第106話 ブリーフィング②

 ローマンは持ってきた地図を広げ、ヴェールの森を指す。


「スカルディア王国南西部。そこに広がる広大な森林地帯。通称ヴェールの森。ここに今回のターゲットが居る」


 ローウッドから西へ行った先にある森だ。

 だが、俺は今までヴェールの森へ行ったことがない。多くの依頼をこなしてきたが、今までそこへ向かう依頼はなかった。


「ヴェールの森と言えば、確か近くにオーキッドがあったよな?」

「そうね。この辺りはリンキッド辺境伯領でしたね。オーキッドはこの辺りでは一番大きな都市ですね」


 クラリスは地図をなぞりながら言う。


「オーキッドはかなり荒くれ者が多いイメージがあるなあ」

「私が以前言ったときは大分荒れてましたわ。国境にほど近いから、戦闘の絶えなかった地域ね。最近は落ち着いているから、逆に荒くれ者が集まってきているのかしら。復興にかこつけて入り込んだというところかしらね」

「いやあ、よくご存じで。もう私より詳しそうだね」


 ローマンはうんうんと頷く。


「そういうのはいい。続けてくれ」


 ライラはローマンに続きを促す。


「はいはい。――ヴェールの森はかなり広大で、一度入れば戻ってこられない。地元の人たちも滅多なことじゃ足を踏み入れないんだ」

「それは不思議ね。森に入って狩りをしたりということはしないのかしら」

「狩人は出入りしているみたいだね。ただ、普通の人は滅多に入らない。周辺にいくつか村があるが、小さい頃からあまり近づくなと言われているようだ。そこに目を付けて、ここ数年はオーキッドの都市から出稼ぎの荒くれ者たちが森に頻繁に入っていたみたいなんだが、改めて周辺の村に聞き込みしたところここ数か月はそういうのがぱったり止んでいたらしい」

「じゃあ、そりゃあ……」


 何かに気付いたキースに、ローマンはパチンと指を鳴らす。


「その通り。狩人たちは森の異変に気が付いてみな撤退していた。だが、彼らはそんな知識もない。私の予想だとほとんどが“黒い霧”の餌食になったんだろう」

「だとすると、もしかしたら逃げのびた者がいるかもしれないな」

「あぁ。だから、まずはオーキッドの聞き込みから入るのが得策だと私は思っている」


 実際に黒い霧を目にした人間が居るかもしれない。

 それなら、オーキッドから調べるのは最適解だ。


 ぶっつけ本番で森に入って黒い霧と戦うなんて馬鹿げている。魔物は油断してはいけない。しっかりと情報を集め、遠慮せず一気に倒す。それが俺のやり方だ。


「それがいい。私も賛成だ。何はともあれ情報がいる。どうだい、雷帝。君の意見を聞かせて貰おうか」


 と、ライラが俺に振る。


 全員の視線がこちらへと向く。


「――そうだな。基本的には同意だ。ローマン、猶予はどれくらいある?」

「我々が被害を認識したのは三か月前の生態調査隊だ。それ以来森を見張ってもらっているが、見える範囲では被害は出ていない。恐らく何らかの準備期間なんだろう。今のところ目立った動きはないが……なんせ情報がほとんどない相手だ、いつ動いてもおかしくない。一刻を争う、といったところかな」


 何時動き出すかわからないということか。


「なら時間が惜しい。二手に分かれるべきだろうな。まず、一方はオーキッドを調査し、黒い霧との遭遇者を探す。もう一方は、ヴェールの森周辺の村をあたって、より詳細な森の情報を集めるべきだ。狩人連中との接触が必要だろうな。出来れば伝承の内容も詳しく聞く必要がある。彼らは異変に気付いた、何か知っている可能性は高い」

「いいだろう、私も賛成だ。他の皆は?」

「わ、私もヴァン様の意見に賛成です」

「俺は考えるのは専門外だ、指示に従うぜ」

「私も自分の使命を全うするだけですわ」


 全員の意見が一致する。


「では、私達五人を二つに分けよう。私は狩人連中に情報を聞きに行く。そうだな……キース、付いてきてくれるか」

「あいよ。お守りしますよ、お姫様」

「あいにく自分の身は自分で守れる」


 ライラの言葉にキースは肩を竦める。


「周辺の村は森に近い。なるべく戦力を高めに置いておきたいだけだ。一方でオーキッドの方は人手が居る。雷帝が居れば戦力は十分だろう。アリスとクラリスは雷帝について情報を聞き出してくれ」

「わかったわ」

「私もそれに従うわ」

「では、雷帝、任せたぞ」

「あぁ」

「話がまとまったかな? まあここでうだうだ話しててもしかたないからねえ。現場に足を運んでというのが君たちとしてもやり易いだろう」


 ローマンは地図をしまいながら言う。


「ローマンは私達が発った後どうするんだ? ついてくるわけじゃないだろ?」

「私の実力じゃ足手まといだからね。私はより多くのメンバーを探しておくよ。冒険者に限らず、力ある者は登用する」

「討伐隊か?」

「いや、実際の討伐隊はここ居る少数で行うのが得策だと考えているよ。連携も必要になるだろうし、あまり多くても戦闘には余計だ。それよりも、私が集めようとしているのは警備さ。黒い霧はその生態も何もかもが不明だ。万が一、黒い霧が森を出始めたとしたら、周辺の村やオーキッドを守る頭数が居る。むざむざそこら辺で雇った冒険者を殺すわけにはいかないからね。一定ラインの実力を超えた者を用意するつもりだ。既に選考は動いているから、君たちは安心して調査を始めてくれ」


 こうして、俺達の“黒い霧”討伐は本格的に動き出した。


 まずはオーキッド。そこで黒い霧の正体を掴む。

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