第114話 アレックス・ファルバート

 俺たちは男——ギブソンについていく。


 周囲にたむろする明らかに裏社会に所属しているであろう悪人たちにジロジロと睨まれながら、入り組んだ路地を進んでいく。


「ボスは忙しいお方だ。失礼のないように頼むぞ」

「所詮ただの悪人でしょ、まったく」


 ため息まじりに言うクラリスに、ギブソンは少しばかり声を荒げる。


「ボスを侮辱するな……! ボスの偉大さはお前たちのような何不自由なく暮らしている人間にはわからない!」


 な、何よ……とクラリスは少し後ずさる。


「アレックス・ファルバート。一代でファルバート一家を大きくし、暗黒街に三つあったマフィアをその力で統一した実力派だ。その素性や性格は不明だが、少なくとも実力者であることは間違いない。相当慕われてるんだろうさ」

「は、初めて聞きました……」

「裏社会のことはあまり表で広まらないからな。ましてやオーキッドはほとんど情報が漏れない。知らなくても無理はない」

「そっちのあんたは詳しいみたいだな」


 ギブソンは言う。


「俺たちファルバート一家はボスに助けられた人間が多い。その忠誠心は並じゃない。本当ならボスに合わせる人間は選ばれた人間だけなんだが……今回はボス直々のお呼び出しだ、仕方なく案内してる。だが、勘違いするな。ボスはお前たちのような人間がそう易々と会えるようなお方じゃない。今回は特例だ」


 そう言ってギブソンは前に向き直る。


 まあ、そうだろうな。

 仮にもオーキッドの裏社会を治める大人物。命を狙う奴も少なくないだろう。

 

 向こうも俺たちに会いたがると言うことは、あの女……エミリーが関係しているのか。やはり奴らには何かある。


「裏社会のボスですか。これはいい情報源になりそうですね」

「あぁ。向こうも俺たちに用があるみたいだし、何か掴めそうだ」


 そうして俺たちはしばらく進むと、少し開けた場所に出る。


「もう少しだ。この先に——」

「おいおい、誰の許可を得てこの場所にいる?」


 物陰から、オールバックの男が現れる。

 それに続いて、複数の男たちが俺たちを囲むように現れる。


「リンダ……ボス直々の許可が降りてる。梟との連絡も済んでる。ここを通してくれ」


 ギブソンはオールバックの男の横をすり抜けようとすると、男はバンと腕を伸ばし、壁に手をつけて行手を阻む。


「ヒッヒ……上玉の女じゃねえか。飢えてんだよ俺らは。くれよ、いいだろ?」

「よせ、こいつらはボスの客だ」

「あぁ!? ボスボスってよ、てめえら初期組は馬鹿の一つ覚えみてえに! いいか俺たちはマフィアだ! 好きに奪い、好きに犯す! それがマフィアってもんだろうが!」

「いいから通せ、リンダ! 今なら聞かなかってことにしてやる」


 しかし、リンダはニヤリと笑い、その汚れた歯を見せる。


「答えはNOだ。ボスにはてめえらは浮浪者に殺されたと伝えておくぜ。お前ら、やっちまえ! ここがどこだかこの馬鹿どもに教えてやれ!」

「ファルバート一家の面汚しが……!」

「なんとでもいえ、俺は好きに生きる!」


 リンダの言葉と同時に、周りに立っていた男たちが一斉に群がってくる。


「ちょ、ちょっとみんなボスを慕ってるんじゃないの!?」

「一枚岩じゃないってことだ。でかい組織ならそんなもんだろう」

「全く、これだから犯罪者は……! ヴァン様、見ていてください! 私がけりをつけます!」


 そう言って、クラリスは剣を抜く。

 それと同時に、炎の渦が周りを囲む。


「うお、なんだ!?」

「怯むな、ご馳走が目の前だぜ!」

「私をそこら辺の女と一緒に見ていたら痛い目を見るわよ……! はああ!!」


 クラリスは一気に攻撃を開始する。

 腐ってもクラリスはB級の冒険者だ。ただのごろつきに、彼女が止められるわけがない。


 仲間が蹂躙される様子を、リンダは唖然と眺めている。


「くっそ……ふざけやがって!! 俺はファルバート一家だぞ! どうなっても知らない——」

「俺の客人にふざけたことをしておいて、その名を使うか、リンダ」

「な——」


 瞬間、振り抜かれた拳が、リンダの頬を吹き飛ばす。


 その威力は凄まじく、路地の壁に何度もバウンドし、そしてリンダは木箱の詰まれた場所へと激しい音を立てて激突する。


 リンダは完全に白目を剥き、ぴくりとも動かない。


「ったく、俺を敬えとは言わねえが……俺の名を冠する一家の名を使うからにはもう少し仁義を通してほしいよなあ」


 長い黒髪に、顔の半分に入ったタトゥー。

 背が高く、体もがっしりしている。


「ボス……!」


 こいつが……ファルバート一家のボス、アレックス・ファルバート……!

 

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