても、大昔からある伝承でしかも口伝なんだ、ある程度誇張されてるかもしれねえだろ?」

「それはそうだ。だが、参考にはなる。あとは”産声は終わりの始まり”」

「産声……なんだ、声を聞いた者もいないという前の文章と矛盾するが……」

「奴はまだ目覚めていない可能性があるとうことだ」

「はぁ!?」


 キースは素っ頓狂な声を上げる。

 目覚めていない、これで? これだけの被害を出している状態で? と頭の中を疑問が巡る。


「つまり私の結論はこうだ。この霧は何らかの捕食の役割を果たしている。そして、幾たびかの光……つまり、その捕食が一定の成果を得ると、奴は本当の意味で目覚めるということだ」


 その解釈に、キースは口元を抑える。


「……つまりなんだ、この霧は奴の力ですらない……目覚めの前の栄養補給程度の意味しかないってか?」

「私なりの解釈だが」

「…………」


 重苦しい空気が流れる。


 目覚めていないのなら、森から出ないのも納得がいく。

 A級冒険者を含む、複数名の調査隊が全滅した。その霧が、本体ですらない可能性。では本体は? 一体どれほどの力を秘めているというのか。


「”周囲は虚無へと返る”……か。まじでやべえかもな、こいつは」

「私達の調査が重要になる。もう少し探索したら、一度ローマンや雷帝たちと情報共有した方が良いだろうな」

「だな……ヴァンの奴の方もなにか情報が手に入っているかもしれないし」


 そうして、キースたちはもう少しだけ森を探索する。

 不気味な雰囲気は変わらず、ただ静かに眠る森を彷徨う。


「なんもねえな。仕方ねえ、そろそろ引き返す――」

「待て」


 言われて、キースはすぐさま剣に手をかけ、身をかがめる。

 戦いに慣れた者の動き。伊達にS級ではない。


「どうした?」

「小屋だ」


 ライラが指をさす先に、それはあった。

 木で作られた、小さめの小屋。


 それは、この森にとっては異質な存在であることに二人とも気が付いていた。


「おいおい……禁忌の森に小屋だと?」

「怪しいな……調べてみよう」


 二人は周囲を警戒しながら、その小屋へと近づいていく。

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